2-40:緋の斧
「頼みます!」
そう言い残して、僕は壁際に向かって走った。
サフィが叫ぶ。
「ちょっとどこ行くの!?」
「封印が解けそうな壁があるんだ! 小人の鍛冶場があって、何かの力が眠ってるかもっ」
今までも、未踏エリアには様々なものがあった。
眠っている神様。シグリスの槍。そして世界樹の水鏡。
何かこの状況を打開できるものが、見つかるかもしれない。
「じ、時間を稼げってのかいっ?」
ミアさんが言うのももっともだ。相手は10メートル近い巨体だし、2人だけじゃあまりにも心細い――。
『リオン、俺を忘れるな』
その言葉で反射的に金貨へ触れた。光と共に巨神が――トールが飛び出してくる。
「ああ、くそ! 寒いなやっぱり、第5階層は!」
憤怒の化身が拳を振るう。赤髪を振り乱して、トールは交差した両腕で攻撃を受け止めた。
「へっ。効いたな、少しは……!」
話しながらトールは次の攻撃も防ぐ。
神様の大きさは2メートルくらいなのだけど、何倍も大きな相手にまったく力負けしていなかった。
「ロキ、ソラーナ、お前らも出てこい!」
金貨が震えて神様が次々に言う。
『トールさぁ。出ていくのはいいんだけど、君が全力で戦ったら、リオンの加護にも影響するって忘れてなぁい?』
これは、ロキのセリフ。トールが押し黙る。
「……ぬ」
『封印も強い。僕ら全員が力を使い果たしたら、リオンはどうやって戦うのさぁ』
そ、そうか……ゴーレムと戦った時も、ソラーナだけは僕の傍にいた。あれって、神様が力を失うと加護も弱まるから、女神様だけは僕の傍に残ってくれたんだ。
『……トール。鎚のミョルニルはどうされたのですか?』
シグリスの言葉に、トールはまたも黙った。
「…………実は、前の戦いで魔力を使ったせいでな……」
『はぁ!? ミョルニルなしなのっ? セーブしてよ、まだ最下層に未踏エリアがあるんだからっ』
「え、でも……」
ウルが口火を切ると、神様は次々とトールに怒り出した。
『……はぁ。では、シグリスが』
『リオン、わたし達の力を使ってほしい』
シグリスとソラーナの声が重なって聞こえる。告げられた作戦は、確かに今にぴったりだ。
――――
<スキル:薬神の加護>を使用しました。
『シグリスの槍』……遠隔補助。魔法効果を槍にのせ、届ける。
――――
神様同士の力を、組み合わせて使う。
――――
<スキル:太陽の加護>を使用しました。
『黄金の炎』……身体能力の向上。時間限定で、さらなる効果。
――――
僕は『黄金の炎』をまとった槍を、フェリクスさんとミアさんに2回投じた。槍はそれぞれの上を通りすぎ、身体能力の向上効果を仲間に宿らせる。
体から魔力がぐっと減った。
『リオン、わたしの加護は君に最も強く働く。だから、おそらく効果時間も、強化も、君の半分ほどもあればいい方だと思う。けれども……』
「時間は稼げるってことだね」
切り札である黄金の炎を、一瞬で2回も使った計算になる。
レベルが上がってなければ、とても魔力消費に耐えられなかっただろう。
トールを中心に、仲間たちが反撃を始めた。
僕はというと、たどり着いた壁に手を当てる。
「目覚ましっ」
壁が揺れ崩れる。内側は暗くひんやりしていた。
中を見回して僕は息をのむ。
「え……」
そこは武器庫のようだった。
高さ10メートル近い壁は、凍りついて、内側に巨大な武具を閉じ込めている。柄が柱ほど、刃が大人の背丈ほどもある、とてつもない大斧さえあった。
ゴーレムというよりは、まるで巨人サイズ――あの化身が使って丁度いいような大きさだ。
「なんで、こんなものが……」
首を振って思考を切る。今必要なのは、人間サイズの武器だ。
金床の上に、サビまみれの塊がいくつも載っている。
戦闘音が激しくなった。
はっと振り返るとトールとミアさんが戦っている。
トールが魔力で炎を吹き飛ばす。それでもやってくる拳は、ミアさんが斧で弾いていた。
「ご、剛力……か」
スキル<斧士>に宿った力だ。『不動』という崩されない能力もあるけど、さらに『剛力』は力が増す。
ミアさんは能力『不動』で踏ん張った上、さらに『剛力』で化身の攻撃を弾いてる。
轟音が連鎖した。
『……すっごいねぇ』
ロキが感心した。
『人間に宿るスキルって大本は神の力みたいだけど――彼女の場合は、トールみたいな戦神のスキルのようだ』
拳が振り下ろされる度に、熱波がここまでやってくる。
でもトールとミアさんは崩れない。
戦神が2人いるみたいだ。
「はぁ!」
耐火マントの隙間から、ミアさんの笑みが見えた。まるで巨人に立ち向かう英雄だ。
けれども、限界は来る。
耐えきれなくなったのは武器の方だった。
「ミア!」
サフィが悲鳴をあげた。
強度を増すルーンを刻まれた斧だけど、それでもミアさんの力を受け止めきれなかったんだ。
斧の刃が、砕け散る。
「……っ」
ミアさんの苦悶の声が聞こえた。
もう迷ってはいられない。
僕は斧らしい形のものを掴んで、願う。
「目覚ましっ」
――――
『緋の斧』を封印解除しました。
――――
光に包まれて姿を現したのは、緋色で魔法文字が刻まれた手斧。刃が目を覚ましたように火花を散らし、一瞬、赤く輝いた気がした。
まぎれもない神話時代の武具だ。
