第32話 祈りという制度
南方交易都市。
人が集まり、物が集まり、金が集まる場所。
その中心に。
小さな変化が起きていた。
「……あれ、何ですの?」
私は通りの一角を指さした。
石造りの壁。
簡素な台座。
そして。
花が供えられている。
「祠のようですわね」
セレスティナが目を細める。
「誰を祀っているのかしら」
「……確認いたします」
アルヴェインが近づく。
視線を落とし。
そして、止まった。
「……姉上」
「はい?」
「見ない方がよろしいかと」
「気になりますわ」
私はあっさり近づいた。
そこにあったのは。
簡素な絵。
だが。
特徴は十分だった。
金の髪。
穏やかな微笑。
……まあ。
「……私ですわね」
静かな確認。
「はい」
アルヴェインは否定しない。
「そうです」
◇
「……どういうことですの?」
私は首を傾げる。
「信仰です」
即答だった。
「……信仰?」
「はい」
リシェルが嬉しそうに頷く。
「アリアベル様を中心とした信仰体系が形成されつつあります」
……何を言っているのですの?
「人は理解できない存在を、神格化します」
アルヴェインが補足する。
「そして、姉上はその条件を満たしている」
「満たしてしまっている」
◇
「きっかけは明確です」
少し離れた場所で、商人が語っていた。
「関所の一件だ」
「選ばれた者は救われ」
「従った者は生き延びた」
「逆らった者は切り捨てられる」
一拍。
「まるで、審判だ」
言葉が、広がる。
意味が、変わる。
◇
「さらに」
別の声。
「通貨だ」
「ヴェルはあの方に紐づいている」
「つまり」
「存在そのものが“価値”だ」
一拍。
「そんなもの、人じゃない」
「……神だ」
その言葉に。
誰も反論しない。
◇
「……困りますわね」
私は小さく呟いた。
「そうでしょうか?」
リシェルが首を傾げる。
「とても自然な流れですわ」
「自然ではありません」
アルヴェインが即座に否定する。
「危険です」
「何がですの?」
「制御不能になる」
一拍。
「信仰は、理で止められません」
◇
「実際」
アルヴェインが周囲を見る。
「すでに兆候が出ています」
祈る者。
供物を置く者。
跪く者。
そのすべてが。
こちらを見ている。
……見すぎですわね。
「アリアベル様!」
一人の女性が駆け寄る。
「どうか、家族をお守りください!」
祈るように手を合わせる。
「……ええと」
私は少しだけ考える。
「大丈夫だと思いますわ」
特に根拠はない。
だが。
「……ありがとうございます!」
涙を浮かべて頭を下げる。
その様子を見て。
周囲の空気が、さらに変わる。
◇
「……姉上」
アルヴェインが低く言う。
「今のは」
「何か問題でしたの?」
「肯定になります」
「……そうなのですの?」
知らなかったですわ。
「はい」
「発言が“加護”として解釈されます」
◇
「……面白いですわね」
私は小さく笑った。
「否定しても止まらないのでしょう?」
「はい」
「なら」
一拍。
「気にしないことにしますわ」
それだけだった。
「……最悪の選択です」
アルヴェインが呟く。
だが。
止めない。
止められない。
◇
「やはり」
リシェルがうっとりと呟く。
「アリアベル様は、そうでなくては」
完全に肯定している。
◇
その日。
一つの“制度”が生まれた。
法律でも。
命令でもなく。
人の認識によって。
信じることで成立する仕組み。
それは。
国家よりも強く。
通貨よりも根深く。
世界に広がっていく。
本人の意思とは無関係に。
少女は歩く。
祈られる存在として。




