第四十四話 家族 後
朝。射し込まれる心地良い日差しがハイルの背に当たる。
目の前には、アリシアが調理した温かなスープと、アリシアが作った焼きたてのパンが置かれている。
(た、食べにくい……)
起床してから数時間が経過しているが、食卓を囲む、ハイルとアリシアと父とシエルの誰一人として、口を開こうとしなかった。
あれから、森での戦いはいとも簡単に収束する。
魔獣を動かすためのマナを供給していた奈落。シエルによって閉じられたことにより、早くに帰れたのだ。
魔獣も魔物も同様だが、自身を構成するためのマナが無ければ、食事を摂らぬ人と同じように、息絶えるしかない。
形を保てなくなり、全てが溶けるようにして消えていくと、ハイルたちは、この家へと戻ってきた。
そのまま話を続けても良かったのだが、リーナの、「食事も良いですが、疲れたから明日にしない?」、という提案により、次の日に話は持ち越される。
一方、リーナたち騎士三人は、聖剣の鉱石の在り処が分かったなどと言って、朝早くに家を飛び出してしまった。
話をしようと言っていたリーナが外に出てしまったとなると、ここにいる意味が無いじゃないか、と口に出してしまったハイル。
沈黙が流れ、言った事実も無かったことになるのかと思えば、それに答えたのはシエルであった。
「あの子の心の中にはいないから、ここに呼んでも無駄。でも、今は私の心にいるから、話はできるよ」
「『心の中』って、どういうことだよ姉さん」
理解できない言葉を出したシエルに、尋ねるハイル。
そもそも、魔神として生きていたシエルがどうして食卓を囲んでいるのか。
昨夜の殺意に満ちた瞳とは違い、子供の頃の時のような、輝きに溢れた瞳でハイルを見つめたシエルは、あどけない笑みを浮かべると、話を始める。
「私の心の中にはね、お母さんがいるんだよ」
「……」
何を言っているのか分からない。シエルの頭がおかしくなってしまったのかと思ったハイルは、良く分からないと詳しい説明を求めた。
頷いて、シエルは話す。
「魔神の存在理由って、知っている?」
「人々を混沌に陥れ、その様を天上から見ることでしょう?」
殺意を込めた瞳をシエルに向けていたのは、アリシア。
存在が許されない存在としてこの世に現れた魔神。その魔神の一人となったシエルがここにいるのだとすれば、その魔神から人々を守る役割を帯びる聖職者のアリシアと仲良くできないことは目に見えていた。
「違うよ。この世界の全ての人が共闘し、力を合わせることの意味を理解させるために、奈落を通って魔神は現れるの。だけど、向こう側ではその役割を覚えているのに、こちら側に来ると忘れてしまうの。私もそう。ハイルへの殺意だけが膨れ上がっていたんだけど、今は違うよ」
ハイルの腕に、自分の腕を絡ませたシエルは身を寄せてくる。
そこで、興味が無いといった様子で立ち上がった父親は外に出てしまう。
絶好のチャンスと言わんばかりに、シエルの腕を振りほどいて、ハイルも後に続こうと立ち上がる。
すると、二人に『どこに行く気?』、と言われてしまい、座り直すのだった。
何だろう、この居づらい状況は。
姉であるシエルとの再会を喜ぶべき場面なのだが、素直に喜べない。
今はアリシアが貸した服によってあまり見えないが、その下には無数に枝分かれし、体中に伸びる銀色の痣がある。ハイルにも似たようなものがあり、もう肩にまで到達してしまっているが、シエルの侵食状況は末期を超えていた。
そのはずだったのだが、リーナとの一戦によって意識を取り戻し、今はこうして話せるようになった。
「何? お姉ちゃんと遊びたいの?」
視線に気付かれ、目を逸らしたハイルの顔を覗き込むようにして見つめるシエル。そこに、アリシアが割り込んだ。
「し、神聖なる聖職者の前で何を」
「お前に言われたくない!」
火花が散る二人の間に座るハイルは、困り果てていた。
気を晴らすために、冷めてしまったスープに口をつける。
冷えていても、このスープは美味しかった。




