第2話 なぜか増えていく同行者たち
卒業式から一夜明けた王都は、まるで嵐の後のような静けさと混乱に包まれていた。
――もっとも。
「……まあ、そうなりますわよね」
私は自室の窓辺に立ちながら、他人事のように呟いた。
王太子による婚約破棄。
それに対するお父様の激怒。
そして、公爵家の独立宣言。
普通に考えれば、王都中が大騒ぎにならないはずがない。
けれど。
「それはそれとして」
机の上に広げた地図へと視線を落とす。
王都周辺から始まり、西方、南方、海路を経て東方へ。
主要街道と港湾都市を結んだ、おおよその旅程。
「どこから回るのがよろしいかしら」
せっかく自由になったのだ。
どうせなら、無駄なく楽しく回りたい。
そうして地図に印をつけていると。
コンコン、と軽いノックの音が響いた。
「アリアベル、入ってもいいかしら?」
「どうぞ、セレスティナ」
扉が開くと同時に、華やかな金髪の令嬢が部屋に滑り込んできた。
「ねえ、聞いたわよ全部! 昨日のあれ!」
「ええ、まあ」
「最高じゃない!」
第一声がそれである。
普通なら「大丈夫?」と来るところだが、この友人は違う。
「婚約破棄に独立宣言よ? もう、何それって感じ! 痛快すぎるわ!」
「そうかしら」
「そうよ! それで? 本当に旅に出るの?」
「ええ。そのつもりだけれど」
私が頷くと、セレスティナは一歩詰め寄ってきた。
「私も行くわ」
「……はい?」
「だって絶対面白いもの。あなたの旅が退屈になるわけないじゃない」
断定だった。
「いえ、これはあくまで個人的な――」
「却下」
にっこりと微笑まれる。
「あなた一人で行かせるなんて、もったいないことできるわけないでしょ」
……まあ、セレスティナらしいと言えば、らしい。
「それに」
彼女は少しだけ真面目な顔になる。
「あなたがいなくなると、王都つまらなくなるもの」
「そう」
私は小さく笑った。
「それは困るわね」
そんな会話をしていると。
「――やはり来ていたか」
今度はノックもなく扉が開いた。
入ってきたのは、銀髪の青年――ルシアン・ヴァルフォード。
「勝手に入るのは感心しませんわよ」
「失礼。だが予想はついていた」
彼は部屋の中を見渡し、ため息をつく。
「……本当に行く気か」
「ええ」
「公国独立の直後だぞ。普通はそちらに関わると思うが」
「お父様がいらっしゃるもの」
あの方に任せておけば問題ない。
「それに私は」
地図を軽く叩く。
「外を見てきたいの。これからのためにも」
ルシアンはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。
「……だろうな」
「え?」
「お前が王都で大人しくしている姿など想像できない」
それはどういう意味かしら。
「だから俺も同行する」
「はい?」
「一応言っておくが、監視だ。お前が何をやらかすか分かったものではない」
「失礼ね」
「自覚がないのが一番厄介なんだ」
……何のことかしら。
「まあいいわ。来たいなら止めないけれど」
「助かる」
そのとき。
再び扉が叩かれた。
「失礼いたします、お嬢様」
入ってきたのは、騎士科の制服を着た青年――カイル・ローデン。
「本日より、お嬢様の護衛を務めるよう命じられました」
「あら、もう?」
「公爵閣下より直々に」
仕事が早い。
「旅に出られると伺っております。道中の安全確保は私の任務です」
「頼もしいわ」
これで最低限の護衛は確保できた。
そう思った、そのときだった。
「――どうやら、面白いことになっているようですね」
聞き慣れない声が、背後から響く。
振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
柔らかな微笑みを浮かべた、異国風の容貌。
「失礼。少々無作法でしたね」
「あなたは……」
「イシュレルと申します」
彼は優雅に一礼する。
「もしよろしければ、その旅――私もご一緒させていただけませんか?」
部屋の空気が、一瞬だけ変わる。
ただの留学生ではない。
それは一目で分かった。
けれど。
「構いませんわ」
私はあっさりと頷いた。
どうせなら、面白い方がいい。
結果として。
気がつけば。
「……随分と賑やかになりましたわね」
私の“気ままな一人旅”は、
侯爵令息、伯爵令嬢、騎士、そして正体不明の他国の要人を含む、
とても賑やかな一団へと変わっていた。
――まあ。
「楽しければ、それでいいですわね」
こうして。
公国の未来を担うかもしれない旅は、
なぜか上流階級のバカンスのような空気で、幕を開けることになったのである。




