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3-14:奴隷取引


 奴隷商人の取引は、街の東で行われるみたいだ。

 豊穣の街フローシア。だけど人やもので賑わう港が光だとすれば、東側は影。王都における東部と同じく、貧しい人たちが住まう貧民街だった。


 僕らは戦士団の人数を集めて、指定の場所で待ち伏せする。

 辺りはすっかり夜になっていた。


「初日から、まさかこんな情報が手に入るとはね」


 ミアさんが外套から手を出して、目深にかぶったフードを直す。

 応じるのは同じ格好のフェリクスさんだ。


「おかげで先回りができました。リオンさんのお手柄ですね」


 頷きを返しながら、僕は空き地を見下ろした。

 事前情報のおかげで、僕らはこうして奴隷取引を待つことができている。

 戦士団は3、4人のチームに別れて、見晴らしの利く屋根上に陣取っていた。

 僕はミアさん、フェリクスさんとの3人パーティーになる。


 約束の時間はそろそろだ。

 南のフローシアは夜でも驚くほど温かい。風は静かすぎて、少し不安になってしまう。

 僕はフェリクスさんへ囁いた。


「……相手も、ここに来るはずだった河賊が来ないことは分かるはずです。取引をやめたり、場所を変えたりしませんか?」

「問題ないと思います。手が込んだ連絡でしたが、逆に言えば土壇場での変更は利きにくい。真っ先に異変に気づくのは、商館の協力者。しかしこちらも捕らえてあります」


 僕らが見下ろすのは、廃工房の空き地だ。ボロボロになったレンガの建物と、土が剥き出しになった地面がとても寂しい。

 石壁の向こうは運河になっている。水がはねる音が聞こえていた。


 やがて、2台の馬車がやって来る。

 降りた人数は全部で10名ほどに見えた。

 空き地の真ん中に魔石灯が置かれる。青白い光が辺りをぼうっと照らした。


 斧や剣で武装した男たちが、5人くらいのグループに分かれて立っている。

 僕らが見守っていると、片方の馬車が扉を開けた。

 縛られた3人が引き出されてくる。ここからでも手枷と猿ぐつわをされているのがわかった。


「ひどい……」


 声が漏れてしまう。

 でも、奴隷商人の手に落ちるというのは、こういうことなんだ。


「……リオンさん、落ち着いて」


 フェリクスさんが囁いた。

 戦士団のマントは闇に紛れる。少し動いてもばれることはないだろう。

 乱戦になった時、お揃いのマントは敵味方を見分ける効果もあった。


「フローシアの奴隷取引は、ずっと謎でした。それというのも、街に奴隷を運んでくるには、少なくとも市門や港を経由してくる必要があります。しかし、口を封じられて、手枷をはめた大勢の人間が通関できるはずもない……」


