第27話 世界を支配する紙
帝国――皇城。
「……改めて確認する」
皇帝が静かに口を開いた。
「なぜ、各国がここまで動く」
問い。
だが答えは、すでに決まっている。
「理由は単純でございます」
側近が一礼する。
「エーヴェルハルト公国が“ヴェル”を発行しているためです」
沈黙。
「世界基軸通貨」
短い言葉。
だが、その意味は重い。
「現在、主要交易の八割以上がヴェル建てで行われております」
「資源、食料、軍需、すべてにおいて」
「……支配しているな」
皇帝が呟く。
「はい」
即答だった。
「通貨を握るということは、流通を握るということ」
「流通を握るということは、国家を握るということです」
それが現実だった。
◇
西方連合国家。
「……だからこそだ」
老宰相が低く言う。
「アリアベルを取れば」
一拍。
「公国に直接触れられる」
「逆に言えば」
別の貴族が続ける。
「公国に触れられなければ、いずれ干上がる」
逃げ場がない。
「だから動く」
「だから奪う」
それだけの話だった。
◇
北方王国。
「軍では勝てない」
将が断言する。
「経済でも勝てない」
一拍。
「ならば」
「人を狙うしかない」
結論は明白だった。
◇
エーヴェルハルト公国――王城。
「ヴェルの流通状況は」
公王が問う。
「安定しております」
財務官が答える。
「むしろ需要過多の状態」
「各国が備蓄を増やしているため、供給を絞れば即座に影響が出ます」
「当然だな」
公王は頷く。
「我々は“通貨を発行している”のではない」
一拍。
「“価値を定義している”」
それが本質だった。
「そして」
宰相が続ける。
「その信頼の中心にあるのが――」
「アリアベルです」
即答だった。
誰も否定しない。
◇
「ヴェルは単なる通貨ではありません」
財務官が説明する。
「公国の信用そのものです」
「そして」
一拍。
「その信用は、アリアベル様という存在によって補強されております」
「……象徴か」
「はい」
「人は制度よりも“人”を信じます」
だから。
通貨が機能する。
だから。
世界が回る。
◇
その頃。
「……ヴェル、ですの?」
私は小さく首を傾げていた。
「はい」
アルヴェインが答える。
「現在の世界基軸通貨です」
「そうなのですの」
特に感想はない。
「姉上」
一拍。
「その価値の一部は、姉上に紐づいております」
「……どういう意味ですの?」
「簡単ですわ」
リシェルが嬉しそうに言う。
「アリアベル様がいる限り、公国は安定する」
「つまりヴェルも安定する」
「だから」
一拍。
「アリアベル様=信用ですわ」
……極端ですわね。
「事実です」
アルヴェインが即答する。
◇
「だから狙われる」
静かな声。
「はい」
「通貨を握る国」
「その象徴」
「その両方を同時に得られる存在」
一拍。
「それが姉上です」
逃げ場がない。
「……大変ですわね」
私はぽつりと呟いた。
周りが。
「問題ありません」
アルヴェインが即答する。
「すべて排除します」
迷いがない。
◇
「では」
私は軽く地図を閉じた。
「次へ行きましょうか」
「はい!」
「承知しました」
誰も迷わない。
ただ進む。
その一歩が。
通貨を動かし。
国家を動かし。
世界を動かす。
本人だけが気づかないまま。
少女は歩き続ける。
――世界の価値そのものとして。




