剣の稽古
ウェルはフォーゲル邸の裏庭で、傷だらけで転がっている。口の中を切った様で、右手で流れてくる血をぬぐった。実力差は歴然だった。ウェルは既に持てる技はすべて出しただろう。何度やったって通じる訳はない。でも。
「さあ木剣を取って。もう一回いこうか」
ウェルが裏庭にいくと、フェイは木剣を何本か持ってきて、好きなのを選べと言った。エアリアからウェルに剣術を教えてほしいと頼まれたらしい。そして裏庭で二人対峙している訳だが、ウェルが一方的に叩きのめされて、倒されている。ウェルは肩で息をしているが、フェイは全く余裕のようだ。ウェルは木剣を拾い上げ、構える。なれない者には重い木剣を両手に持つ。素振りの成果か、ウェルは軽く振り回すことはできた。
ルマから教わった剣術は、基本は一刀流で、二手でもつトルクを生かした打ち方をする。だがルマは片手でも素振りはさせた。剣先は相手の目に向ける。いざとなれば体ごとぶつかっていく様な突き技もある。
フェイは右手に軽く棒のようなものを持っている。木剣ではなくて、ほうきの柄だけ取ったものらしい。構えにはこだわらない。左手は後ろに回して、先ほどから一切使っていない。ウェルの剣を、捌き、跳ね上げ、からめ取ってはウェルの頭や肩、腹や腰、足を打っていく。軽い棒なのでたいした怪我はしていないが、痛いのは痛い。時々本気でやっているとしか思えない突きが、肩や腹に入るが、さすがにしばらく立ち上がれなかった。
「・・・これじゃつまらないな。君、全然駄目だね」
フェイは挑発しているつもりなのだが、剣にプライドなどかけらも持っていないウェルは何とも思わない。ただ理不尽な痛みに耐えているだけだ。
「じゃあこうしよう。君が僕に一発でも当てることができたら。何でも一つ言うことを聞いてあげよう。何でもだよ。変なことでも構わないよ。大サービス」
挑発的な笑みを浮かべたフェイだが、どうもこれも不発だったようで、ウェルのパフォーマンスとモチベーションは全く上がる感じがない。フェイは気が抜けたようで、その後はウェルに対する攻撃がかなり優しくなった。例の突きは一発もこなくなった。
「エアリアには騎士見習いと思って厳しくやってくれ、なんて言われてね。厳しすぎたかな」
「・・・僕は剣は見込みなさそうかな」
「どうだろうね。打ち合いの稽古なんてしたことないんでしょ。これからじゃないかな」
「何か途中からフェイがやる気を失くしたというか・・・僕はやっぱ駄目なのかなって」
フェイは頭をかいて、少しバツが悪そうにしている。
「・・・いや・・・そうね。その・・・ものすごくセンスがいいとか、特に剣に抜群の適性がある・・・ということはないかもしれない」
フェイは一応気を使ってくれているらしい。やはりあまり向いていないのだろう。でもチェイニ達と戦うためには、剣術の訓練もやっておいた方がいいのだろうか。
「そうね。あんまり向いてない人でも・・・ウェルのことを言ってないよ。体力づくりにはなるし・・・叩かれ続けてたらそれなりに丈夫になれるしねぇ」
フェイは少し意地の悪い笑いを浮かべた。自分の知っている騎士見習い達の顔を思い浮かべているようだ。
「まあ時間のある時、ウェルがご希望ならいくらでもお相手して差し上げるよ。空の賢者様の剣術指南役とは名誉なことだ」
冗談めかしてフェイは去っていった。もうすぐ夕飯時だ。部屋に戻る途中でサーラに会った。することもないので、ウェルとフェイの稽古を部屋から眺めていたようだ。
「ウェル、大丈夫」
「平気だよ。フェイに剣術の稽古をつけてもらってただけさ」
「そうなの。いじめられてるのかと思った。フェイを怒らせたんじゃなかったの」
「怒らせる? 何か怒られるようなことしたかな」
「フェイ、空飛んでる時にウェルが変なとこを触ってきたって。油断ならないって怒ってたよ」
サーラは傷薬をくれた。ありがとうと言って、自分の部屋で早速使った。竜の塗り薬で、今のウェルにふさわしいアイテムだ。
そうか。フェイは怒ってたのか。そういえばあの突き。稽古中の言動。ウェルに覚えはないが、あの急降下や宙返りをした時に、あらぬ所に手がいったのかもしれない。
夕食はとてもおいしかった。ウェルは質素な暮らしをしてきたので、驚いてしまった。スープや鶏肉の料理はすばらしかった。パンもウェルの食べていた固くて食べにくいものとは別物だった。
フォーゲル卿はエアリアに旅の話などを聞いた。エアリアと卿が話していることが多かった。時々ウェルやサーラ、フェイも話に入る。ウェルは食事がおいしいので、それだけでも楽しかった。明日風の勇者と巫女がフォーゲル邸を訪ねてくるらしい。エアリアやウェル、サーラが滞在しているからだろう。王宮の方でも宿泊できるらしいが、フェイもいるし、フォーゲル卿は気さくなよい方で、邸の食事もうまいので、こっちの方がいいかなあとウェルは思っていた。
ウェルは食後に、フェイに話があると言った。
「食事の席ではふさわしくないような話があるのかい。それとも皆に聞かれたくないような」
フェイは少しからかうように笑っている。つきあってくれるようだ。




