勇者の息子
エアリアにしてみれば半分は軽い遊びのつもりで始めたことかもしれないが、もはや笑っていなかった。事の深刻さは目先の怪我が問題なのではない。エアリアが造り出した二人の騎士はウェルに射かけた。最初のボウガンの矢をウェルはかわして、当たる寸前の弓の矢は消した。続けざまに弓の騎士はウェルに射かけたが、ウェルはすべての矢を当たる前に消した。しかしその間に準備していたボウガンの二の矢を、ウェルは見切り損ねた。さすがに騎士もウェルの急所は外していたが、ウェルの右肩に一瞬刺さってしまった。ウェルは激痛を感じたが、その瞬間矢を消した。尻もちをついて肩を押さえるウェルに、騎士を消してエアリアが駆け寄った。
「ごめんなさい。実戦経験もないあなたに危険なことをしてしまいました」
エアリアが触れると、傷の痛みが少し軽くなったような気がする。
「姉様には『空の書』の内容を、もう一度僕からも教える必要がありそうですね。大丈夫です。ちょっと姉様を驚かせてやろうと思ってわざと受けたのですよ」
ウェルは笑いながら強がってみたが、エアリアに人でも動物でも出してみて下さいと言われて、「空の書」にかこつけてごまかしもきれず、これしか出せない鬼火ほどもない火の玉や、涼しくないそよ風を出した。・・・エアリアは味方で親族で、今は唯一の保護者なのだから、弱みは早めに見せておいて正解だったかもしれない。
「・・・正直今出せている魔法の力では、とても空の賢者を名乗れる実力はありません。ルマの教育方針が仇となったと言えるでしょうか・・・・」
「空の書」によれば空魔法なんか使うなというのがご先祖様の遺志なわけだから、ルマはそれに忠実だったということだろうか。でもルマは魔法の訓練は結構熱心で、時間もかけていたが・・・単にウェルに魔法の才能がないだけなのか。何にせよウェルが空の賢者になって、戦いにかりだされるとは夢にも思っていなかったのは確かだろう。
恥をかいたついでにウェルは聞きにくかったことを聞いた。ウェルは本当に空の勇者と巫女の息子で、エアリアの弟なのか、誰かと取り違えているのではないか、と。でもエアリアは少し困ったように笑いながら、間違いないと言うだけだった。
「それに今ではすべての空の里は、ベルゼフとチェイニに滅ぼされたか支配下に入っています。たとえ他の里に強力な魔力を持つ者がいたとしても、殺されるか取り込まれるかしているでしょう。あなたとルマの里は、連中の手がついていない最後の里だったのです」
確かにウェルの故郷の里は、火の国の端の山の中、エレメニルの辺境だった。さすがに空の賢者候補がどの里にいるかまでは知らなかったベルゼフは、しらみつぶしに里を訪れたようだ。特にへんぴなところにあったウェルの里は最後になった。いや、今となればノレノガが意図的に、そのような里へウェルを送り込んだのだろうと分かる。
「やむを得ません。荒治療になりますが・・・・多少の副作用はあるかもしれませんが、あなたの潜在能力を引き出す手を使います。今は逃亡の身、いつチェイニやベルゼフの手の者に襲われるかわかりませんし、悠長なことは言ってられません。少しじっとしていて下さい」
エアリアは目を閉じてウェルの目の前に手の平を突き出した。まばゆい光があたりに満ちたと思うと、ウェルはその場に倒れ伏せた。
「何だ。情けないな。こんな程度で意識を失うとは」
なぜかそんな声が聞こえた。もちろんエアリアがそんなことを言うはずはない。あれは・・・
ウェルが目覚めたのは夜だった。昨晩キャンプで寝る前に、エアリアが造った騎士に射られて、その後エアリアに手をかざされて、意識を失ったところまでは覚えている。エアリアに聞くと、丸一日以上意識を失っていたらしい。
「一体僕に何をしたのですか。意識を失っただけで、特に何か変わったようにも思えませんが・・・」
「私の魔力をあなたに注ぎ込んだのです。大体4~5割程度です」
エアリアはとんでもないことをしてくれたようだ。もし強力な魔力を、魔力のないものに注ぎ込むと、足りない器から水があふれだす、どころではなく大変なことになる。具体的には肉体が破壊され、精神もおかしくなることさえあるとか。しかしウェルはなんともない。ただ眠っていただけた。
「それが、あなたが私の弟で、前代空の巫女と勇者の子であることの証です。相当な魔法の適性がなければ、私の魔力を半分近くも注がれて、無事では済みません」
エアリアはにっこりと笑いながら言った。確かにウェルは空の一族で賢者になる者なのだろう。今なら風で空を飛んだり極大火柱を出したりできるだろうか。
「空の賢者様は何をなさろうとしているのかしら。もしかして祖先に禁じられた空魔法で、すばらしいものを出してくれるのでしょうか」
「いえ、やはり空魔法はいざという時のためにとっておきましょう。姉様は魔法で心が読めるのですか」
エアリアは笑っている。冗談で前のウェルの一言にお返しをしているのだろう。
「心配はいりません。きっと必要な時には力を発揮することができます。それより空の巫女の魔力を注がれても何ともなかったのですから、もっと自信を持って下さい」
さすがに空は飛べないかもしれないが、ウェルが空の一族で空魔法の大きな潜在能力を持っていることは、間違いないようだった。エアリアをがっかりさせずにすんでよかった。
ウェルはエアリアにどこへ向かっているのか聞いた。どこかへ向かっているのは知っていたが、具体的には聞いていなかった。火の国を出て他の国へ行こうとしているようだった。
「風の国へ向かっています。そこで反チェイニの同盟を組み、会議を開くことになっています。通常他国の賢者にも我々の素性は秘密にしますが、今回は我々一族の問題でもあるので、明らかにせざるを得ないでしょうね」
火の国と風の国の国境近辺へ来た時、エアリアとウェルはひとりの女の子に出会った。外観だけ見ると、ウェルより幾回りか幼いようだ。長い茶色い髪に赤い目をしている。赤い庶民の着るような装飾のない服を着ていて、花の髪飾りがかわいらしい。周囲に集落もなく、街道からも離れている。山のけもの道が続くようなところで、明らかに不自然だが、相手は子供だ。エアリアは少女の素性を問うた。
「私はサーラ。お父さんがあなた達に会いたいそうです。よければ来て下さい」
「あなたのお父さんってどなた? 私の知っている方かしら」
「火竜フレド。最近病気がひどくてずっと寝ているの。あなた達の魔力を感じて目を覚まして、私にお呼びするようにって」




