3-11:豊穣の街フローシア
河賊との戦いがあった翌朝、停泊していた村から『早船』という船が出た。普通よりもずっと速く進めるもので、下流のフローシアへ騒動を伝えてくれるという。
おかげで僕らは、翌日の夕方にはフローシアからの軍船と合流できた。
乗っていたのは衛兵さん達で、僕らも調べを受ける。けれど、フェリクスさんは彼らに『鴉の戦士団』という身分をこっそり明かした。
おかげで質問はあっさり済んだけれど――全体メッセージ以降、戦士団の影響力が増したって改めて思わされた。
結局、予定の遅れは1日だけ。
王都を出発して5日目、僕らはフローシアの湖にやって来た。
「わぁ……!」
思わず声が出るのは、南風が頬をなでたから。
流れ込む大河と湖の間には関所があって、そこを通り抜けてから帆を張って少し航行する。
巨大な湖にせり出すような城壁が見えた。朝の陽光が壁を白々と輝かせている。内側に神殿の尖塔が見える。
そして船がさらに湖を進んで、壁の切れ目から始まる港が見えるようになると、僕は『豊穣』と言われている意味を知った。
港はたくさんの船でごった返している。どの船も誇らしげにマストを立てていた。きっと湖へ漕ぎ出して下流や海へ向かうものもあれば、反対に帆を張って遡上していくものもあるのだろう。
積み下ろされている無数の荷物。樽に麻袋。王都の運河沿いにいるような上半身裸の男たちが、まだ寒いだろうにせっせと荷物を運んでいる。
見とれていると、出港した一隻が帆に風をはらんで向かってきた。
ぶつかりそう、なんて慌てたけれど、なんてことなくすれ違う。その船の向かう先は湖の中心だった。
「……島?」
「あれが、フローシアの迷宮です」
フェリクスさんの言葉に、思い出す。
「ダンジョン島……!」
「俗にそう呼ばれているようですね」
フローシアにある迷宮は、街から離れた島にある。小さな島に見えるけれど水の下に大きく広がっていて、そこには水に関連する魔物を封じた、特別なダンジョンがあるんだ。
僕は目を細めて、浮かぶ島を目に焼き付けようとした。
「……あれ?」
水面に目を落とすと、底でキラリキラリと何かが光ったように思う。
「我々は、あちらに停泊します」
フェリクスさんが示したのは、港の端。
河賊に襲われた商人さんは、別の桟橋を使うみたい。
「さらばぁ! 英雄の方々~!」
商人さんはそんな風に声を張っている。
さすがに僕が河賊みんなをやっつけただなんて思ってはいないだろうけど……戦ったことくらいはバレてるんだろう。
「英雄か」
前に向き直る。
このフローシアという街にも、王都と同じように、『英雄』を目指す冒険者が集まっているのだろうか。
遠ざかっていく船では、ニルスさんも手を振っていた。
「……妹さん、見つかるといいですね」
手を振り返して、ちくりと胸が痛む。
結局、ニルスさんとは別れることになってしまった。
じゃらりと腕に巻いた鎖を揺らして、ミアさんが腕組みする。
「正直、少し惜しかったかもな」
フェリクスさんが首を振った。
「それはできませんよ」
ミアさんが肩をすくめる。
「わかってる。言ってみただけさ」
実は、ミアさんと僕は昨日からそれとなくニルスさんと話していた。
僕だけだと少し変だから、ミアさんも混ぜて、冒険者同士の情報交換というのを装って。
冒険者としては高位にあたるレベル34であること。辺境の貴族出身であること。そんな色々な情報を掴んでいた。
「あたしも辺境出身だ。貴族でも、言っちゃ悪いが貧しい家もある。領地のために借金、それで妹が奴隷化か……」
似たような境遇に、胸が詰まった。
妹さんの特徴は聞いてある。見かけたら必ずフローシアの滞在先に伝えることを約束して、僕らは別れていた。
「酷薄なようですが、我々は誰でも仲間に、というわけにはいきません。色々な秘密を共有するのですから」
フェリクスさんは目を細めた。
僕はパウリーネさんとのやり取りを思い出してしまう。神話や、魔物の秘密――これだけ大勢の人を巻き込んでいるのに、いつまでも『秘密』でいいんだろうか?
