第35話 祈りを制度にするか
エーヴェルハルト公国――王城、執務室。
「報告を」
公王の一言で、空気が締まる。
「“光の導き”は各都市で拡大中」
宰相が簡潔に述べる。
「構成員は急増。自発的な治安維持、救貧、流通補助を実施」
「結果として、行政コストは低下しております」
利点は明確だった。
「……問題は」
公王が促す。
「統制不能である点です」
一拍。
「教義が固定されていないため、解釈が拡散する可能性が高い」
「逸脱の芽は?」
「現時点では軽微」
「だが時間の問題です」
◇
「結論は二つだ」
公王が短く言う。
「取り込むか」
「放置するか」
誰も即答しない。
どちらにもリスクがある。
「取り込めば」
宰相が続ける。
「制度として管理可能」
「だが国家が信仰を背負うことになる」
「放置すれば」
「責任は回避できる」
「だが暴走時に制御不能」
均衡点がない。
◇
「……第三の案は」
公妃が静かに口を開く。
「線引きするのよ」
視線が集まる。
「国家は“否定しない”」
「しかし“関与もしない”」
一拍。
「ただし、逸脱した場合のみ介入する」
「……緩衝地帯か」
公王が呟く。
「ええ」
「信仰をそのままに、責任だけを限定する」
合理的だった。
◇
「実務は可能か」
「可能です」
宰相が即答する。
「監視網を敷き、行動基準を外部から設定」
「違反時のみ排除」
「表向きは自由」
「実態は管理」
いつものやり方だ。
◇
「ではそれで行く」
公王が決断する。
「“光の導き”は非公式のまま存続」
「ただし逸脱は許さない」
静かに確定した。
◇
その頃。
「……また増えておりますわね」
私は通りを見ていた。
祈る人。
配給をする人。
子供を連れてくる人。
明らかに、昨日より多い。
「はい」
アルヴェインが頷く。
「完全に定着しています」
「……困りますわね?」
少しだけ確認する。
「問題はありません」
即答だった。
「現状は有益です」
◇
「アリアベル様!」
例の女性が駆け寄る。
「本日も活動を拡大しております!」
「そう」
私は軽く頷く。
「無理はなさらないでくださいな」
それだけ。
ただの一言。
「……承りました」
深く頭を下げる。
「“過度な負担は禁止”」
その場で言語化される。
教義として。
◇
「……姉上」
アルヴェインが小さく言う。
「また増えました」
「そうですの?」
「はい」
「発言がそのまま規範になります」
止まらない。
止められない。
◇
「まあ」
私は少し考える。
「良いことなら、よろしいのではなくて?」
単純な結論。
「……それが最も危険です」
アルヴェインが即答する。
だが。
否定はしない。
できない。
◇
その日。
信仰は、制度の外に存在する制度となった。
国家は管理しない。
だが、見ている。
信者は従う。
だが、命じられていない。
その曖昧さが。
最大の強さとなる。
少女は知らない。
自分が、国家でも宗教でもない。
第三の何かを生み出していることを。
ただ歩く。
その一歩で。
また世界の形が変わる。