フェリクスさんが氷の刃で援護に入り、ミアさんが攻撃圏から脱出する。でも憤怒の化身は武器を失ったミアさんを執拗に叩き潰そうとしていた。
「ミアさん!」
一か八かで、斧を放り投げる。
ミアさんは鎖を投じて、空中で武器をキャッチしてみせた。
「ありがとうよっ」
ミアさんは受け取った斧を振りかぶり、化身の拳にあてる。
衝撃が竜巻のように起こった。化身が大きく後ずさる。
「……ま、魔力を、打ち返した?」
唖然とするフェリクスさんに、神様ウルが呼応する。
『小人の技術だね。魔法を受けると、ルーンが威力を宿し、やがて打ち返す。強敵の力を利用する、粘り強く戦うための技術だ』
トールが受け、それでも捌ききれないものはミアさんが弾く。
斧に魔力が蓄積されていく。
迂闊には近寄れない。それに、僕もフェリクスさんも気づいていた。
トール神とミアさんというこの上なく頼れる前衛が、今に大きな隙を作るって。
「でも……!」
危うい均衡に思えた。敵か、ミアさん達か、どちらが先に崩れるか。
視界の端で小さな影が駆ける。
「……サフィ?」
小人の鍛冶屋さんは、倒れ伏した番兵ゴーレムに近づいた。
「ありがとうね、お前たち。1000年も、立派だった。でも……あと一回だけ、おまけして……!」
腰から金鎚を取り出す。
サフィは原型をとどめている番兵ゴーレムに、鎚を振るった。ゴーレム核がルーンの形に輝いていく。
「祝福……!」
片腕を失った番兵ゴーレムが動き出す。体をボロボロと崩しながらも、小人の激励を受け片腕だけで憤怒の化身へ走っていく。
サフィは力を使い果たしたみたいに、がっくりと項垂れた。
『祝福……? 白小人の、技だが……』
『特別な力かもね。十鍛冶という称号は伊達じゃないか』
ソラーナとウルが呟きあう。事実、サフィの力は確かだった。
――グオオオ!
化身は煩わしそうにゴーレムを打ち払う。
でもそれは、もう一人の戦士に大きな隙を見せることだ。
「いくぜ……!」
目と斧に宿る、緋の光。
能力『剛力』と共に、ミアさんの武具が魔力を吐き出した。
巨人は猛烈な衝撃を受けたみたい。あの拳の何発分もの魔力を一度に解き放ったんだ。
「くっ」
ミアさんも地面に手を突く。
敵との違いは、独りじゃないってこと。
「リオン、後は頼むぜ!」
「うん!」
このチャンスは絶対に逃せない。
神様の力を、今、全部使う。
――――
<スキル:太陽の加護>を使用します。
『黄金の炎』……時間限定で身体能力を向上。
――――
3回目の黄金の炎。魔力の急減に目がチカチカする。
でも、弱音なんて許されない。
仲間がみんなで作ってくれた隙だから。
「はぁ!」
跳ぶ。憤怒の化身の頭へ向けて。
敵のまとう炎が肌を焼く。
「目覚ましっ」
けれど、ルゥのガントレットに宿ったサラマンダーが、炎を防ぐ防壁を生む。
炎の守りを突き破る。
使うのは、巨人を倒してきた神様のスキルだ。この力で、あの神様は、自分よりも大きな敵に立ち向かっていた。
――――
<スキル:雷神の加護>を使用しました。
『雷神の鎚』……強い電撃を放つ。
――――
『黄金の炎』の力で、『雷神の鎚』を振り下ろす。
短剣に宿った雷が、巨人の頭を打ち砕いた。
いつもよりずっと威力が強い。魔法がイメージの力だとすれば――もしかすると『黄金の炎』は、『雷神の鎚』も強化できるのかもしれない。
頭部にヒビが入る。亀裂はどんどん大きくなり、核を収めた胸に到達した。
――神々め!
憤怒の化身は、崩壊する喉から叫びを奔らせる。
――最下層で待っているぞ。
――我が名は、我が名は……!
断末魔というよりも、それは宣戦布告だった。
――炎骨スルトの名を、思い出せ!
他のゴーレムと同じように、憤怒の化身は崩れ去った。
ホールに巨大な岩と土の山ができあがる。猛烈な熱のせいか、あちこちで煙が上がっていた。
静寂だ。
ゴーレムが瓦礫に戻る音も収まって、大空間はしんとした静けさに包まれる。
「……勝ったで、いいんだよな?」
ミアさんが腰を落としたまま呟いた。
「リオン、お前ら……」
トールは目を見開いて、僕らを見ていた。ゆっくり首を振ると、赤い光を残して消える。
「……ああ、勝ちだ。そしてこの勝利は、お前たちのものだ」
快哉も、喜びも、何もない。ただ僕達はへたり込んで、生き残ったことを嚙み締めた。
――――
レベルが22になりました。
――――
レベルも上がったんだ……あれ、どれだけ強い魔物だったんだろう。スコル級、いや、まさかね……。
ミアさんがべたんと大の字になる。
「あ~、しんどい! 戦士団、頼むから報酬は弾んでくれよなっ!」
サフィがそんなミアさんに近づいた。
「ね? 武器、大事にした方がいいでしょ!」
「ああ。こっちは、大事にするよ」
ミアさんは『緋の斧』をなでている。持ち手に鉤がついていて、鎖斧としても使えそうな大きさだった。
「あとは――」
僕は、封印解除した鍛冶場を見やる。壁際にぽっかりと開いた入り口からは、ここからでも冷気を感じた。
あの場所を調べなければいけない。
でも、氷に包まれた巨人サイズの武具――なんで、あんなものがあったんだろう?
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