第38話 与えられた加護
東方神聖圏――大神殿、最奥。
誰も立ち入ることを許されない聖域。
祈りが積み重なり、信仰が形を持つ場所。
「……報告」
高位司祭が静かに言う。
「分裂は進行中」
「純粋派と使徒認定派」
「衝突の可能性あり」
短い返答。
「……原因は」
「アリアベルという存在」
一拍。
「説明不能ゆえに、分裂を誘発」
沈黙。
「……ならば」
高位司祭が目を閉じる。
「答えを与える」
その言葉は、祈りだった。
願いではない。
確信。
この存在は“そうあるべきだ”という決定。
その瞬間。
空気が変わった。
見えない何かが、満ちる。
◇
聖都の空。
雲が揺れる。
風が止まる。
音が消える。
誰も気づかない。
だが。
“何か”が降りてくる。
◇
その頃。
「……少し、静かですわね」
私は通りを歩いていた。
人の気配はある。
だが、どこか違う。
「はい」
アルヴェインが短く答える。
「異常です」
「何がですの?」
「説明がつきません」
珍しい返答。
その瞬間。
ふと。
足が止まった。
「……?」
理由はない。
ただ。
止まった。
その場にいた全員が、同時に息を呑む。
光。
わずかな。
だが確かに存在する。
アリアベルの周囲に、淡く広がる。
「……これは」
カイルが低く呟く。
「視認可能な現象です」
否定できない。
◇
「……ええと」
私は手を見た。
特に何もしていない。
いつも通り。
なのに。
光は消えない。
◇
「……成功したか」
大神殿。
高位司祭が静かに呟く。
「信仰は届いた」
一拍。
「ならば、応答もある」
それが、この世界の理だった。
信じる。
積み重ねる。
形になる。
◇
「……姉上」
アルヴェインの声が、わずかに低くなる。
「これは、違います」
「何がですの?」
「これまでとは、明確に異なります」
意図がない現象ではない。
これは。
“与えられている”。
◇
「……アリアベル様」
周囲の者が、跪く。
先ほどまでとは違う。
確信を持った動き。
「やはり」
「使徒ではない」
一拍。
「加護を受けた存在」
言葉が変わる。
意味が変わる。
◇
「……困りますわね」
私は小さく息をついた。
「何もしていませんのに」
だが。
それでも。
光は消えない。
◇
「……これはまずいです」
アルヴェインが即座に判断する。
「信仰が現実を上書きし始めています」
「どういうことですの?」
「神が」
一拍。
「応答しました」
その意味は重い。
◇
大神殿。
「布告する」
高位司祭が立ち上がる。
「アリアベルは、神の加護を受けた存在である」
「これは解釈ではない」
「現象である」
完全に確定した。
◇
その日。
信仰は一線を越えた。
ただの解釈ではない。
ただの思想でもない。
現実を変える力となった。
そして。
その中心にいる少女は。
何も知らないまま。
ただ歩いているだけだった。
光を纏いながら。
――本当に、選ばれた存在として。




