3-13:猟犬と兎
フローシア商館に勤めるその女は、奴隷商人の協力者だった。
関りは2年前。
女はスキルの性能が低い、いわゆる『外れスキル』。商館にいる貴族から、低い待遇を受けていた。不満をためていたところ、『商売上手』を名乗る男が接触してきたのだ。
協力への謝礼で収入が倍以上に跳ね上がる。その上、与えられたスキルを使って副業をすることもできた。19歳から雇われて、働いたのは5年以上。
外れスキルと呼ばれた年月は、憎しみとして染みついていた。
奴隷商人からの報酬にも、背任行為が商会への復讐になっていることにも、女は満足していた。
だからこそ、平穏な昼休憩に急報がやってきた時、舌打ちを殺すのに苦労した。
「川で賊が捕まったんだ!」
「へぇ……? それが、商会に関係あるのか?」
「うちの冒険手形を持ってたらしいんだ。奪われたものかもしれないけど、衛兵が一応見に来る」
「上流で村を襲っていた河賊のようだが……」
衛兵がやってくるというのは、商館にとって面倒ごとだ。すぐに噂が出回る。
女の顔が引きつった。
どうやら、商会から冒険手形で『メッセージ』を受け取るはずだった男が、捕まったらしい。
おまけに商会のことも話したようだ。
その河賊は、商会の協力者など知るはずもない。けれども衛兵が職場に来るという事実は、小さな悪事を重ねてきた女を不安にさせた。
――とにかく、魔石を回収しよう。
冒険手形で渡すもの。
それは、魔法でメッセージが刻まれた魔石である。
こうしたトラブル時にメッセージを回収することも女の役割だった。
女は金庫へ向かう。
冒険手形で引き渡す資材を納めたエリアは、他の場所と比べて管理が緩かった。冒険者ギルドが、商人と冒険者の直接取引にいい顔をしない。関係を助長しかねない冒険手形も、あまり大規模にできない。
冒険手形用の資材を納めたカギは、箱ごとに管理されている。女は別件の箱を開けると言って上長から鍵を借りた。だが、女は素早い手つきで、奴隷商人の箱の鍵も棚から掠めとる。
スキル<盗賊>による早業に、女を外れスキルと思い込んでいる同僚や上司は気づかなかった。
焦りに浮かされながらも、わずかな優越感を覚える。
女は金庫室の箱を開け、ほっと息をついた。すると、背後で気配。
「はっ」
飛び降りてきたのは、数匹のネズミだった。
獣達は箱へ頭を突っ込む。
そして、今まさに女が掴もうとした魔石を床に落とした。袋の紐をくわえ、外へ向かって駆け出していく。
「ま、待て!」
ぞっとする。そこには、たいてい重要なメッセージが入っている。
女に詳細は知らされていないが、なくしてタダで済むはずがない。
ふと、一度だけ会った奴隷商人の男を思い出す。スキル<盗賊>を受け取る時、巨躯の男は女を凝視していた。
食べ物を我慢する目。
もともと女は外れスキル――つまり珍しいスキル。
女は、奴隷商人の正体を知らない。それでも想像が及んだのは、生存危機を感じたせいかもしれなかった。
――用済みになったら、喰われる?