 僕はぐっと顎を引いた。

 焦るな。どれだけ今の状況が貴重か、フェリクスさんの言葉でおさらいする。


「ですから、アルヴィースの隠し坑道のように、彼らだけが知る秘密がある。この取引をおさえれば、わかるでしょう。それだけでも大きな成果です」


 首の後ろに鳥肌がたった。奴隷商人、ユミール達にさらに迫れるってことだもの。

 しっ、とミアさんが声を発す。


「始まるみたいだよ」


 暗がりから帳面を持った人が現れた。頬がこけて、茶色の外套から細い顔がぬうっと突き出している。杖を揺らすと、暗い目つきで片方の河賊集団を見つめた。

 雰囲気からして、取引の支配人なんだろう。

 河賊が言った。


「数名、足りないが……」

「捕まった」


 支配人の言葉にざわめきが起きる。


「問題ない。はじめろ、約束通り抜け道も教えてやる」


 現れた支配人は杖を揺らす。一瞬、運河の方を眺めたようだ。


 5人ずつ、2グループいる賊の集団。片方がずっしりと重そうな袋を差し出して、もう片方のグループに渡す。

 袋の中身を見て、彼らは顔を笑みに歪めた。中身はお金なのだろう。

 報酬と入れ違うように、縛られた3人が引き渡される。


 ――こいつら、珍しいスキルを持ってる。

 ――この街は狩場だぜぇ。

 ――全体メッセージで、駆け出しまでこの街に集まってる。

 ――『英雄』なんて目指せるわけがねぇのによぉ。


 そんな話声が、どうしたって強化された耳に届いてしまった。

 ミアさんと目が合う。


「リオンっ」

「うん!」


 目線を交わして、僕らは屋根から飛び降りた。

 お腹の底から声を出す。


「そこまでだ!」


 10人以上の男達。その視線が一瞬で僕へ向くのは、巨大な壁を叩きつけられたみたいだ。

 短剣を抜き放つ。


「鴉の戦士団です。大人しくしてください」


 敵に動揺が走って、浮足立つのがわかった。

 支配人が舌打ちする。


火線(バル)!」


 火を魔石灯に向けて放った。粉々になった魔石が、火をまき散らして破裂する。

 もうもうとした黒煙。

 目くらましだ。


『あっちだ!』


 金貨が震えて、ソラーナが声を張る。


『壁だ! 連中、壁を登ってるぞっ』


 奴隷を突き飛ばして、賊が壁を登っていた。

 廃工房を囲う擁壁の向こう。そこって――


「運河へ逃げるぞっ!」


 ミアさんの叫びをあざ笑うように、奴隷商人たちは壁の向こうへ跳び降りた。

 僕らも壁に飛びつく。


「へへ! こっちの読み通りだったな!」


 ミアさんがにっと八重歯を見せた。

 飛び降りた岸で男たちは止まっている。

 そう、慌てたのはあくまでフリ。


 衛兵団が3隻の船を用立てて、水面に立ちはだかっているんだ。商人たちは後ろに僕ら、水上にも衛兵を置かれて、挟まれた。


「よかった――」


 安堵した直後、衛兵が悲鳴をあげた。

 月が照らす水面に、ぬうっと巨大な船が現れていた。

 小船に向かってくる。

 ミアさんがあんぐり口を開けた。


竜船(ロングシップ)っ!?」


 船首に威嚇するような竜が彫り込まれた、軍船。それが衛兵さんの小舟に衝突、粉砕する。

 逃げるのが遅れていたら、彼らはきっとはね飛ばされていた。


 男たちはやってきた軍船に乗り込み、岸を離れる。竜船(ロングシップ)と呼ばれたのは、10メートルはありそうな大きな船だ。

 乗り切らなかった男たちは、沈まなかった小舟を奪い取る。そのまま竜船(ロングシップ)の後ろに続いた。


「漕げぇぇええ!」


 支配人の一喝で櫂が動いた。工房脇から、船が逃げてしまう!

 僕らはすぐに、運河沿いの道を駆けだした。


「も、もう少しでかい船はなかったのかよ!」


 水面から救助される衛兵さんを振り返りながら、ミアさんが言った。


「運河は広い、戦士団も衛兵も、数は割けません。それに……」


 フェリクスさんは口を歪めた。


「軍船があったのをみるに、東側の水運局は奴隷商人と通じているのでしょう。王都やアルヴィースでは貴族に取り入っていましたが、商業の都では商会や水運といった、商人に浸透している――芸が細かいっ」

「褒めてる場合かっ」


 貧民区らしく運河沿いの道は凸凹だ。

 ポケットの金貨からソラーナの声がする。


『好機には変わらない。あの船に追い付けばいいのだろう?』

「そのとおり! 彼らの根城もわかるでしょう」


 運河沿いを駆け抜けながら、僕らは敵を追う。

 オールの動きは水面で羽ばたくみたい。

 真っすぐ、素早く進む。河賊が乗っているだけあって、操船はお手の物だ。


「逃がさなければ、だろ?」


 ミアさんが言った。


「僕も心配です。このままだと…」


 いずれ広い水面に出るだろう。

 そうしたら湖は目と鼻の先なんだ。


「フェリクス殿!」

「加勢します!」


 戦士団も追いついてくる。

 フェリクスさんが合図の笛を吹き、指で空中にルーンを描く。

 運河を凍らせる、氷の魔法だ。


氷刃(イバラク)


 船に向かって冷気が奔った。

 けれど、敵にいる魔法使い――支配人が炎魔法で応戦した。冷気は勢いを殺される。氷が運河を通せんぼする前に、2隻は氷と壁の隙間をすり抜けてしまった。


『リオン、わたし達が出るか……?』


 神様の力だって無限じゃない。一昨日の夜にも戦ってもらっているし、明日にはフローシアの迷宮に入る予定だ。

 迷ううちに、船が広い運河へ出てしまう。


「はは、それではな!」


 支配人が声を発した瞬間、夜空に影が躍り上がった。

 運河沿いの建物から飛び降りたらしい。逃げる2隻の内、後ろの小船へ着地する。

 水飛沫のなか、影は瞬く間に白刃を走らせた。

 夜空に金髪がなびいている。


「ニルス、さん……?」


 それは、奴隷商人を追うといっていた剣士――ニルスさんだった。


「き、君達は……」


 水上で、僕らの目線が交錯する。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は3月26日(土)の予定です。


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