2-38:巨人との遭遇
アルヴィースの夜。
リオン達が初日の探索を終え、全ての鍛冶場も冒険者も寝静まる深夜。
迷宮に一台の荷車が運び込まれた。
貨物は赤黒いオーブ――ゴーレム核だ。
運び手はカネで雇われた下級冒険者。
借金を持つ奴隷寸前の者も多い。彼らは雇い主に言われたとおり、探索層に荷車を放置する。
冒険者ギルドも、衛兵も、深夜の運搬に対して見て見ぬふりをしていた。
ガニス単独ではギルドへの圧力までは難しかったが、奴隷商人にいる『商売上手』が日頃からガニスに便宜を図らせていた。
やがてゴーレム核が起動する。
辺りにある岩や土から、ずんぐりした巨体がかたどられた。
巨体は、樽ほどの大きさがあるオーブを肩に担ぐ。そのまま、迷宮の深部へと消えていった。
<人形使い>ガニスは、まだリオン達の到着を知らない。
リオン達は、まだ魔法技師の実験内容を知らない。
◆
アルヴィースに到着して、2日目がやってきた。
僕が強くなるための『修行』は継続する。
ただ、耐火マントのフードを目深にかぶって、魔物との交戦はできるだけ避ける。今日は階層を重ねることを優先するためだ。
アルヴィースの迷宮は10階層もあるから、魔物と戦うこと以外にも、戦場にも慣れないといけない。実際、深く潜るにつれて暑くなってきて、汗ばむ。それでも防御を考えるとマントを脱げないのが辛いところだ。
メンバーは昨日と同じで、ミアさんとフェリクスさん、そして荷物を担ぐサポーターが2人。サフィは男女のサポーターのうち、男性がリュックで背負っていた。
多めに水を飲んだり休憩を挟んだりしながら、僕は5階層目にたどり着いた。
「わぁ……!」
驚きのあまり、声が出る。
アルヴィースの迷宮は、5階層目から構造が変わってきた。
10メートルはある天井で、いくつもの魔石灯が眩しく輝いている。きっと外の曇り空より、よほど明るいだろう。
道幅は馬車が3台は通れそう。王都の目抜き通りにも負けない大きさだ。
今まではごつごつした石壁が目立つ、鉱山の一部のような通路だった。でも壁は急になめらかになり、ぴかっと光を照り返しそうなほど磨き上げられている。
「やっぱり……」
サフィがリュックからこっそり目をのぞかせた。
「ここ、宮殿だわ。アールヴヘイムの山、崩れて正門から上を埋めちゃってるんだ……」
見上げながら、僕はサフィへ問いかけた。
「大きい道だね……」
「ここから下はずっとそうよ。アタシ達もゴーレムを使って作業したから、あの人形がすれ違える道幅とか、天井がないと困るのよ」
なるほど。小人というよりは、ゴーレムの大きさに道を合わせてあるのか。
「白小人には羽もあったしね。天井が高いのはそのせいよ」
今までの階層も冒険者が戦うには十分な広さだった。
さらに大きなここは、大勢の小人とゴーレムが行きかう、中心地だったってことだろう。
「アタシ達の鍛冶場もこの階層から増えてくる。上層は倉庫とか、兵士の詰所とかね」
自然とため息がこぼれた。
「すごい……」
旅といい、このダンジョンといい、王都を出てから驚くことでいっぱいだ。
ルゥや母さんに話してあげたいことがたくさんある。
家に帰れたら……巨人とか、奴隷商人とか、色々なものをやっつけたら、きっと伝えよう。
「……この階層で、太古の鍛冶場が見つかったという報告はありません」
フードを被ったフェリクスさんが、杖をつく。
はっと気づいた。
「もしかして……」
「『封印』されている可能性がありますね」
スキル<目覚まし>を使い、周囲を鑑定する能力を起き上がらせる。とりあえず目に見える範囲に、封印解除できそうな壁はなかった。
「探してみましょう」
僕らは巨大通路を歩きだす。朝が早いせいか、比較的深層のここには人気がない。
魔物の気配に集中するにはもってこいだ。
しばらく進むと、大きな足音が聞こえた。
「……敵だね」
静かなせいか、ミアさんも気配を察知したみたい。
僕は目線で同意して、50メートルくらい先の曲がり角を指した。
「近づいてきます。2本足で、大きくて、鎧みたいな……金属音がします」
「鎧?」
今度はフェリクスさんが言う。階層と出現魔物を思い出して、僕は顎を引いた。
「番兵ゴーレム、ですね」
予想は正しかった。
向かって右の角に現れたのは、鎧に身を包んだ巨体。だだっ広い通路で大きさが掴みにくいけれど、全長3メートルくらいはあるだろう。
大雑把な人型で、円筒形の頭には青い光が灯っている。