英雄なんて呼ばれ方をされても、救える人って、きっと限られてる。
「……わかってます」
僕はぱちんと両手で頬を叩いた。
「でも、同じ相手を追っているなら、また会えるかもしれませんよね?」
その時は、状況がまた違っているかもしれない。
今は前に進むことを考えよう。
ミアさんがにっと笑って、フェリクスさんに目を向けた。
「ま、確かに同じ目的だからな。で……あたしら、今日はどこを調べるんだ?」
「はい。捕らえた河賊は、近々、別の指示を受けるようでした」
フェリクスさんが指さしたのは、港の奥にある立派な建物。
「あそこで、取引する場所と時刻を教えられるようです」
◆
そこも人が大勢いたけれど、港とは様子が違う。
静かな賑わいなんだ。行きかっているのは屈強な運び人ではなくて、上等な服に身を包んだ商人達。彼らはカウンターに何かを話にいったり、時々、奥の部屋に呼ばれたり。
冒険者ギルドを100倍上品にしたみたいな空間だ。
「ここって……」
「いわゆる商館というものです」
僕は目をパチパチしてしまった。ちなみに、頭には『まどわしの帽子』を被っている。
「こ、ここがもしかして敵の拠点……?」
「まさかそんなことはないと思います。メディス商会、規模も業容も、奴隷を必要とするものじゃない」
フェリクスさんも口を曲げている。
ここで敵が何か、メッセージのようなものを仲間に伝えるという。果たしてそんなことできるんだろうか。
ぼんやり見つめていると、不思議な行動をしている人に気づいた。
「何か、受け渡しをしてますね」
指さす先で、何かが取引されていた。
カウンターに木片を出した商人が、魔石とか、宝石とか、金貨とかを受け取っている。
「ふむ。『手形』ですね」
ぼんやりとしか、聞いたことない言葉。
僕は首を傾げてしまう。
「てがた……?」
「品物の引換券のようなものです。巨大な商品や、あまりにも量が多い商品、または運ぶには価値が高すぎる商品。そういったものは商館が発行する手形で引換したり、手形自体を売買したりするのです」
「「へえ……」」
僕とミアさんが呟くのに、フェリクスさんはがっくり項垂れた。
「冒険者ミア……あなたは知っておいた方がいいと思いますが」
「そりゃ知ってたけどな。説明うまくて感心したのさ」
フェリクスさんは咳払いして続ける。
「あれは冒険手形と呼ばれるもの。報酬や、前金、必要素材を受け渡すときに使います。魔石や物資はかさばります。また、運んでくるにも時間がかかる。ですから『ある支店の霊薬の内、1万ゲント分はあなたのもの』という引換券を発行して、それをもらった人がこの商館に交換にきているというわけです」
息をついてしまった。
膨大な取引を捌く、大きなお屋敷。
「ふ、フローシアって……」
「商いの街でもあります。この辺りは温暖な穀倉地帯。たとえば船倉いっぱいの小麦などは、こうした引き換え制度の発明がなければとても商えないでしょう」
呆然とモノとヒトの流れを見つめてしまう。
王都もアルヴィースも冒険者の街だった。ここは、商売の街でもあるんだ。
「あれ」
思考に何かが引っ掛かった。
「何かを引き換えられるってことは……」
うん、と頷く。
「うまく仕組みを使えば、何かを渡せるってことじゃない?」
フェリクスさんとミアさんが顔を見合わせた。
「確かに。たとえばメッセージを引き渡す中間点に使っている可能性はありますね」
『リオン』
金貨が震えて、神様の声がした。
「ウル?」
『君は、ボクの加護についてもだんだんと力を引き出せるようになっている。ボク自身の力も貸せるし、敵の痕跡を探すなら……』
僕は顎を引いた。
確かに、スキルって迷宮だけが活躍の場じゃない。
――――
<スキル:狩神の加護>を使用しました。
『野生の心』……探知。魔力消費で、さらなる効果。
――――
――――
<スキル:太陽の加護>を使用しました。
『黄金の炎』……身体能力の向上。時間限定で、さらなる効果。
――――
強化された索敵能力が、建物全体に行き渡る。
やがて奥に小さく、赤い光が見えた。迷宮で見るそれにそっくりだ。
「……魔物の魔力を、感じます」
ミアさんが猫みたいに目を細めた。
「商館の中だぜ? 確かなのか」
「はい。大きさはタマゴくらいなので、魔物そのものじゃなくて、魔物が魔力を残したもの、かもしれないです」
<野生の心>は魔力探知も可能だ。ゴーレム核にも反応したし、魔力を発していれば、魔物そのものでなくても見つけられる。
フェリクスさんが杖を鳴らした。
「もし魔物がかけた魔法とするなら、それがメッセージの伝達手段かもしれませんね。さて、それを手に入れれば連中の拠点か、次の取引現場がわかるのですが――」
問題は、どうやって手に入れるかだよね。
僕らはちょっと作戦会議をすることにした。





