第四十五話 現実を見つめる
――この世界に、魔神という固体は一つしか存在できない。
しかし、この小さな家にいる魔神の数は二つ。その、誰が決めたのかも定かではない規定を越えてしまっているのだ。
居心地が悪そうに座っているハイルの場合は半魔神と呼んだ方が正しいのかもしれないが、アリシアを睨みつけるシエルは既に、完全なる魔神。
奈落を開くことが可能で、向こう側にも行っている。加えて、魔獣の召喚も可能なのだ。
そうなると、実際には一つと半分になり、半分が越えていることになる。
「姉さん、魔神が二人居るこの状況はどうなんだ? 中央に来た時はお互いに不完全だったから問題無かったのかもしれないけど、俺はもう魔神になりかけているんだ」
腕を見せて、手の甲を蝕むように渦を巻く銀の痣。それが新たな侵食場所を求めているかのように、服の中へと伸びている。
その痣を見て、顎に指を当てながらシエルは答える。
「えっと、母さんが言うにはね。完全なる魔神になるためには二つの条件が必要なの。まず、身体が魔神としての力を有しているかどうかが一つ。簡単に言うと、人では不可能なことを平然と行えるってこと。次が、心が完全に汚染されきっているかどうかなの」
「心ねぇ……」
また『心』という言葉が出てきた。武器造りを営むハイルとしては、そのような、目に見えない物の話をされても困る。
腕を組んで悩むハイル。けれど、アリシアには正しく伝わったらしい。
「じゃあ、身体が魔神化して半分、心が精神に汚染されて半分、これで、足して一になるってこと?」
「そう! 母さんも合っているって」
机に手を付いて、飛び跳ねるようにして喜ぶシエルを、アリシアが抑える。
さっきまで、喧嘩していたとは思えないほどに意気投合する二人。互いが互いを理解するためには、正しい答えを掲示しなければいけないことを、ハイルは教えられる。
「そろそろさ、母さんの話をしてくれよ」
昨日はリーナの心で、今日はシエルの心にいると説明を受けたが、口だけでは何も分からない。
だから、一度は会ってみたかったハイル。その機会が、このような形で訪れることになるとは夢にも思っていなかった。
「さっき、魔神の存在理由について話したでしょ? 母さんはね、心が汚染されなかった魔神なの」
心が汚染されていない。それは、今のシエルの状態を指していることは感覚的に分かった。
つい二日前に、アリシアが父と母の出会いを聞かせてくれた。ここに話を繋げると、合致することがある。
父が、魔神である母に従わず、ただ武器を造り続けるという動作を延々と繰り返していることを。
――心が汚染されていない魔神。
その魔神が放つ瘴気を浴びて精神を汚染されてしまったとしても、その汚染された人間を、浴びせた魔神が洗脳することはできない。
何故なら、悪しき心を持ち合わせていないからだ。
となると、本来の魔神の存在理由が果たされているのではないか。
人々が共闘するために、共通の敵として生み出された存在。且つ、心を持つ、優しき魔神。
なのに、どうして母の体が無くなり、父が精神汚染される事態になったのかが分からない。
シエルは何かに囁かれ、頷いてから続ける。
「父さんとこの島に来て生活する内に、侵食が悪化し始めたんだって。だから、瘴気を放ち続ける体を封印して、魂だけをこの場所に留めたみたい」
その説明を聞き、ハイルは似たようなものがすぐ側にいることを思い出す。
自然の中で生み出される精霊。対し、母の場合は自らを精霊となれるように作り変えている。
「そう、母さんは父さんと一緒に居たかったんだけど、少しでも側に近付くと、汚染が悪化してしまうことが分かったの。だから、北の城で眠っていた」
その母を、リーナが覚ましたとシエルは続ける。
「もう一度、眠ることはできないのか? いや、辛くなければ別に良いが」
「うーん、体を失うことによって発動された魔法だから、多分無理だって」
そうか、と言ったきり、黙り込んでしまうハイル。
ハイルが思っていたことは、家族が全員揃って一緒に暮らせないか、ということだ。
奈落に行ってしまったはずのシエルが戻ってきた。母は形を持たないが、ここにいて、父だって、少なくとも生きていくことはできる。
十数年の月日が流れ、家族全員が声が届く場所にいる。
ハイルは、この現状を受け入れようとしていた。
第四章 END
昨日ぶりです。上雛平次です。
後書きを連続で書き忘れてしまったことと、あまりにも拙い文を投稿してしまい、申し訳ありませんでした。
一日一話を目標、と言っても、酷い内容で、少ない文であれば、投稿される価値もありません。
改めて、謝罪します。
心機一転し、善処していく所存でありますので、ご愛読して頂けると幸いです。
一応、第四章はこれで終わりとし、次からは第四.五章を書いていきます。
聖剣の話に入ろうとすると、必ず「.五」が数字の後に付いているような気がしますが、きっと、気のせいでしょう。
では、また明日。




