SS 百年後の世界
エーヴェルハルト公国――中央広場。
かつて王国だった場所は、今では世界の中心となっていた。
争いはない。
国境は意味を持たず。
通貨は統一され。
信仰は一つに収束している。
それでも。
人は人のままだった。
「ねえ、見て」
少女が指をさす。
「あれ」
広場の中央。
白い石で造られた像。
穏やかに微笑む女性。
その足元には、花が咲いている。
七色に輝く、不思議な花。
「……本当に咲くんだね」
少年が呟く。
「当たり前でしょ」
少女が答える。
「だって、“あの方”が歩いた場所だもの」
「百年前も、今も変わらないって」
教師が静かに語る。
「それが、この世界の前提だ」
「彼女は歩く」
「世界は、それに従う」
誰も否定しない。
それが事実だからだ。
「……先生」
一人の生徒が手を上げる。
「その人って、まだ生きてるんですか?」
静かな問い。
だが、誰もが気になる問い。
「……さて」
教師は少しだけ笑った。
「どう思う?」
「生きてると思う」
少女が即答する。
「だって、花が咲いてる」
「最近も咲いたんでしょ?」
「そうね」
教師が頷く。
「百年前と同じ形で」
一拍。
「いや……むしろ、増えている」
◇
「この百年で」
教師はゆっくりと続ける。
「各地で“奇跡”が観測されている」
「病が癒え」
「干ばつが終わり」
「戦火が自然と消える」
「原因はすべて不明」
一拍。
「だが共通点が一つある」
視線が像に向く。
「彼女が、その場所を通っている」
それだけ。
それだけで。
結果が変わる。
◇
「そして」
教師の声が少しだけ低くなる。
「気づけば」
「信仰は、すべて彼女に集まっていた」
もはや分散しない。
もはや分けられない。
「天上の神々もまた」
一拍。
「それを理解した」
◇
見えない領域。
かつて神々がいた場所。
「……流れている」
一柱が呟く。
信仰が。
すべて。
一点へ。
「奪えない」
「ならば」
一拍。
「与えるしかない」
それが結論だった。
「加護を与え」
「力を渡し」
「繋がる」
そうすることでしか。
信仰に触れられない。
◇
結果として。
神々は、自らの力を差し出した。
より多くの信仰を得るために。
より強く繋がるために。
その中心へ。
◇
「その結果」
教師は静かに言う。
「彼女は“唯一”になった」
「神々の上に立つ存在ではない」
「だが」
一拍。
「神々すら、彼女を通さなければならない存在」
それは事実上の。
「唯一神」
◇
同じ空の下。
誰も知らない場所。
「……綺麗ですわね」
少女が呟く。
百年前と変わらない姿で。
同じように景色を見ている。
「はい」
隣に立つ青年が静かに答える。
「この辺りも、花が増えております」
「そうですの?」
「はい」
一拍。
「加護の影響かと」
軽く言う。
だが、その意味は重い。
「……そう」
少女は小さく頷いた。
特に気にしていない。
◇
「我が家は代々、あなた様の護衛を務める家系にございます」
青年が一礼する。
「それが、役目ですので」
「……律儀ですわね」
少女は小さく笑う。
「当然にございます」
変わらない返答。
変わらない関係。
◇
「……不思議ですわね」
少女は空を見上げる。
「皆、変わっていきますのに」
「はい」
青年は静かに頷く。
「ですが」
一拍。
「変わらないものがあるからこそ、世界は成り立ちます」
合理的な答え。
それもまた、受け継がれたもの。
「……そうですわね」
少女は頷いた。
深くは考えない。
必要もない。
「次はどちらへ?」
「そうですわね」
地図を広げる。
まだ見ていない場所。
まだ知らない景色。
「……こちらにしましょうか」
指を置く。
それだけ。
「承知いたしました」
青年が即座に応じる。
迷いはない。
それが当然だからだ。
百年経っても。
世界は変わり続ける。
人も変わる。
国も変わる。
神すら変わる。
だが。
変わらないものもある。
少女は歩く。
時間の外側で。
変わらぬまま。
ただ。
歩き続ける。
その足跡に。
七色の花を残しながら。
それでも私は旅をする ~気づいたら唯一神になっていましたが、興味がないので世界を歩きます~
に続きます。




