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始まり——屋上の絵と三人

 美術の授業は二時間目だった。


 本多がリュックからあの絵を取り出した。昨夜倉庫から持ち帰ったものだ。キャンバスはきれいに丸められ、輪ゴムで留められている。彼はそれを机の上に広げた。開かれると同時に、星の光がキャンバスの表面から溢れ出した。光が机の上を流れ、消しゴムのカスや鉛筆の削りくずを越えて、机の端から滴り落ちる。


 教師はまだ来ていない。教室には数人の生徒が鉛筆を削ったり、おしゃべりをしている。本多が古い筆を取り出す。筆軸のひび割れが蛍光灯の下でくっきりと浮かび上がっている。彼は白い絵の具を筆に含ませ、キャンバスの隅に新しい星を一つ描き加えた。


 その星が落ちた瞬間、星空全体の色が動き始めた。本多は顔を上げなかったが、手が一瞬止まり、また動き始めた。


 彼の肩の上で、小さな人形の星の光が姿勢を変えた。あぐらをかいて座っていた小人が立ち上がり、両腕を上げて伸びをしている。その星の光は昨日よりも明るく、輪郭もはっきりしていて、小人の顔の造作もかすかに見えるようになっていた。小さな目と、上がった口元が。


 夏目が教室の入り口に立って、私に手を振った。私は立ち上がって外に出ると、彼女は私の手を引いて廊下の端まで連れて行った。


「面、持ってる?」


 立ち止まって、彼女が尋ねた。


「持ってる」


「よし、今つけてみて。今日、確認したいことがあるんだ」


 言われて狐の面をつけた。陶器の目穴を通して見ると、廊下の景色が変わっていた。


 空気中に無数の小さな泡が浮いていて、それぞれ色が違う。美術室の入り口近くの泡は黄金色で、階段の角の方は薄い緑色だ。そしてそれらの泡は全てゆっくりと同じ方向へ動いている。本多の方へ。


「あれは何だ?」


「学校の中の古い願いだよ。昔の生徒たちが願って、忘れてしまったものたち。ずっとここを漂っていたけど、今は本多の願いに引き寄せられている」


「……その後はどうなる?」


「融合される。本多の願いはより強くなるけど、彼は他人の思いをもっと背負うことになる。それが彼にとって良いことか悪いことかは、彼自身にしか分からない」


 その時、授業終了のベルが鳴った。本多が教室から出てきて、キャンバスを手にしている。星の光が彼の周りに広がり、浮かんでいた泡がそれに触れて溶け込んでいく。彼の肩の上の小さな人形の星の光は、二つになっていた。手をつないで並んで座っている。


「夏目さん、前に屋上に行こうって言ってたよね。新しい絵を描いたんだ。見せたいんだ」


 私たちは屋上へ向かった。


 屋上は風が強く、午後の日差しがコンクリートの床を熱く焼いている。本多が手すりのそばでキャンバスを広げた。それは新しい星空だった。前のものよりも温かみがあり、青にオレンジとピンクが混ざっている。星空の中央には三人の小さな人影が描かれている。顔ははっきりしないが、その姿勢から私たち三人だと分かる。一人は座っていて、一人は立っていて、一人は筆を持っている。


 夏目がしゃがみ込んで、キャンバスに手を伸ばした。座っている小さな人影に触れる。それは彼女自身だ。キャンバスに異常はなく、星の光も溢れず、靄も立ち上らない。ただの一枚の絵だった。


「上手に描けてるね」


 夏目が絵を一通り見た後、指を離した。


「画集を一冊、全部星空で埋めようと思ってる。一年かけて、一日一枚ずつ。これで三枚目だ」


 本多がキャンバスを丸めながら、今後の目標を宣言した。彼の肩の上の二つの小さな人形の星の光が向かい合って座り、その間に金色の何かが浮かんでいる。


 面を外した。風がやみ、遠くで電車の音だけが聞こえる。夏目が立ち上がり、スカートの埃をはたいた。


「そうだ、君たちに渡したいものがあるんだ」


 彼女はリュックから二つの封筒を取り出した。一つを本多に、もう一つを私に渡す。封筒を開けると、中には写真が一枚入っていた。旧校舎三階の窓辺が写っていて、日差しが床に落ち、その上に狐の面の影が映っている。


「この写真を撮ったんだ。面をつけた人が窓辺に立っていて、日差しがその人の影を床に落としてる。人の影だよ。半妖の影じゃない」


 写真を見ると、確かに窓辺に狐の面をつけた人物が立っていて、日差しがはっきりとした黒い影を落としている。


「じゃあ君は完全に人間になったのか?」


「完全になったよ。今朝鏡を見たら、鏡の中の自分が透明じゃなかったんだ。ドアノブに触ったら指紋がついた。水たまりを踏んだら、跳ねた水で靴下が濡れた」


 本多は私たちの会話をあまり理解していなかったが、写真を見て、夏目を見て、何かを察したようだった。


「じゃあ明日、ラーメン食べに行かない? 前に行ったあの店」


 夏目がうなずいた。

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