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2-41:小人の鍛冶場


 大広間で見つけた未踏エリアは、近づくだけで冷気を感じた。馬車が通れそうな入り口がぽっかりと口を開けて、内側は暗くなっている。


「……寒い」


 思わずそう呟いてしまう。

 階層を降るほど暑くなっていくダンジョンなのに、未踏エリアの入り口では吐く息が白くたなびいた。

 静かだ。

 『憤怒の化身』との激闘があった大広間だけど、今は静寂が支配している。まるで僕らだけしかいない氷の洞窟に迷い込んだみたいだ。

 この暗い先に、小人の鍛冶場がある。


「急ぎましょう」


 フェリクスさんがコツンと杖をつくと、音は大広間に反響した。


「あれだけの轟音が鳴ったのです。上層にいる冒険者が見に来てもおかしくない」


 顎を引いて進む決意を固めた。

 サポーターの2人を見張りに残して、僕らは鍛冶場へ踏み込む。

 僕の体に隠れながら、サフィが前を覗き込んだ。


「……ぜ、全部、凍ってるね」

「うん……」


 凍てついた鍛冶場。そうとしか言いようがない光景だった。

 金床に、ふいご、散らばった歯車。

 霜に覆われたそれらが、大広間からの光にぼんやりと浮かび上がっている。


灯明(シゲル)


