第10話 合流、そして過剰戦力
ベルンハイムを発った私たちは、そのまま南方の海沿いを進んでいた。
次の目的地は、さらに外――他国との境に近い港湾都市。
「海沿いは気持ちいいですわね」
「ええ、本当に」
セレスティナが風を受けながら微笑む。
潮の香りと、穏やかな陽射し。
……平和ですわね。
「……平和すぎるな」
ルシアンがぼそりと呟いた。
「そうかしら?」
「こういう時は、大体何か起きる」
「まあ」
その理屈はよく分かりませんけれど。
「お嬢様」
カイルが静かに声をかけてきた。
「後方より接近する一団を確認しました」
「追跡ですの?」
「速度と規模から見て、その可能性が高いかと」
……まあ。
「珍しいことでもありませんわね」
軽く流す。
これまでの旅でも、似たようなことは何度かあった。
「規模が問題だ」
ルシアンが眉をひそめる。
「騎兵隊規模だぞ」
「……それは確かに、少し多いですわね」
やがて。
砂煙を上げながら、一団が視界に入った。
整然とした隊列。
無駄のない動き。
そして。
中央に位置する、ひときわ目立つ馬車。
「……止まれ」
ルシアンが低く言う。
全員が警戒態勢に入る。
カイルの手が剣にかかる。
イシュレルの視線が細められる。
そして。
馬車が、目の前で止まった。
扉が開く。
「――ようやく追いつきましたわ」
聞き覚えのある声。
現れたのは。
「リシェル……殿下?」
思わず、名前が出る。
帝国第三皇女。
そして。
「……姉上」
その後ろから降りてきたのは、アルヴェイン。
「まあ」
私は小さく首を傾げた。
「どうしてここに?」
「決まっておりますわ」
リシェルが一歩前へ出る。
「アリアベル様をお迎えに参りましたの」
「お迎え?」
「はい」
即答。
「旅など危険ですもの」
……そうかしら。
「ですので」
にこりと微笑む。
「わたくしが同行いたしますわ」
断定だった。
完全な断定。
「……勝手に決めるな」
アルヴェインが低く言う。
「姉上の意思が――」
「もちろん最優先ですわ」
即座に被せる。
「ですので」
一歩近づく。
「――ご一緒してもよろしいでしょうか?」
先ほどまでと打って変わって、完璧な淑女の態度。
……器用ですわね。
「別に構いませんけれど」
私はあっさり頷いた。
その瞬間。
「ありがとうございます!」
ぱあっと表情が明るくなる。
分かりやすいですわね。
「……姉上」
アルヴェインが小さく息をつく。
「もう少し警戒というものを――」
「必要ありませんわ」
「あります」
即答だった。
「この規模の戦力を率いて接近してくる時点で――」
「護衛ですわ」
リシェルが当然のように言う。
「あなたも来ているではありませんか」
「それは……」
言葉に詰まる。
「目的は同じでしょう?」
にっこりと笑う。
「アリアベル様の安全確保」
「……」
否定できない。
「……なるほど」
ルシアンが腕を組む。
「過剰戦力だな」
「ええ」
イシュレルも頷く。
「むしろ、この一団自体が脅威になりかねません」
「安心してくださいませ」
リシェルが即答する。
「わたくしが制御しておりますので」
……本当かしら。
「それにしても」
セレスティナが楽しそうに言う。
「一気に賑やかになったわね」
「そうですわね」
私は軽く笑った。
騎士団規模の護衛。
帝国皇女。
シスコン弟。
……確かに。
「少し多すぎる気もしますけれど」
「適正ですわ」
リシェルが断言する。
「アリアベル様ですもの」
基準がおかしいですわね。
「では」
私は軽く手を叩く。
「このまま進みましょうか」
「はい!」
リシェルが即答する。
「お任せくださいませ!」
やる気がすごいですわね。
こうして。
私の“気ままな旅”は。
帝国皇女と。
過保護な弟と。
騎士団規模の護衛を加えた。
完全に別物へと変わった。
――もはや、ただの旅ではなかった。




