2-39:炎の巨人
巨大すぎる、一歩。
踏みしめる足は馬車だってぺしゃんこにしてしまいそうで、見下ろす顔は赤く大きく燃えている。
――神々よ。
熱い息と共に、頭に声が響く。
この魔物が話してる?
――見つけたぞ。
――今度こそ、今度こそ、焼き尽くしてくれる……!
高熱に空気が揺らぐ中、見開かれた目が、食い縛った歯が、浮かび上がる。
首も胸板も手足も、何もかもが太い。そのうえ全身に火をまとい、対峙するだけで肌が焼けそうだ。
一階層下からやってきたのは、全長10メートルに届く巨体だった。
「こ、れ……」
自分でも、馬鹿みたいだって思う。何もせずに、見上げるだけで、呆然と呟いているなんて。
咆哮。
練り上げた勇気が消し飛び、脚が勝手に逃げ出そうとする。
全ての本能が立ち向かってはいけないと大合唱していた。
『この声、この姿……!』
ソラーナの声も震えていた。
「な、なんだ? 魔物なのか……!?」
ベテランのミアさんも恐れている。フェリクスさんも口を開けたまま、魔法を発せずにいた。
『リオン、聞いてほしい。わたしが見せた終末の光景に、炎の巨人が現れただろう』
圧倒されながらも僕は必死に顎を引いた。
呼吸を整える。冒険者の基本に沿って、自分を落ち着けさせるんだ。
腰を落として。足を肩幅に開いて。
視線は、上。
どんなに怖くても、見ないというのは危機を避け損ねる最悪の選択だから。
『この魔力は――そっくりなんだ……』
女神様も要領を得ない。
怖さが苛立ちに伝染して、どういうこと、と問い返しそうになる。
『落ち着け、太陽神』
トールが声を放った。
雷神の言葉は、他の仲間にも聞こえたみたい。みんな僕の方へ目を向ける。正確にはポケットの金貨に、だけど。
『炎の巨人どもには、奴らの王がいた。この「化身」とやらには、そいつと似た気配を強く感じるぜ』
そして、とトールは続けた。
『地下深くからも同じ臭いだ。この街が「巨人の遺灰」を掘る場所で、地下に巨人の体があるんだとすれば、そいつは――』
短剣を握る手が震えた。
「炎の巨人の……王?」
応じるように叫びが迸る。石壁の広間に反響して、頭が割れそうだ。
炎の拳が降ってくる。
散開して回避。
床が絨毯みたいに波打ち、熱波が耐火マントに襲いかかった。サフィの魔法文字が――炎防御の加工がなかったら、この一撃でパーティーは終わっていただろう。
「な、なん、で……」
頭は疑問でいっぱいだ。
なんで、どうして、いきなりこんな強くて勝てなそうな存在が……!
『よく見ろ、そして思い出せ』
トールは、不出来な弟子を叱りつけるように言った。
お、思い出す?
フード越しに見上げる巨体に、神様のメッセージがちらついた。
『憤怒の化身が現れました』って言ってたけれど……。
巨人は壁に向かって手をかざす。すると、壁を作っていた石がはがれて、魔物の方へ飛んで行った。石はそのまま体の一部に取り込まれる。
「……もしかして」
最初の印象を思い出した。
岩や土で体を作っていく魔物は知っている。
「あれ、ゴーレム!?」
『俺にも聞こえたぜ、「憤怒の化身」ってな。化身ってことは、本物じゃない、人形みたいなもんってことだ』
「でも……」
新たな疑問が、焦りと一緒に胸を焼く。
フェリクスさんがフードを揺らして顔を上げた。
「な、なるほどゴーレムか……! 巨人の遺灰をゴーレム核に混ぜるのではなく、巨人の遺灰からゴーレム核を作ったのかもしれません……!」
<狩神の加護>で魔力を探知する。巨人の胸には、真っ赤な光が揺らめいていた。
あれが、ゴーレム核?
