第四十六話 聖剣精製の鉱石と三人の騎士たち 1
少女が心の中を離れる。
地面を離れ、飛び立とうとした瞬間に訪れる一時の悲しさ。それはとても耐え難く、飛んでいこうとする少女の足を掴もうとしてしまうのは、無理もない。
だが、踏み出そうとした足が止まることも、無理もないことなのだ。
無数に、足元に広がる白い花。
最初の一輪が咲いてから数時間しか経っていないのに、リーナの心の中には沢山の花が咲いていた。
花を潰さないように、踏み出された前足。上を向く頃には、あの少女の姿は見えなくなっていた。
早朝。
目を擦り、体を起こすリーナは手早く身だしなみと、装備を整える。
良い寝覚めとは言えない。
すぐ側に置いてあった、東の国から持ってきてしまった鉱石の振動が、リーナの寝覚めが良くないとはっきりと言える原因となった。
「うわわ! なんです!?」
腰に鞘をさしたところで、再び振動を始めた鉱石。次いで、のんびりとした調子の声が発せられる。
『西の森にぃ、魔物がいるのぉ。その魔物がぁ、鉱石をぉ……』
「あ、もういいです」
早々と、静かにさせておくリーナ。
声の主は聖剣のお姉さん。机に置いてある鉱石から声が出ているのだが、同じ材が使われた道具であっても、それを通じて声を出せるらしい。机に置かれている鉱石を精製に使えば、わざわざ魔物を退治しなくても問題は無いのだが、次に聖剣が必要になる際に、もう一体、追加で魔物を倒さなくてはいけないため、その任をリーナたちが引き受けたのだ。
しかし、聖剣が造られることはもう無い。
それは――自分たちが全てを終わらせることを意味していた。
静かにさせた理由として、昨日の夜と同じ話をしていたからだ。きっと、自分が完成する瞬間を今か今かと待ち遠しく思っての行動かもしれないが、しつこい。
多分、しょんぼりとしてしまっている聖剣のお姉さんに一言、「すいませんです」、と侘びを入れるリーナは部屋を出る。
この家は、宿屋をイメージして建てられたらしく、人が眠るための空き部屋が六つある。その各部屋を一つずつ貸してもらい、リーナたちは一夜を過ごした。
扉を出たリーナの部屋の、すぐ前に位置する部屋。ここには確か、ラルフが入っていたような記憶がある。
ノックし、返事を待つが、何分待っても来ない。
申し訳ないと思いながらも、ドアノブを捻るリーナは扉を開く。
「あれ、いないのです」
そこに眠っていると思われたベッドには、誰の姿も無い。
同時に、装備と剣も置かれていないことに気付いたリーナは、先に行っているのだという結論を出す。
どうして呼んでくれなかったのだろう、と思うが、首を横に振って制す。
きっと、リーナの体を考えてくれたのだ。
昨夜の、異常とも言えるリーナの戦闘能力の劇的向上。あれは少女によって、リーナの体が動かされていたことにより、実現できたことである。そこに魔法の概念は一切無く、本来のリーナであれば、魔神と渡り合えるくらいの戦闘を行うことはできるのだ。しかし、自分の体の速さに追いつける程、リーナの頭は賢くできていないことが現状であった。
そのリーナの戦いぶりを見ていたラルフやミュエルには、自分の姿がどのように見えていたのか分からない。
続いて、ミュエルの部屋へと向かう。こちらは、ノックすると、「うぁーい」と、なんとも間抜けな返事が聞こえてくる。
「ミュエル様。早く行きましょう!」
部屋に向かって自分の心意気を公表するリーナ。
そこから考えられる事態と言えば、周りの部屋から『うるさい(ぞ、よ)!』という、罵声にも近い文句の声であった。
一階へと降りるリーナ。
先に起きていたアリシアに、おはようと挨拶をすると、笑顔で返事をした。
「まだ寝ていても良いのに」
「今日は、聖剣の鉱石を探しに行くのです!」
元気いっぱいに言ったリーナに、アリシアは小首を傾げる。
「あら、そうなの? でも、ハイルとシエルには残ってもらわなくてはいけないの……」
楽しそうな表情が一変、悲しそうになるアリシア。
ごめんなさい、と謝るアリシアにリーナは、大丈夫です、と返す。
リーナはふと、料理に戻るアリシアに側に備えられた小窓から、外の景色を見る。
黄色い鉱石がうっすらと生えた青銅の剣を握り、振り回すラルフの姿。
頭で敵の姿を思い描き、想定して戦っているのだろうか。
久しぶりに、ハイル以外の人間に稽古をつけてもらおうと考えたリーナ。
アリシアに別れを告げると、外に出たリーナは真っ直ぐ、背の高い木の下で休息をとっていたラルフに声をかける。
「もうお休みです?」
「……冗談だよ」
レイピアを引き抜いたリーナは、構えながらラルフを挑発した。
僚友であり、戦友であり、仲間でもあるリーナとラルフ。
最弱と最強と言われた二人の仲が良いのは、
