第12話 崩壊前夜の御前会議
王都――王城。
御前会議の間には、重苦しい空気が満ちていた。
かつては秩序と威厳に満ちていたその場は、いまや疑念と焦燥に支配されている。
「……現状を整理いたします」
宰相が静かに口を開いた。
「西方よりの兵站は完全に停止。物流は遮断、穀物価格は高騰。主要商会の一部はすでに公国側へ移行しております」
誰も驚かない。
すでに、分かりきっている現実だった。
「また」
一拍。
「複数の貴族家が、公国への接触を開始しているとの報告が上がっております」
ざわめきが走る。
だが、それは否定ではない。
確認だった。
「……やはりか」
一人の侯爵が低く呟いた。
「時間の問題だと思っていたが、ここまで早いとはな」
「当然でしょう」
別の貴族が口を開く。
「勝つ側がどちらかなど、もはや明白だ」
「貴様、それはどういう意味だ」
「言葉通りだ」
空気が一気に険悪になる。
「エーヴェルハルト公王は、初代国王陛下の王弟を祖とする家系だ」
静かな声だった。
だが、その意味は重い。
「すなわち、正統性は十分にある」
沈黙。
誰も否定できない。
「であれば」
その貴族は続けた。
「いまからでも遅くはない。王国を公王に譲り、体制を再編すべきではないか」
一瞬。
完全な静寂が訪れた。
「……何を言っている」
別の貴族が顔を歪める。
「王家を捨てるというのか」
「捨てるのではない」
冷静な声が返る。
「生き残るのだ」
論理としては、正しい。
だからこそ。
誰も即座に否定できない。
「あるいは」
さらに別の声が上がる。
「各家が独自に判断し、公国へ合流するという道もある」
空気が変わる。
それは、決定的な一線だった。
「……つまり」
誰かが呟く。
「貴族としての連帯を捨てると?」
「もともと、そのようなものは存在していない」
淡々とした返答。
「あるのは利害だけだ」
それが現実だった。
そして。
誰も、それを否定できなかった。
「……やめろ」
低い声が響く。
王だ。
玉座に座るその姿は、かつての威厳を保っている。
だが。
その顔には、明らかな疲労が刻まれていた。
「……これ以上、議論を混乱させるな」
頭を押さえる。
「何をどうすればよいのか……」
言葉が続かない。
完全に、思考が追いついていなかった。
「……陛下」
王妃が静かに口を開いた。
その声音には、すでに熱がない。
「現実をご覧くださいませ」
淡々とした言葉。
「これはもはや、収拾の段階ではございません」
一拍。
「いかに損失を抑えるか、その段階に入っております」
諦観。
それが、はっきりと滲んでいた。
「母上!」
王太子が声を荒げる。
「なぜそのようなことを言うのです!」
「事実だからです」
即答だった。
「ですが!」
王太子は拳を握りしめる。
「たかが一公爵家が! ここまでやれるはずが――」
「やっております」
宰相が静かに遮る。
「現に」
それ以上の説明は不要だった。
「……認めません」
王太子は低く言った。
「私は、認めない」
視線はどこか遠い。
現実を見ていない。
「婚約破棄は正当だった。あの女は――」
「おやめなさい」
王妃が冷たく言い放つ。
完全に、温度が消えていた。
「あなたが何を言おうと、現実は変わりません」
一拍。
「すでに、すべては手遅れです」
沈黙。
完全な沈黙。
誰も、何も言えない。
それが答えだった。
御前会議は、もはや意思決定の場ではない。
崩壊を確認する場へと変わっていた。
そして。
その頃。
「……次はどこへ参りましょうか」
ひとりの少女は、何も知らずに地図を広げていた。
王国の命運を左右した存在であることにも気づかぬまま。
ただ。
気ままに旅を続けていた。