普通のゴーレムとの違いは、武器と鎧だ。
片方が棍棒、もう片方が斧で武装している。そして、どちらも装飾付きの鎧に守られていた。
この兵士みたいな見た目が、『番兵ゴーレム』という名の由来だ。
「あれ、アタシ達のゴーレムじゃん……!」
サフィが目をまん丸にしていた。
ミアさんが口を曲げる。
「ったく。なんであたしらを襲うんだい! こちとらは小人を助けにきたんだよ!」
金貨のなかで、ソラーナが応じた。
『ふむ……長い年月で、小人の作ったゴーレムも迷宮に取り込まれたのかもしれないな』
ぎこちない動きでゴーレム達が迫ってくる。
先手をとろう。
息をはいて、加速。
振り下ろされる棍棒も斧もしっかり軌道を読めば怖くない。
回避をしながら鎧の隙間を切りつける。
スコルやミスリル・ゴーレム、そして神様――規格外の存在の戦いをみてきた。それに比べれば、なんて落ち着いて見切れる攻撃なんだろう。
『リオン……度胸がついたな』
トールが認めてくれる。
スキルだけじゃない。僕自身にも、経験という強さが実ってるんだ。
「ミアさん、フェリクスさん!」
仲間への合図は一回で十分だった。
鎖斧が番兵ゴーレムの頭を砕く。
魔法の炎がもう一体の胸を穿つ。
僕の役目は足止めで、本命はパーティ・メンバーの重たい一撃だ。
初めての相手だったけれど、僕らの連携なら脅威じゃない。
「ま、あたしもレベルが上がっているしね」
「パーティーとして成長している、ということにしましょう」
ミアさんは鎖を揺らしてにっと笑い、フェリクスさんが肩をすくめた。
2人の武器にも、僕のと同じように魔法文字が刻まれている。
ミアさんの斧には『剛』。
威力を高めるほかに、武器の強度を増す効果もあるらしい。使い手の腕力が武器の設計を上回ってきてるのを、鍛冶屋さんとしてサフィは心配したみたいだ。
杖には『知』。
魔法の威力を高める。
フェリクスさんは鈍く輝く文字を指でなぞった。
「この分だと、アルヴィース6層の中間ボスを倒しにいってもいいかもしれませんね」
緊張を緩めかけるけれど、寒気が背中を貫いた。
反射的に<狩神の加護>を使う。
でも、特別な索敵なんて要らなかった。だって通路の先から、ものすごい咆哮がやってきたんだから。
迷宮全体が振動する。天井の魔力灯も明滅した。
「な、なんだ?」
ミアさんが斧を構える。
遠くに、弱々しくよろめくゴーレムがいた。
体から煙を吐き出して、まるで溶岩から抜け出てきたみたい。
ゴーレムはうずくまるように停止する。
「……あれ?」
昨日、通路で見たゴーレムの残骸に似てる……?
――オオオオオ!
再び、轟音が迷宮全体を揺さぶる。天井から小石が落ちてきた。
フェリクスさんが目を見張る。
ゴーレムの残骸を踏みつけながら、別の生き物が現れたんだ。
「グア、オ、オオ……!」
馬車ほどもある巨大な牛。左右に飛び出た角に火をともしている。
フェリクスさんが唸った。
「……1階層下の、ムスペルヘイム・オーロックス……ですね」
通称、『火牛』。
ガルムと並ぶ危険な魔物だ。第6層に半日に一体くらいの頻度で現れる存在で、強さと魔石の多さから『中間ボス』とも呼ばれていた。
そこまでは知っている。
でも――
「なんで、もう、死にそうなのよ……?」
サフィが声を震わせる。
オーロックスは全身が焼けただれ、右目はつぶれて、脚を引きずっていた。
ずしん、と息絶える火牛。
僕は声を絞り出した。何か言わないと、バクバクいう心臓が恐怖に負けてしまいそうな気がして。
「に、逃げてきた……? 1階層、下から……!」
巨大通路の左側は階段に繋がっているらしい。
火牛と同じ角から、下階層から、何かがやってくる。
10メートル近い、天井。
僕らは、そこに『屈んで』入ってきた巨体を見上げた。人型で、全身が夏の陽炎のようにゆらめいている。魔力探知すると胸に真っ赤な光が宿っていた。
「ゴーレム……?」
そう思ったのは、胸の光がまるでゴーレム核に見えたから。
熱に歪む顔には、うっすらと表情がある。
口が左右に引き伸ばされた。
「わ、笑った……?」
西ダンジョンのミスリル・ゴーレム。カルマルのゴーレムの軍勢。
どれよりも巨人の気配を感じる。
頭に神様の声が響いたのは、この状況でも主神は見ているってことなんだろうか。
――――
憤怒の化身が出現しました。
――――
超巨大ゴーレム――いや、巨人は僕らに殺到した。