「いわば、遺灰が生み出した存在。だから、巨人に近い思念を持っている、と!」
何度も頷くフェリクスさんだけど、僕にはちょっとしかわからなかった。
要は、巨人の遺灰で産み出されたってことだろうか。ゴーレム核には魔石が使われているようだけど、たとえば魔石替わりに巨人の遺灰を固めたりして――。
「バカ、逃げるよ!」
ぶんと鎖斧がうなる。
ミアさんが、落ちてくる人の頭ほどの瓦礫を弾き飛ばした。
大暴れする巨人に通路は崩壊寸前だ。
「こ、こっち!」
サフィがリュックから飛び出した。
「大広間があったはずよ! そこなら、天井も高いし広く使えるわっ」
「……そんな空間は魔物の巣窟のはずですが」
後ろで轟音。ずしん、ずしんと床を震わせながら、巨人が歩いてくる。
「ふーん! で、アレ以上の脅威ってある!?」
「……ごもっとも」
僕らは大急ぎでサフィの後を追った。憤怒の化身はところどころで天井の梁につかえて足を止める。
時々、崩れた岩が放り投げられた。でも前だけを見て足を回す。
幅広の通路で、急に左右の壁が途切れた。
大広間にたどり着いたんだ。
「うっ……」
僕らは呻いてしまう。
巨大ホールには、確かに魔物がいた。さっきも倒した番兵ゴーレム達だ。
頭の青い光が僕らを捉える。
観念したようにミアさんが鎖斧を構えた。
「前方のワーグ、後門のオーク、だっけ?」
「……前門の、です」
フェリクスさん、こんな時にも細かい……。
前には6体の番兵ゴーレム、後ろには巨人。状況は挟み撃ち――ミアさんの言葉通りだ。
『やるしか、ないようだぞ』
ソラーナの言葉に覚悟を決める。けれど番兵ゴーレム達はさっと左右に分かれると、壁際に移動し始めた。
今まさに駆け込んできた僕らを襲う気配はない。
入り口が赤く照らされた。
「き、来た……」
振り返る。
憤怒の化身が大広間に突入してきた。
即座の戦闘に身構える。
でも巨体は足止めを食らっていた。
――邪魔をするな! 木偶どもがぁ!
壁際にいた番兵ゴーレム。彼等が武器を手に、化身へ飛びかかったんだ。
「魔物が、魔物を襲ってる……!?」
ミアさんが唖然としていた。僕だって聞いたことがない。
黒小人のサフィだけが、何が起きたのかわかってるみたいだった。黒目がちの目が潤んでいる。
「覚えてるんだ……1000年も前の命令をまだ守ってる」
ありがとう、とサフィの唇から息がこぼれた。
「巨人と戦えって、アタシ達に、小人たちに命令されたとおりにまだ動いてるんだ!」
番兵ゴーレムは化身に蹴散らされていく。
勝ち目なんてきっとない。
でも彼等は次々と起き上がり、化身へと挑む。
僕達はその間に距離をとった。息を整えて、戦闘態勢へ。
『……リオン、俺を出せ』
トールの言葉に金貨が振動した。
『相手は巨人と同等だ。俺がなんとかしてやる』
『トール、気づいてると思うけどさぁ、ここは第5層。王都のダンジョンの最下層レベルだよ? 封印、かなり強いと思うけど』
『巨人の前で、人間だけに任せられるかよ!』
ロキとトールが言い争っている。
確かに、あの敵と僕らだけで戦うのは厳しい。魔力探知の光は、ミスリル・ゴーレムと比べてさえずっと強かった。
僕は広間に視線を走らせた。
何か、助けになるようなもの……!
「あ……」
遠くの壁に、うっすらとした明かりが見える。
『封印解除』が可能――それを示す光だ。
「――サフィ」
僕は黒小人の少女に尋ねた。
「ここにも、小人の鍛冶場って、あったの?」
サフィはぐしっと涙をぬぐう。
「あったわよ。魔法の武具を打った場所がね」
いつの間にか、連鎖する金属音は止んでいた。
大広間にうなり声が響いている。
番兵を破壊しきった巨人が、僕らに眼光を向けた。





