3-10:放浪の剣士
水上での戦いは、なんとか切り抜けられた。
僕と神様が守っていた上流側に2隻、フェリクスさんとミアさんが援護にいった下流側に1隻、合わせて3隻に襲われたことになる。
魔法による明かりが静かになった川面を照らしていた。
動くのをやめると濡れた服が重く冷たくて、僕はすぐに着替える。
撃退の感謝はすぐに終わった。
ある意味で、やるべきことはまだ残っているからだろう。
松明を掲げた村人や、戦士団が見つめる中、やがて大きく声が張られた。
「いいかー!」
「引けぇ!」
川に張られたロープをみんなで引っ張る。結び先は敵の船だ。
水面に残したままだと、流されてしまうからね。
僕も縄を引くのに加勢する。
「よい……しょ!」
『リオン、頑張れ!』
ソラーナが応援してくれるけど、ちょっと気が散る……。
ミアさんとフェリクスさんに挟まれて引いていたから、ほとんどつま先立ちだった。
やがて、どん!と音を立てて敵船が岸に乗り上げた。転覆した一隻は、横倒しになったまま舳先とマストを陸地に突き刺すようになっている。
船内で縛られていた盗賊達が衝撃で目覚めたようだ。
「な、なんだこりゃ……」
「縄……?」
「いつの間に……!?」
囲う僕らを、忌々し気に睨みつけた。
「くそ! てめぇらがやったのか……!」
「水の魔法かよぉ……!」
そ、そうか――。
神様のことは、この人たちには見えていない。いきなり船が転覆して、気絶して、起きたら縛られていたっていう状況なんだろう。
「お、大人しくしろ!」
目いっぱいに凄んでおく。
僕みたいな身長でどれくらい効果があるかはわからないけど。
髭もじゃの盗賊達は、僕の姿を見て目を点にした。やがておいおいと泣き始める。
「こ、こんなガキに負けたのか……!」
「ガキと商人だけだと思ったのにっ」
ソラーナがむっとしている。
『失礼な連中だな』
確かに、盗賊にしてみれば予想外だっただろう。
戦士団のほとんどは、商人の恰好をしていた。冒険者だけが10人以上も川を下っていたら、とても目を引いてしまうから。
「気にしないからいいよ。でも……」
逆に、もし僕達が見た目通り、子供と商人に過ぎなかったら――襲撃は成功して、大勢が奴隷になったんだろう。
僕らよりも下流に停泊して、同じように襲われた人達もいる。その人たちは、実際に護衛と商人という組み合わせだったんだ。
心に影が落ちる。
フェリクスさんが岸を小走りでやってきた。
「下流側も、賊は全員捕らえました。上流で23名、下流側に12名――船3隻といい、おそろしい規模です」
夕方に聞いた情報を思い出した。
フローシアの奴隷商人が、川をさかのぼるように略奪範囲を広げているって――。
手を握って震えを抑えた。
「フェリクスさん、ミアさん」
「ええ。まずは話を聞きましょう」
盗賊のうち、リーダー格らしい3人が船から降ろされた。
僕が倒したザムザもいる。実力者らしく落ち着いていて、僕と目が合った。
「ここよりもっと下流で、襲撃が起きていると聞きました。あなた方ですか?」
問い詰めるとと、盗賊達はせせら笑った。
ザムザが応じる。
「だったらなんだぁ」
強がって、小ばかにした表情だ。怒りで声が上ずる。
「人を――さらってたんですか?」
「おうよ! 覚えておけよ、お前らの妹だろうが親だろうが、復讐に奴隷化してやるからなぁ!?」
大口を開けて真っ赤な舌を突き出す。
考えも口調も、醜悪って言葉がこれほど似合う敵もいない。
「……お前っ」
「はははは」
次の瞬間、真っ白い光がザムザの頬を過ぎった。
飛び散ったのは、赤。
「……へ?」
頬から流れる一筋の血に、ザムザはぎょっとする。
「聞きたいことがある」
剣士の男性だった。
年齢は20歳くらいだろうか。
冒険者によくある革の旅装で、くすんだ金髪が夜風になびいている。背が高くて、はっと目を引くくらい目鼻立ちが整っていた。
女性とも思えたくらい。
でも肩はがっしりして、右手には装飾付きの剣を持っている。
そして盗賊を見下ろす目つきは、その剣以上に鋭かった。