ほんの直感だったが、恐れは判断力をさらに鈍らせた。
「くそっ」
ネズミ達は裏口を抜けて、角を曲がり、どんどん薄暗い道へ走っていく。
息が切れた時、獣はやっと止まった。
魔石の袋が地面に転がる。拾い上げたのは――少年だった。
◆
そのやり方を、狩神ウルは『狩り』と言った。
魔石を受け取るはずの賊が捕まった。そんな情報を、あえて商館へ流す。協力者は、金庫に置かれたメッセージを回収に動くかもしれない。
ポイントは、『手形』というキーワードを協力者に伝えること。そして、すぐに衛兵が来ると思わせること。
焦らせて、自分から魔石を巣穴から取り出させるために。
「……本当に、うまくいったね」
「でしょう?」
得意げなウルが、小さな姿でウインクした。
裏路地の隅で鼻をスンスンさせているネズミに、軽く手を振っている。
「もちろん、彼らの協力あってこそだけどね」
狩神ウルは自然の神様。
草木や動物に協力をお願いすることもできる。今回は、街にいる動物――ネズミがウルのために働いてくれたんだ。
出番を取られたイタズラ師、ロキが声だけでむくれた。
『ま、いーんじゃない? 僕ら神々も姿を消して忍び込むことはできる。けど、アルヴィースのゴーレム核みたいに、神々に反応する危険があってもいけない。動物を介すというアイディアは、まぁ害がないやり方だ』
狩神様はおさげをかき上げて、鼻高々だった。
「ふふ、リオン。後は君の出番だ」
ウルの姿が掻き消えていく。
「本当は、この調子で新たな力を君に与えられそうだったんだけど……心構えがまだまだ、かもね?」
聞き返しそうになる。でも考えてみればそんな場合じゃない。
僕は顎を引いて正面を見据えた。
相手は、二〇才を少し過ぎたくらいの女性だ。駆けてきたせいか息が切れている。
裏路地の出口は戦士団が塞いでいた。
「チッ」
女は舌打ちをしてナイフを構える。
目を見開いて、なにかを怖がっている顔つきだった。
「降参してください。僕には……勝てないと思います」
相手は目を吊り上げた。
「た、タダの女じゃないよ!」
体がうっすらと光る。スキルが発動しているんだ。
投げつけられたナイフは真っ直ぐ僕へ向かってくる。
「っ」
短剣を抜いて、相手の投げナイフを撃ち落とす。女は別の刃物を抜きながら、僕へ切りかかってきた。
体をひねってかわし、伸びきった相手の腕を左手で掴む。思い切り引っ張ってから、足を払った。
「な……!」
女性は、どしゃりと地面に頬をぶつける。
勝負は一瞬でついてしまった。
「た、助け……」
こちらを見上げて、呻く女性。何かを怖がっているみたいだった。
ミアさんが鋭い目を向ける。
「リオン。気をつけろ」
「はい、でも……」
本当に、怯えているみたいだった。僕達だけじゃない、何かにも。
笑いかけるのって、やっぱり甘いのだろうか。
「大丈夫ですよ。その……話さえしてくれれば、僕らは十分なんです」
女性は救われたように目を閉じた。
鴉の戦士団が馬車を連れてくる。女性をそこに乗せ、やっと一息つけた。
けっこう強引なやり方だった気もするけど――魔石も手に入ったし、奴隷商人の協力者がまた一人捕まった。
『リオン!』
「……うんっ」
ソラーナに急かされて、僕は魔石を空へかざす。
結果は、事前の読み通り。
手に入れた魔石は、魔法のメッセージが刻まれた特別なものだったんだ。
『太陽の力が、魔物のなした惑わしを外そう!』
太陽の光が石を照らす。
卵くらいの魔石、その表面に文字が浮き出てきた。
「東地区、神殿教区、4月……これ、今日の日付と場所ですっ」
僕は息を呑んだ。
フェリクスさんが魔石を覗き込み、顎に手をやる。
「ふむ。どうやら――奴隷商人の、次の取引ですね。この場所で、奴隷の引き渡しがあると思います」
その推理に、ミアさんが口を曲げて頭をかいた。
「さすがに本拠地の在処が書いてある、なんてことはないか」
「ですね。ただし、手の込んだ連絡です。重要な取引か、大物が出てくる可能性が高いでしょう」
僕らは視線を交わしあった。
ルゥを狙う敵の手がかりになる。なにより、拐われた人の売買なんて止めた方がいいに決まっていた。
ニルスさんの兄妹のような災いが、またどこかで起こってしまうということだもの。
自然と背筋が伸びた。
「行きましょう、フェリクスさん、ミアさん」
次の狙いは、今夜。
敵の拠点を暴くため――奴隷取引を阻止しよう。