 フェリクスさんが魔法で灯りを生み出すと、もっとはっきり見えた。

 かなり大きな部屋だ。

 天井は10メートルくらいで、広さはお屋敷の壁を全部取り払ったようだ。側面は氷に覆われて、内側に巨人サイズの武具が閉じ込められている。

 刃が僕の背丈ほどもある斧や、柱として使えそうな棍棒が、透明な氷で眠っていた。


「な、なんでこんなサイズの武具があるの……?」


 サフィが声を震わせた。


「ゴーレム用にしても大きいし、あたし、こんなの作ったことない……」


 サフィはさらに奥に進もうとして、脚をもつれさせる。

 僕は小さな背中を支えた。


「平気?」

「う、うん……」


 ちょっと足元がふらついている。気分が悪そうに額を押さえるサフィに、僕は尋ねた。


「さっきの技のせい?」


 サフィはゴーレムに向かって、特別な力を使っていたように思う。傷ついたゴーレムが、願いを叶えるみたいにもう一度巨人に立ち向かったんだ。


「ああ……祝福(ブレッシュ)のこと?」


 小人の鍛冶屋さんは苦笑してみせた。


「かもね。あれ、アタシ達の気持ちを、魔力として武器やゴーレムに込める技だから。ごまかし効かないから魔力をかなり消費するのよ」


 強がるように肩をすくめている。


「加減はしたんだけどねぇ。やっぱり、ブランクがあるとダメね」


 サフィは魔法の光を頼りに、未踏エリアを調べ始めた。

 平然と振る舞っているけれど、仲間との再会に、その可能性に、気が気じゃないんだろう。足取りは少し危なっかしいし、声も上ずったままだ。


「照明……はダメね、死んでる。魔石起重機(クレーン)もダメか、どうやってこんな大きな武具を作ったんだか」


 天井には歯車や軸が見えてる。重たいものを吊り上げる滑車もあるから、それの動力だったんだろうか。

 色々な設備は、高い技術があったんだって感じさせた。氷の中には、槍とか剣とか、きっと魔法付きであろう武器も棚に並んでいる。

 王都の工房だって、ここに転がっていた『緋の斧』一つ打てないだろう。

 神様が期待するのもよくわかった。


 こんな大きな武具を作れたり、魔法の文字を刻めたりしたならば、味方になってくれたらすごく心強いもの。

 特別な武器を戦士団みんなに配ったりしたら、ルゥを守るのだってきっと楽になる。

 ロキの西ダンジョンにも魔法文字(ルーン)はあったけど、武器や道具に刻み込むのは小人が専門みたいだ。


 さらにはゴーレム技術に、サフィが見せたような武器に気持ちを宿す力。

 小さい体だけど、ソラーナがいうように半神半人――半分は神様なんだ。


「小人って、すごい……」


 神様が『武力』や『魔力』だとすれば、小人の凄さは『技術力』。

 ただ、最初の部屋には小人の姿はない。封印解除できそうな小物がいくつかあったけれど、目ぼしい武具は氷の中だ。

 ポーチにしまった角笛も、特に反応していない。


「……ここには、誰もいないみたいだね」


 ミアさんが白い息をはくのに、僕も首肯した。

 なんだろう――。

 期待に胸が膨らむのに、同じくらいの胸騒ぎ。

 僕は奥へと続く通路を見た。入り口が開いたせいか、ひゅうひゅうと風が吹き込んでくる。


「いこうっ」


 サフィに導かれて進むと、冷気がさらに強まった。

 天井の高い通路を抜けて、もう一つの鍛冶場へたどり着く。

 その先に、小人はいた。


「みんな!」


 サフィが明るい声を出して振り向いた。


「みて、アタシの仲間がいる!」


 石像になった小人達は、部屋中に散らばっていた。壁際に寄ったまま凍っていたり、真ん中のテーブルに突っ伏していたり、地面に眠るように倒れていたり。

 総勢は20人くらいだろうか。

 時間が止まったように、小人達は静止している。


「よかった……見つかった、見つかったよっ」


 サフィの足取りは、ふらつきながらも軽い。緑の髪が弾んでいた。


「リオン、早く、起こしてあげて! 『神様の起こし屋』なんでしょ?」


 アタシらは小人だけどさ、なんてサフィは笑う。


「う、うんっ」


 スキル<目覚まし>を起き上がらせる。

 僕は違和感に気づいた。


「え……」


 『封印解除』には鑑定の力がある。もし目覚ましできるなら、その対象はうっすらと光って見えるはずなんだ。

 輝きは空間のどこにもない。


『……これは』


 ソラーナが呟くのが聞こえる。


「どうしたの?」


 サフィに促され、床に座り込んだ石像に手を当てた。氷みたいに、本当の石みたいに、ただただ冷たい。


「目覚ましっ」


 明るい光が散った。

 僕は今回もなんとかなるって信じていた。<目覚まし>は、いつでも奇跡を起こしてくれたから。

 まばゆい光は石像を包んで、飛び散って、消えていく。

 光が完全に失せても石像は石像のままだった。


「め、目覚ましっ」


 繰り返す。何度も、何度も。

 結果は同じ。

 心が鍛冶場と同じように、凍てついていく。


『……石になっている彼らから、魔力を感じない』


 ソラーナの声がした。

 ずっと見守っていたサフィもおかしいって気づいたみたいだ。口元が震えている。


「ど、どういうこと……」

『サフィ』


 ソラーナが金貨から言った。

 声は苦しそうで、でも、凛と澄んでいる。起きた時、この人も独りだったから――サフィに言わないといけないことの辛さがわかるのかもしれない。


『封印は、封印された存在にも負担を強いる。そして小人は半神半人……おそらく、ここの小人は長い封印に耐えきれなかったのだと思う』


 神様であるソラーナでさえ、最初は金貨に守られていた。

 小人が耐えきれなくても不思議じゃないのかもしれない。

 でも――


「う、うそでしょ?」


 サフィは黒目がちの目を見開いた。


「……じゃ、なんでアタシだけ平気なのよ」


 赤い指輪が、きらりと光を照り返す。


『その「守護の指輪」のおかげかもしれない。あるいは、何かの事情で封印された時に既に弱っていたか……』


 へたり込んだサフィは、言葉をなくしたみたいだ。

 石像にはサフィによく似た『黒小人』もいれば、羽をもった『白小人』もいる。どちらも封印解除の気配はない。


「……神様でも、治してあげられないの?」


 僕はそう問うてしまう。言い淀むみたいに、返事はすぐには来なかった。


『……シグリスの力は、あくまでも治癒です。魔力を全て失い、命が肉体を離れてしまった以上は、治癒はできません』


 ソラーナも何かを話そうとしている気配がある。

 僕はそれを待った。女神様はひどく辛そうだ。


『……すまない。信徒の君にも、こればかりは応えられない』


 ソラーナは続けた。


『太陽の力は、天体から魔力と光を地上に送る力。生命力を強めるものだが……生命そのものを失っている存在には、どうすることもできない』


 女神様は悔いていた。


『……それでも少しでも生命が残っていれば、あるいはわたしに母ほどの力があれば、なんとか、してやれたかもしれない……』


 以前、神様も言っていた。ソラーナは神様の中でも年若い方だって。

 だからだろうか。

 助けられないという事実に、とても悔やんでいる。もっと力があればって思ってるんだ。


「サフィ……」


 僕は、自分の両腕を見つめた。

 もう一度、別の小人に手を伸ばす。ガントレット越しでも、氷みたいに冷たい。


「こんなのって……」


 悔しかった。みんなで大きな魔物を倒して、サフィだってやっと仲間を見つけたのに。

 この光景に、仲間との再会を願っていたとしたら、どんなに残酷なことだろう。


「サフィ、ごめん」

「なんであなたが謝るのよ」


 白い息をはいて、サフィは苦笑した。


「……大丈夫、戦争ってきいた時から、別れは覚悟してた。でも……ちょっとキツいかな」


 トールが厳然と告げた。


『無念だが、時間は帰ってこない』


 だが、と神様は言葉を強める。


『だが、この鍛冶場でなくても、俺達は生き残りから話を聞く必要がある。そして諦めるには……他の場所まで勝負を投げちまうのはまだ早い。アールヴヘイムからは、確かに声があがったんだ。違うか?』

『トール……それは……』

『薬神よ、目を逸らしてもなんにもならん。次の手を考えるんだ』


 サフィがよろよろと立ち上がった。


「ここより深い階層に、玉座の間があるわ。アールヴヘイムの王様――小人王がいる。アタシが平気だったなら、きっと小人王様はまだ命を残してらっしゃるわ」


 次の目的が、決まった。

 アルヴィース・ダンジョンの深部で、何が起きていたのかを王様に訊こう。


「次は、きっと起こすよ」


 僕らは凍てついた鍛冶場を後にする。


『やれやれ、トールも優しいねぇ』


 ふと、ロキの声がした。みんな足を止めない。

 僕だけに聞こえているみたいだ。


『……なんで、炎の巨人の王が、こんなところにいるのかなぁ。巨人用の武器といい……まるで()()()って思うけどな……』


 ロキがぽつりと呟いていた。


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