2-37:サラマンダーの盾
『リオン?』
急に足を止めた僕に、ソラーナが問いかけた。
第4階層。アルヴィースの戦闘層としてはまだ浅い方で、ロック・ワームの幼体や、ゴブリンの亜種を倒すことで僕らは迷宮に慣れようとしていた。
さすがにロック・ワーム成体みたいな大物はしばらく出ていない。
最初に思い描いた通りの『新しい迷宮に慣れるための戦い』ができていた。
「……大きいの、近づいてきます」
でも、もうそれも終わり。
近づいてくる音は明らかにレベルが違う。
四本足、数は2体。
魔力探知では50メートルほど離れた位置に強い赤光が映っている。強大な敵のはずだけど、地面の振動は微かだった。
これは接近を隠す習性があるってこと。
ワーグと同じ魔獣タイプだ。
「……敵だね?」
被ったフードを揺らして、頷く。
何かを感じたのかミアさんも立ち止まった。フェリクスさんも杖を構えて、魔法をすぐ使える準備に入っている。
「速いです。四本足の獣型、馬よりもずっと大きい」
僕の言葉に、ミアさんも耐火マントのフードを被りなおした。
唇をなめて目を細める。
「おいおい。そりゃ、もしかすると……」
真っ赤な光が角から飛び出した。
「っ」
熱。
続けざまに2連射。
反射的に横に飛んで回避する。僕達がいた位置を貫くように、巨大な炎弾がやってきたんだ。
「ガルム……!」
フェリクスさんが唸った。
事前の情報を思い出す。
ロック・ワーム成体と同じく、最深部に出現する強敵だ。アルヴィースのダンジョンの推奨レベルが25と高いのは、この魔物が出現するから。
ええと、別名は――
「アルヴィースの番犬……!」
2頭のガルムはぐばっと口を開く。真っ赤な口腔で、炎が蓄積されていく。
離れているのに鼻の頭が熱い。それくらいものすごい熱なんだ。
高い機動力を持ちながらも、迷宮最高温を放ってくるのがこのガルムという魔物だった。
「リオン、あたしらも出るぜ!」
ミアさんがじゃらりと鎖斧を構える。
震えそうになるのをこらえて、僕は顎を引いた。みんなの前で情けないところ、見せたくない。
「はいっ」
切れていた『黄金の炎』を再発動する。鎖が空中を駆け抜けた。
「ガァッ」
吠える相手の横っ面に、鎖斧が叩き込まれる。1頭の炎を中断させて、続くのはフェリクスさんの魔法だ。
「氷刃」
地面に白い線が入る。フェリクスさんの足元から伸びて、ガルムたちの前足を横切るように。
熱された空気が凍てついた。
直後、線に沿って氷の刃が発生する。
「ギャウッ」
1頭の前足が切り裂かれている。
僕は地面を蹴る。
飛び込むのは、番犬の顎下だ。
短剣を喉元に突き刺す。吐きかけの炎が傷口から漏れ出て、ガントレット越しでも手が熱い。
耐火フードが顔を守ってくれたのも助かった。
「はっ」
短く息をはいて、刃を振り抜く。喉を一直線に掻き切った。
「ガ、ググ……!」
残るは1頭。
倒れ伏すガルムから飛び退いた時、もう1頭が今まさに炎を貯めていることに気づいた。
鎖斧を受けたはずだけど、まだ戦意は十分みたい。
狙いは――
『リオン!』
僕、か。
だけど、ギリギリ対応できるタイミング。
ガントレットの左手甲がきらりとした。
「目覚ましっ」
今度の『目覚まし』は、赤のクリスタルだ。
左手甲から飛び出してきたのは、真っ赤な炎を纏う小トカゲ――『サラマンダー』という炎の精霊だ。
気難しい精霊を、小人の鍛冶屋さんは手甲のクリスタルに収めてくれている。
「ピィ!」
精霊は、僕とガルムの間にウロコを連ねたような障壁を展開する。
防具に宿った『火炎無効』の障壁。
それがサフィが僕の防備に加えてくれた、もう一つの工夫だった。
「ガァ!」
ガルムが火炎弾を放つ。でもウロコ型の障壁は、炎を完全に防いでしまった。
魔物に表情があったら瞠目していただろう。
「ピィ、ピィ……」
満足そうにお腹をさすって、サラマンダーはクリスタルへ戻った。
炎を防いだらもうこっちのもの。
「やぁ!」
地を蹴って肉薄。
炎弾は、口を開けて炎を貯める必要があるようだ。つまり、一度でも近づけば怖がる必要はないってこと。
1頭目と同じように、首筋を切って退治した。
魔物が倒れる。びくんと震えた前足が、やっぱり生き物なんだなって感じさせた。迷宮に封じられても、肉体はずっと生きたままってことなんだろう。
「お見事です。勝ちましたね」
振り返ると、フェリクスさんがほほ笑んだ。
サフィがリュックから半分だけ頭を出して、じっとこっちを見ている。
「……今の、魔物のガルムよね?」
「そうだけど……」
「冒険者ってみんなあなたみたいに強いの?」
う、うーん……。
神様の力を使ったとき、力はものすごく上昇する。それも強さのうちだけど、レベルはまだ20だし、冒険者としての経験もまだまだだ。
『強い』って簡単には言えないと思う。
「に、しても」
サフィが迷宮をキョロキョロした。