「二人共! 稽古なら戻ってきたらつけるから、先に出発しよう! アリシアがお弁当を作ってくれたからさ」
三人分の弁当箱が入れられた袋を掲げながら、こちらに駆けつけるミュエルのおかげだと、はっきり分かる。
――リーナが、第十三地区の騎士寮に入っていた頃の話。
他の言い方をするとしたら、ハイルと出会う、数週間前の話だろうか。
まだ、剣をまともに振り回せず、最弱と名を馳せていたリーナ。
自分自身、何かを変えようなどとは思わず、ただ訓練に参加し、体を鍛える日々。
それが全て、自身の成長に繋がっているとはこの時のリーナには知る由もなく、ただ言われたことを忠実に行うだけの生活をしていた。
ただ、魔神と戦うその日まで、体を鍛え、剣の腕を向上をさせろ、という命令を守るために。
そんな、部屋で体を一心不乱に鍛え続けるリーナの元へ、第十三地区の最強の騎士と呼ばれたラルフから、稽古の誘いを受ける。
他にも良い練習相手がいるはずなのに、どうして自分なのか。リーナには分からなかったが、せっかくの誘いだったから承諾することにしたのだ。
外に出て、練習用の剣を振ってみれば、敢え無く敗北。
結果は最初から見えていた。なのに、ラルフがリーナと戦う理由が分からない。
「ミュエル様が、そうしろって」
ラルフも、渋々といった様子である。二人で言いに行くのです、とリーナが提案すると、リーナがそのような事を言うのは意外に思えたのか、ラルフは頷いた。
学び舎。
ラルフと共に、ミュエルが待つ地区長室に入る。
部屋の中は、重々しい偉い人の部屋とはどう見ても思えない内容になっていた。
そもそも、部屋と呼ぶよりは訓練場と呼んだ方が良いのだ。外にも訓練場はあるが、ここはミュエルに稽古を付けてもらう場所でもあった。
中には、巨大なハンマーを容易く持ち上げ、それを軽々と振り回すミュエルの姿。
近付くと危ないことは、ハンマーによって起こされる風圧で分かったため、大声でミュエルを呼ぶ。
すると、二人に気付いたミュエルはハンマーを地面へと置く。床が潰れてしまわないか不安になるが、特別に作られた材質なのか、大して損害は無いように見える。
側まで来ると、ラルフに向けて、「稽古はどうしたのかなー?」、とスイッチが押されかけているミュエルに意見をしたのは、ラルフではなくリーナである。
「あの、ミュエル様! ラルフに稽古を止めるように言ったのは私なのです。理由は、ラルフの稽古の相手には、他の人が相応しいからなのです」
自らを謙り、ラルフのせいにはしないような言い回しを行うリーナ。しかし、地区の騎士団長として、ずっと見てきたミュエルであれば、リーナの違和感を抱くような言い回しに気が付かないわけが無い。
「ふーん、じゃあさ。二人が稽古しないってんなら、あたしを倒してみなよ」
『え?』
二人の、呆気にとられた声が重なる。
ミュエルらしいやり方と言えば、何もおかしい事は無いはずなのに、言葉のやり取りからなる流れには従っていない。
ハンマーの元へと戻るミュエルは、柄を握って振り返る。
「どうする、やるの? やらないの?」
選択肢は二つに一つ。
おどおどして迷うリーナに代わり、答えたのはラルフ。
それは、言葉を発して答えたのではない。騎士として、戦う者として、剣を引き抜くことによって答えを出したのだ。
「じゃあ、決定ね」
ラルフの剣と、ミュエルのハンマーが正面でぶつかる。
一撃。
ラルフはなんとしても剣は離さないといった姿勢で向かったため、腕にかかる負荷が大きいのは必然である。
その体は吹き飛ばされ、壁に当たって縮こまる。
明らかに、手加減が見えないミュエルの攻撃。
ラルフが剣でハンマーを受けていなければ、ラルフの体は潰されていたのかもしれないと、この時のリーナは、そう思えた。
だから、心の奥深くで、抱いたことの無い感情が沸き起こるのが分かる。
――勝ちたい。
初めての瞬間であった。
この時からリーナは、闇雲に戦いの技術を蓄え続けるのではなく、自分のために習得しようと決意したのだ。
「やぁああああ!!」
訓練用の剣で勝てるのか、分からない。
でも、ここで引き下がるわけにもいかないのだ。
向かって来た教え子の剣を受けるミュエルの表情。
それが、とても優しかったことを今でも覚えている――。
昨日ぶりです。上雛平次です。
第四.五章の始まりです。
さて、ここまで書いていて気付いたことがあります。
この「さる武器」も、僅か残り二章であることに。
早ければ、年を越す事無く終了してしまう勢いで、省略省略と書いてしまっているので、分かりにくい文になっているかもしれないので、妙な文を見つけましたらご指摘をお願いします。
では、この小説が終わるその日まで、ご愛読の程、宜しくお願いします。
また、明日。




