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2-17:奴隷商人


 巨躯の男が、開け放たれた窓に向かって腰かけていた。

 整えも結われもしていない金髪が、広い肩を伝って乱れ落ちている。服装は貴族風だ。しかし気だるげに半開きになった瞼は、髪型と相まって世捨て人のようである。


 見渡す領地は、ヴァリス領。

 アスガルド王国の古い貴族が治める辺境だ。

 領主の館は小高い丘に建ち、街を一望できる。昼下がりの陽光に洗われて、城壁が緩やかな楕円をえがいていた。きらりきらりと城壁外が輝くのは、冒険者の武器が陽光を照り返すせいだ。

 彼らは市門とダンジョンを往復する馬車に乗り、魔石と素材を運んでくる。


「こちらにいらっしゃいましたか」


 声をかけられても、男の乾いた眼は少しも動かない。


「お変わりありませんようで、何よりでございます」


 フードを目深にかぶった女が入室する。

 黒髪が蛇のように縮れ落ちて、ぽってりとした唇を真っ赤な舌がなめる。女は黒ローブについた旅の埃をはたいた。


「王都から急ぎ戻って参りましたわ。目ぼしい奴隷候補がいる旨、お手紙よりも直接に申し上げたくて」


 ようやく男はかすかに頷いた。


「……ところで、ヴァリス領主殿はいずこ?」


 大男の目線が隣の部屋へと向かう。半端に開いたドアから、倒れた男の足が見えていた。ぴくりとも動かない。

 女は頬に手を当てて嘆息する。


「主様……潰してしまったのであれば、次の隠れ先を探さねばなりませんわぁ」


 言いながらも、女が領主の死亡には心を痛めていないのは明らかだった。


「先にご報告を。ギデオンは迷宮からスコルを蘇らせましたが、神々を目覚めさせる少年がおりましたので……狼骨スコルは来れません」

「知っている」


 男はようやく口を開いた。


「角笛の音が、おれにも聞こえた」


 女は顎を引いた。


「……ヨル。次の用意はあるのだろう」

「無数に。王都のギデオンにはヴァリス家を通じて書を出しておりましたので、このままでは足がつくでしょう。どのみち、この領地は潮時でしたわ」


 ヨルと呼ばれた女は笑う。


「確かに『封印』というのは厄介なもの。我々も影響を受ける以上、迷宮に潜って手出しするには人間の協力者がいる……魔物を解き放つ術はあっても、近寄れないなら何もできない」


 だから人間と接触し交渉するためには『奴隷商人』という表向きの立場が必要――それがヨルらが常に男へしてきた説明だった。


「ですが」


 ヨルは笑った。


「それ以上に扱いやすいのは、この国の貴族ですわぁ。迷宮の封印を解く遺灰があれば、ヴァリス家に取り入るのも簡単でしたし……」


 男が思い返すのは、ヴァリス領主が彼ら奴隷商人を迎えた、とても単純な構図。

 落ち目の領主が、ダンジョンの封印を解く『巨人の遺灰』を手にして舞い上がる。

 だが領主が遺灰の使用を自重していたのは、最初だけ。ここ数か月は魔物が強くなり、冒険者の犠牲が増える。時にはダンジョン外に魔物がうろつきさえする。


「迷宮が魔物を無限に吐き出す前に領主が死んだのは、せめてもの幸せかもしれませんわね……」


 男は否定も肯定もしなかった。

 変わらない瞳で窓の外を見つめている。


「……領主は、おれに挑んできた」

「まぁ! 察しまするに、『遺灰』をもっと出せということでしょうか……?」

「つまらない<槍豪(そうごう)>のスキルだった」


 男が空中に手をかざすと、手のひらに光が生まれる。


「見ろ。あれなる被造物から奪った、凡庸な(スキル)を」


 それを口にかざし、噛り付く。

 拳大の果実をむさぼるように、瞬く間に光は男の口へ消えた。


「……足りない」


 男は左胸に手をやる。心臓の位置を探すように、指が装束を掴んでいた


「おれの心臓……『創造の力』はどこにある」

「目星はつけてあります。それこそ角笛の少年が関係している……ヨルはそう思いましたゆえ、こんなにも馬を飛ばして戻ったのです」

「どう奪う」

「王都の迷宮には、妨害を。小人どもが作った人形をまいてあります」


 男は頷いた。


「……人間が使いこなせている程度のスキルは、大したものではない」

「それも心得ています。あなたが探しているような食べ応えのあるスキルは、人間の価値観では計れない――彼らが『外れ』と呼ぶものの中にある」


 人間が重宝するのは、『剣豪』や『賢者』など、わかりやすい強さを持つものばかり。

 しかし神がばらまいたスキルには、人間の枠では理解しがたいものもある。

 人間はそれを『外れ』と呼ぶ。使えないから、理解できないから。

 だが使いこなして本当に強力なのは、往々にしてそんなスキルなのだ。『神らしさ』を多く残し、男の腹を満たすのも。


「今後もそのような奴隷を中心に集めますので、ご心配なく……」


 ヨルは一礼して、主人に背を向ける。


「ではごきげんよう、ユミール様」


 原初の巨人――ユミールはじっと街並みと、その奥へ霞む緑を見つめていた。

 右腕が心臓があるべき位置をまさぐっている。

 ユミールは世界に生まれた最初の一人。家族はおらず、仲間もいない。

 自分の一部が失われたなら、おのれで取り戻すしか道はない。


「腹が、減ったな」


 脈打つべき心臓を探して、ユミールは遠く王都の方角を見つめていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回はダンジョン戦闘です。

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