第28話 信用の揺らぎと、市場の暴走
帝国――財務局。
「……報告しろ」
長机の先で、責任者が低く言う。
「は」
部下が書簡を差し出した。
「ヴェルの流通量、急減」
「価格が上昇しております」
沈黙。
「理由は」
「各国による備蓄強化」
一拍。
「加えて」
声がわずかに硬くなる。
「アリアベル様の移動情報が影響しております」
空気が変わる。
「……どういうことだ」
「アリアベル様が滞在している地域に、ヴェルが集中」
「逆に不在地域では、流動性が低下しております」
つまり。
人が動くことで。
通貨が動く。
「……そこまでか」
責任者が呟いた。
想定を超えている。
◇
西方連合国家。
「市場が歪んでいる」
商会長が顔をしかめる。
「ヴェルの流れが一定ではない」
「通常ならあり得ない変動です」
「理由は一つだ」
一拍。
「アリアベルだ」
その名が出た瞬間。
全員が黙る。
「彼女がいる場所に、信用が集中する」
「結果として」
「資金も集中する」
シンプルな構造だった。
だからこそ、止められない。
◇
エーヴェルハルト公国――王城。
「市場の変動が拡大しております」
財務官が報告する。
「具体的には」
「アリアベル様の移動に連動して、ヴェルの流動性が変化」
「局地的な過熱と停滞が発生しております」
「……予測はしていたが」
公王が短く言う。
「ここまで露骨とはな」
「はい」
宰相が頷く。
「もはや制度ではなく“現象”です」
一拍。
「制御は困難かと」
◇
「対処は」
公王が問う。
「二つございます」
財務官が即答する。
「一つ、供給量を増やし均す」
「だが信用が薄まる」
「もう一つ、放置」
一拍。
「市場に適応させる」
どちらもリスクがある。
「……選択は」
「後者が現実的かと」
宰相が答える。
「アリアベル様の動きは制御不能」
「であれば、それに市場を合わせるべきです」
「合理だな」
公王は頷いた。
◇
その頃。
「……なんだか人が増えましたわね」
私は街を歩きながら言った。
明らかに人が多い。
商人も、兵も、使節も。
「当然ですわ」
リシェルが即答する。
「アリアベル様がいらっしゃる場所ですもの」
「……またですの?」
「はい」
「今、この街は“最も価値がある場所”です」
……そうなのですの?
「はい」
アルヴェインが頷く。
「ヴェルの流通も集中しております」
「つまり」
一拍。
「この街が、世界の中心です」
……大げさですわね。
「事実です」
また即答。
◇
「……不思議ですわね」
私は小さく呟いた。
「何がですか?」
セレスティナが聞く。
「特に何もしていませんのに」
「それが一番問題なのよ」
即答だった。
◇
「姉上」
アルヴェインが静かに言う。
「現在、姉上の位置は市場に影響を与えております」
「そうですの?」
「はい」
「移動するだけで、経済が動きます」
……それは少し困りますわね。
「問題ありません」
「調整は我々が行います」
◇
「では」
私は軽く笑った。
「あまり気にせず進みましょうか」
「はい」
「承知しました」
誰も迷わない。
ただ進む。
その一歩で。
通貨が揺れ。
市場が動き。
国家が翻弄される。
本人だけが気づかないまま。
少女は歩く。
――世界経済そのものとして。




