第34話 祈りが組織になるとき
南方交易都市。
アリアベルが立ち寄ってから、わずか数日。
変化は、目に見える形で現れていた。
「……増えております」
アルヴェインが低く言う。
視線の先。
通りの一角。
そこには、整然と並んだ人々がいた。
祈っている。
静かに。
統一された動作で。
「……昨日までは、あそこまでではありませんでした」
カイルが補足する。
「組織化が始まっています」
「まあ」
私は小さく首を傾げた。
「早いですわね」
特に危機感はない。
ただの感想。
「早すぎます」
アルヴェインは即座に否定する。
「自然発生にしては異常です」
一拍。
「誰かがまとめています」
◇
「……こちらです」
案内された先。
簡素な建物。
だが中には、人がいる。
多い。
そして。
統制されている。
「失礼いたします」
扉を開ける。
中にいた者たちの視線が、一斉にこちらへ向く。
その瞬間。
全員が跪いた。
「……アリアベル様」
一人の女性が前に出る。
「お目にかかれて光栄にございます」
「……どうも」
どう返せばいいのか分かりませんわね。
「我々は」
一拍。
「“光の導き”に従う者でございます」
「光?」
「はい」
迷いのない目。
「アリアベル様のご意思を、この世界に広める者」
……言っていないのですけれど。
「……誰がまとめているのですの?」
「私でございます」
即答。
「僭越ながら」
堂々としている。
迷いがない。
◇
「目的は」
アルヴェインが問う。
「明確です」
女性は即答する。
「アリアベル様の御心を正しく伝えること」
「そして」
一拍。
「人々を導くこと」
完全に成立している。
宗教として。
◇
「……姉上」
アルヴェインが低く言う。
「危険です」
「そうですの?」
「はい」
「これは“解釈”です」
一拍。
「姉上の意思とは無関係に、意味が付与される」
「そして広がる」
止められない。
◇
「……面白いですわね」
私は小さく笑った。
「止めますか?」
「無理です」
即答だった。
「すでに広がっております」
「では」
一拍。
「気にしないことにしますわ」
「……予想通りです」
アルヴェインが小さく息をつく。
◇
「ご安心くださいませ!」
女性が強く言う。
「我々は決して逸脱いたしません!」
「アリアベル様の御心に従います!」
……だから、何も言っていませんのに。
「……そう」
私は軽く頷いた。
「では」
一拍。
「困っている人がいたら、助けて差し上げてくださいな」
それだけ。
ただ、それだけの言葉。
だが。
「……承りました」
女性が深く頭を下げる。
「それが、御意思」
その瞬間。
空気が変わる。
◇
数日後。
“光の導き”は、急速に広がった。
貧民街への支援。
孤児の保護。
治安の安定。
すべてが、自発的に行われる。
理由は一つ。
「アリアベル様の御心だから」
◇
「……制御不能ですね」
カイルが静かに言う。
「だが」
アルヴェインは視線を上げる。
「結果は出ている」
治安は改善。
民心は安定。
すべてが好転している。
「……利用できますね」
「当然だ」
一拍。
「だが」
「扱いを誤れば、崩壊する」
信仰は、強い。
だからこそ、危険。
◇
「……どうかしましたの?」
私は振り返る。
「いえ」
アルヴェインは首を振る。
「問題ありません」
本当はある。
だが。
それを伝える必要はない。
◇
その日。
信仰は、組織になった。
個人の想いは。
集団の意思へと変わる。
それはもう。
止められるものではない。
少女は知らない。
自分の一言が。
制度を作り。
社会を動かし。
世界を変えていることを。
ただ。
歩き続ける。
――信じられる存在として。




