第22話 求婚戦線、開戦
エーヴェルハルト公国――王城、応接間。
机の上に積み上がる封書。
封蝋の紋章は、どれも一目で分かる。
王家、皇族、公爵家、連合国家の重鎮。
「……増えましたわね」
私は一通手に取りながら呟いた。
「増えたどころではありません」
アルヴェインが淡々と答える。
「爆発的に増加しております」
「言い方」
セレスティナが苦笑する。
「でも実際そうよね」
「はい」
アルヴェインは即答する。
「すべて、姉上への求婚および縁談です」
……まあ。
そうなりますわよね。
「当然ですわ」
リシェルが即座に言う。
「アリアベル様ですもの」
基準が一切揺らがない。
「現在の構図を整理いたします」
アルヴェインが書簡を一つずつ仕分ける。
「帝国上位貴族、王国再編派、周辺諸国の王族」
一拍。
「そして、独立国家の有力者」
「多いですわね」
「はい」
「すべて政治目的です」
断言だった。
「姉上との婚姻は、そのまま公国との強固な接続を意味します」
つまり。
人ではなく、国を取りに来ている。
「……露骨ですわね」
私は軽く肩をすくめた。
「当然です」
アルヴェインは一切迷わない。
「それが合理ですので」
◇
「では却下ですわね」
私はさらりと言った。
一瞬、空気が止まる。
「……理由をお聞きしても?」
アルヴェインが静かに問う。
「興味がありませんもの」
即答だった。
迷いはない。
「旅の方が楽しいですわ」
それだけ。
「……でしょうね」
セレスティナが苦笑する。
「予想通りすぎるわ」
◇
「問題はそこではありません」
アルヴェインが続ける。
「求婚を断ること自体が、外交的意思表示になります」
「まあ」
「どの国を断り、どの国を保留するか」
「それだけで勢力図が動きます」
……面倒ですわね。
「ですので」
一拍。
「慎重に選ぶ必要があります」
「全部断るのは?」
「最も危険です」
即答だった。
「敵対を招きます」
「一つ選ぶのは?」
「それも危険です」
「……難しいですわね」
◇
「簡単ですわ」
リシェルが口を挟む。
「わたくしと婚約なさればよろしいのです」
場が止まる。
「……すでに婚約しているだろう」
アルヴェインが冷静に返す。
「あなたと」
「形式上ですわ」
リシェルは涼しい顔で言う。
「ですが優先順位は別です」
「その話はやめろ」
即座に遮る。
「では」
リシェルは一歩踏み出す。
「アリアベル様、わたくしと婚姻なさいますか?」
直球だった。
完全な直球。
「嫌ですわ」
即答。
迷いゼロ。
「……なぜですの?」
「面倒ですもの」
理由もシンプル。
◇
「……姉上」
アルヴェインが小さく息をつく。
「少しは言い方を」
「本音ですわ」
きっぱり。
「恋愛とか、よく分かりませんもの」
「……それは」
言葉に詰まる。
「必要になれば考えますけれど」
一拍。
「今は必要ありませんわ」
完全に論理。
感情が存在しない。
◇
「……なるほど」
アルヴェインが頷く。
「では方針は決まりました」
「?」
「すべて“保留”とします」
「便利ですわね」
「はい」
「時間を稼ぎつつ、各国に期待を持たせる」
「同時に敵対を回避する」
「合理的です」
◇
「さすがですわ」
リシェルが満足げに頷く。
「アリアベル様の婚姻が決まるまで、世界は均衡を保てますもの」
……そんな大げさな。
「事実です」
アルヴェインが即答する。
◇
「では」
私は立ち上がる。
「終わりでよろしいかしら?」
「はい」
「問題ありません」
「次はどちらへ?」
セレスティナが笑う。
「そうですわね」
私は少し考える。
「まだ行ったことのない国へ」
「承知しました」
即座に動き出す。
誰も迷わない。
求婚も。
縁談も。
すべてを置き去りにして。
少女は進む。
恋愛も政治も巻き込みながら。
ただ、気ままに。
――それだけで世界を動かしながら。