「俺はあなた方の下流にいた船団の、護衛冒険者だ。ニルスという」
そう断ってから、剣士ニルスさんは、縛られた盗賊達に向き直る。
「一つ、確認したい」
左手で人差し指を立てる。
逆側の手では刃が揺れていた。
「人をさらっていると言ったな?」
空気が張り詰めたように思う。
「俺は家族を探している」
ニルスさんは膝をついて、ぐいと盗賊に顔を近づける。盗賊達は空気を求めるみたいに、口をぱくぱくしていた。
「見ろ。これだ。覚えはあるか?」
懐から取り出したのは、細い鎖で繋がれた、金属片だ。
元は『首飾り』――なのだろう。
炎で焙られたみたいに全体が黒ずんで、見る影もない。きれいな文様だとか、埋め込まれていた宝石だとかも、煤と錆まみれだ。
「これを落とした女を、お前らのような賊がさらっていった。さらう前、見た覚えはないか?」
「し、知らねぇ……!」
「家族だ。妹で、名はディーという」
僕らも、ザムザも、剣士の圧力にのまれていた。
これを『殺気』というのかもしれない。
剣士ニルスさんは目を細め、武器を持つ右腕に力をこめている。
「あ、あの!」
たまらず割り込んだ。
フェリクスさんも杖をつく。
「……河川襲撃は重罪です。捕らえられた以上、盗賊には刑が降りますし、調べも進みます」
ニルスさんは鼻を鳴らして立ち上がった。
するりと剣を納めると、ザムザ以外の盗賊を一瞥する。彼らがぶんぶん首を振ったのを見てから、踵を返した。
「すまない、調べの邪魔をした」
ニルスさんは足早に去っていく。
言葉が耳に残っていた。
家族を探している……?
「僕、聞いてきます」
事情がどうしても気になって、僕は追いかけていた。戦士団なら、何か協力できるかもしれないから。
「……奴隷になった人を、探してるんですか?」
ニルスさんは振り返って、意外そうに僕を見下ろした。
「そうだ。妹だ」
ルゥのことが頭に過ぎる。もし妹が攫われたりしたら、僕もこうして世界中を探すかもしれない。
奴隷って、人をさらうって、やっぱり――ひどいことだと思う。
でも考えてみれば、勝手に『僕らも奴隷商人を追ってるんです』なんて明かしていいわけがなかった。
「何か用が?」
「あ、ええと……」
僕は何も言えなくなって立ち尽くしてしまった。
ニルスさんは微笑する。
「駆け出しか。こちらからも、一ついいか」
驚いたけど、顎を引いた。
「考えが優しすぎる」
僕はきょとんとしてしまったと思う。
「さっきの盗賊のことだ。底の割れた威圧は、威圧にならない。君から芯の強さを感じる。大事だ。が、駆け引きは磨いた方がいい」
ふと思った。
殺気に満ちた目つき。それも、この人なりの駆け引きだったのかもしれない。
「じゃ、さっきのも……?」
「どうかな」
ニルスさんは口元を歪める。細められた目はぞくっとするほど冷たかった。
「情報には手段を選べない時もある」
首飾りをじゃらりと懐に戻して、ニルスさんは下流へ去っていく。
「驚かせたなら、すまなかった」
僕はしばらくの間、その方向を眺めていた。
入れ違うように、下流側に停泊している商隊の人たちがやってきて、フェリクスさんと何か相談を始める。捕まえた賊をどうするのかとか、明日の出発だとか、そういうことを話にきたみたいだ。
赤髪を揺らしてミアさんが追いついてくる。ニルスさんが去った方向へ、目を細めていた。
「あいつ、腕利きだったぜ」
ミアさんとフェリクスさんは、下流の商人さんを守っている。だから、戦いぶりを見ていたんだ。
「名前が売れていないのが不思議なくらいだな」
「妹を探しているって、言っていましたね」
「ああ。それで旅立ちか……」
鎖を鳴らして腕を組んだ。
「正直、盗賊への脅しとしちゃ、アリなやり方だと思う。だが、これは勘だけど――ちと危うい感じがするな」
ミアさんの言葉に頷く。
状況としては、僕ら以外にも奴隷商人を追う人がいるということだろう。
もしも協力できたらいいのかもしれない。
反面、殺気も思い出してしまう。僕の心はこの川面みたいに揺れていた。