「アールヴヘイムがあった場所が、こんな魔物だらけなんてね」
リュックに収まって口の形は見えない。けれど、寂しげに笑っている気がした。
「終末とか、封印とか、実感が湧いてきたわ」
金貨からソラーナの声がする。
『……わたし達が敗れたせいでもある。サフィ、この迷宮に見覚えがあったりはしないかい?』
「あー……」
サフィは言い淀んだ。
「ある、かもしれない。宮殿かも」
僕は目をまん丸にしてしまったと思う。
「きゅ、宮殿?」
「そ。ただ……地形がすっごく変わってるし、正直、自信ない。確証が出たらもっと話せると思うわ」
サフィによると、小人の国――アールヴヘイムの宮殿には、鍛冶場とか、宝物庫、それに『世界樹の水鏡』へ応えるための魔法具もあったみたい。
でもそれは奥の方。迷宮でいえば下層のようだ。
「ん? そういやさ、普通の宮殿ってのは、上に大事なものを置くんじゃないのか?」
ミアさんが頭をかきながら尋ねた。
「みんなが高い建物が好きってわけじゃないのよ」
サフィは呆れた目をして首を振る。
「小人の宮殿は山をくり抜いて宮殿にしてたのよ。中腹に正門があって、下層に玉座とか、鍛冶場とかを置いてたの。一応、麓には裏門があったし、正門の地上にも立派な建物があったんだけど……」
小人の鍛冶屋さんは、黒目がちの目を伏せた。
「もしかしたら、だけど、山の頂が崩れたのかもしれない。ここに入るとき、大きな石のアーチをくぐったでしょ? あれ、大昔の正門にそっくりだったのよ」
「や、山が崩れたぁ?」
ミアさんが声をあげた。
「で、でかい地震でもあったのか?」
「し、知らないわよそこまでは。あたし気づいたら眠っていて、目を覚ましたら全部……終わってたんだから」
当時のアールヴヘイムについて、わかっていることはまだ少なかった。
白小人と黒小人がいて、神様と同じように魔物と敵対していたのは間違いない。黒小人の一部がゴブリンとかの魔物になってしまったという話も、事実みたいだ。
サフィは黒小人。
当時も種族ごとちょっと警戒されていたようだけど――言ってしまえば、大きな情報はまだそれくらいだ。
ソラーナが金貨から言う。
『ふむ……より深層に行かないといけないか』
その時、頭に神様の声が響いた。
――――
レベルが21になりました。
――――
意外に思う。今日でかなりの魔物を倒して、ガルムなんて強敵もやっつけた。
でも、もう1レベル上昇か……。
「ゴーレムとの戦いで、魔力をかなり吸収してたのかな?」
レベル20に上がった戦いで、ゴーレムを神様と一緒にかなり倒した。その時に獲得した魔力が残っていたのかもしれない。
僕はガルムの魔石を拾いながら、そんなことを考える。
しばらく魔物を倒して、初日の修行は切り上げることになった。
『……む?』
帰り道で、ソラーナが声を出す。
『リオン、あれもまたゴーレムの残骸ではないか?』
「本当だ……」
壁際に、またゴーレムの残骸がある。今日で見つけたのは2回目だ。
フェリクスさんが杖を揺らす。
「巨人の遺灰でゴーレムを強化する――そんな魔法技師がいるとすれば、やはり頻繁に迷宮で実験をしているようですね」
頷くけれど、不気味なことは増えるばかりだった。
奴隷商人もいるけれど、このゴーレムを生み出した人は何が目的なんだろうか。
『これにも、幽かだが巨人の気配が残っている』
僕が<目覚まし>すると、ソラーナはゴーレム核の近くを飛び回った。
「そしてやはり、下に行くにつれて、巨人の気配も強くなるな。だが……」
女神様は言い淀む。
「探れば探るほど――強く、嫌な、そして燃えるような気配だ。これは……」
「どうしたの?」
「う、うむ……」
ソラーナの表情がさえない。曇り空の太陽みたいに、暗い影に覆われているように感じた。
「炎の巨人について話したこと、覚えているかい? 終末について語った時だ」
「うん……世界そのものを、焼き尽くそうとしたって」
「そうだ。炎の巨人にも『王』がいた」
確か――巨人の遺灰は、世界を焼き尽くそうとした巨人、その体からできている。
「……似てるの?」
「そう思う。アルヴィースにゴーレムがいて、そこには巨人の遺灰が混ざっている。そして巨人の遺灰さえ、アルヴィースの産だとすれば……」
ごくりと喉が動いた。
アルヴィースに眠っているのは、炎の巨人でも特に強い存在ってこと……?
僕らはダンジョンを後にする。
奥から響いてくる、風なりの音。それは巨人の唸り声に、どうしてか聞こえた。
迷宮の奥で何かが目覚めそうな気がして。
急ごう、急ごう、と焦りが胸を焼いている。
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次回更新は12月23日(木)を予定しています。
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