第6話 貴族たちの選択
王都――。
その空気は、わずか数日で別物へと変わっていた。
かつては華やかさと余裕に満ちていた貴族街も、いまはどこか落ち着かない。
理由は明白。
エーヴェルハルト公国の独立。
そして、それに伴う“すべての停止”。
◇
「……これは、想定以上だな」
重厚な執務机の前で、一人の侯爵が低く呟いた。
手元には、各地からの報告書。
どれも同じ内容を示している。
物流停滞。
穀物価格の上昇。
商会の離反。
「まさか、ここまで徹底してくるとは……」
呆れとも、感嘆ともつかない声。
「いや」
彼は首を振った。
「違うな。これは“徹底している”のではない」
紙を一枚、めくる。
「――最初から、こうするつもりだった」
理解した瞬間、背筋に冷たいものが走る。
◇
「ふざけるな!!」
別の屋敷では、怒声が響いていた。
「たかが一公爵家が、王国に楯突くなど!」
机を叩きつける伯爵。
だが、その前に立つ家臣は冷静だった。
「しかし現実として、兵站は止まり、交易路も閉鎖されております」
「ならば奪えばよい! 軍を出せば――」
「その軍が維持できません」
ぴたり、と言葉が止まる。
「補給が断たれた状態での遠征は不可能です。加えて、西方の地理と防衛線はすべて公国側が掌握しております」
沈黙。
怒りは、現実の前では意味を持たない。
「……っ」
伯爵は歯噛みした。
だが、何もできない。
それが現実だった。
◇
「父上、我らはどうするのですか」
若い子息の問いに、老侯爵は静かに目を閉じた。
「……判断は、もう終わっている」
「え?」
「選択肢は三つだ」
指を一本立てる。
「王家に従い、共に沈むか」
二本目。
「中立を保ち、様子を見るか」
三本目。
「あるいは」
ゆっくりと目を開く。
「勝つ側につくか、だ」
息子が息を呑む。
「勝つ側……それは……」
「言わせるな」
老侯爵は短く言った。
だがその視線は、すでに決まっていた。
◇
王都のとある商館。
「結論を申し上げます」
商会の幹部が静かに告げる。
「我々は、エーヴェルハルト公国との直接取引を優先いたします」
「……王国との関係はどうする」
「維持はいたします」
一拍。
「ただし、“優先順位”は変わります」
それは事実上の宣言だった。
王国は、もはや主ではない。
ただの一顧客に過ぎない。
◇
「……信じられぬ」
王城の一室で、王太子が呟いた。
「なぜだ……なぜ、誰も動かない……!」
彼の中では、まだ理解が追いついていない。
力で押せばどうにかなると、どこかで思っている。
だが。
「殿下」
宰相が静かに告げる。
「すでに動いております」
「何?」
「ただし、我々の望む方向ではございません」
淡々とした現実。
「各貴族はそれぞれ判断を下しております。王家のためではなく、自らの生存のために」
「……そんなもの、許されるはずが」
「許されるかではございません」
宰相は一切揺らがない。
「そうせざるを得ない状況にございます」
王太子は言葉を失った。
◇
そして。
そのすべてを、知らぬまま。
「……次はどちらへ参りましょうか」
私は地図を広げながら呟いた。
「海も良いわね!」
セレスティナが楽しそうに言う。
「港町なら情報も集まる」
ルシアンが補足する。
「お嬢様の判断に従います」
カイルは静かに控える。
イシュレルは微笑みながら、その様子を見ている。
「では、海へ向かいましょう」
私は軽く頷いた。
ただ、それだけのこと。
けれど。
その裏で。
王国の貴族たちは、すでに理解していた。
――どちらが“選ぶ側”で、どちらが“選ばれる側”なのかを。




