第24話 溢れる境界と、無自覚な最適解
エーヴェルハルト公国――国境関所。
列は、さらに伸びていた。
昨日よりも。
明らかに。
「……止まりませんな」
監察官が低く呟く。
「本日の流入希望者、過去最大を更新」
「処理が追いつきません」
「……やむを得ん」
一拍。
「一時封鎖を検討しろ」
その言葉が出た瞬間。
空気が変わる。
「……それは」
「分かっている」
監察官は短く言う。
「だが、このままでは内部が崩れる」
外か。
内か。
どちらを守るかの選択だった。
そのとき。
「お嬢様」
カイルの声。
「前方、関所です」
「そうですの?」
私は少しだけ視線を上げた。
確かに、人が多いですわね。
「……混雑しております」
アルヴェインが周囲を確認する。
「姉上は近づかない方が」
「少し見てみたいですわ」
私はあっさり言った。
特に深い理由はない。
ただ、気になっただけ。
「……分かりました」
即座に配置が変わる。
護衛が厚くなる。
過保護ですわね。
関所前。
人々の視線が、一斉にこちらへ向く。
「……あれは」
「まさか」
「アリアベル様……?」
ざわめきが広がる。
止まらない。
そして。
「通してくれ!」
一人の男が声を上げた。
「家族がいるんだ!」
「働ける! 何でもやる!」
感情が、溢れる。
押し留めていたものが、決壊する。
それは一人では終わらない。
「お願いだ!」
「子供がいる!」
「もう王国には戻れない!」
声が重なる。
広がる。
制御が崩れかける。
「下がれ」
兵が制止する。
だが、止まらない。
そのとき。
「……少し、よろしいかしら」
私は一歩前に出た。
声は大きくない。
だが。
空気が止まる。
完全に。
「全員を通すことは、できません」
事実をそのまま言う。
誰も否定できない。
「ですが」
一拍。
「順番を変えることはできますわ」
視線が集まる。
「今、必要とされている場所へ行く方を優先します」
「農地、建設、物流」
「そこに行く意思がある方は、先に通します」
ざわめき。
だが。
すぐに変わる。
「……行きます」
「農地でもいい!」
「働く!」
流れが変わる。
感情が、行動に変わる。
「逆に」
私は続ける。
「条件を選びたい方は、後になります」
線引き。
明確な線引き。
それだけで。
秩序が戻る。
◇
「……見事ですな」
監察官が小さく呟く。
「やっていることは同じだ」
アルヴェインが低く言う。
「だが、受け取り方が違う」
強制ではない。
選択に変えた。
それだけで。
人は従う。
◇
「これでよろしいかしら」
私は軽く振り返る。
「はい」
アルヴェインが頷く。
「最適です」
即答だった。
「さすがですわ!」
リシェルが嬉しそうに言う。
「アリアベル様ですもの!」
……そうかしら。
私は特に何も考えていない。
ただ。
そうした方が良いと思っただけ。
◇
関所の流れは、再び動き出す。
止まらない。
だが、乱れない。
それだけで十分だった。
◇
その日。
ひとつの問題が、静かに解決された。
命令でも。
制度でもなく。
ただ一人の言葉で。
本人は気づかないまま。
またひとつ。
世界の動きが変わった。




