7話 新たな火種
「お見事でした。サブリナ様。」
「ありがとう、ノアイユ伯夫人。」
あれから数週間、私はフローラ暗殺の濡れ衣を晴らした。
当のフローラは罪にこそ問われなかったものの赤っ恥をかき、当然殿下との婚約は破棄。
今は自室に引きこもってしまったとか。
「しかしサブリナ様、フローラ様のサイン付きの手紙なんてどうやって……。」
「ふふ、以前あなたを通してフローラに私の首飾りを買い取らせたことがあるでしょう?」
「は、はい。」
「あの時フローラがサインした紙に、薄く別の紙を貼っておいたのです。剥がせば医者からの偽のメッセージが現れる仕掛けでしたわ。
多少の不自然さはありましたけれど……あの子、首飾りに気を取られてまるで気づきませんでしたわね。
本当は本物の医者の書状を用意したかったのですが、フローラがどこかの田舎に逃がしたのでしょう。流石に処刑までに見つけ出すことは叶いませんでしたわ。」
上手くいってよかった、と紅茶を口に含む。
「娘に証言をさせたのは?」
「フローラの性格を考えると、すでに周りをいびってる可能性がありますの。相手に考えられるのは、昔から親しいというベラドンナ嬢。初対面の方と打ち合わせしても失敗する可能性が高いから、フローラへの不満を吐き出すようにお願いしました。聴衆に疑念を抱かせられればそれで良かったのです。」
ノアイユ伯夫人はほう、とため息をつく。
「サブリナ様。あなたはとても聡明な方ですわ。一人で脱獄から自分の名誉挽回まで……あなたが男性であれば、必ずや歴史に名を残してたに違いありませんわ。」
なんだか残念そうに俯くノアイユ伯夫人。
「ノアイユ伯夫人、勘違いなさらないで。」
「え?」
紅茶のカップをそっと置く。
「私は少し人心掌握に長けているだけですわ。そりゃ公爵令嬢として恥じない教育は受けましたけど、政治に携わりたいなんて思ったことはありませんし。
私は私のままで生きたいのです。本を読んで、お父様の仕事を手伝って、紅茶を飲んで。それで十分ですわ。」
本音ですわ。国の管理なんて面倒ですもの。
ノアイユ伯夫人は勿体ないとでも言いたげに眉を下げる。
「ノアイユ伯夫人。」
「は、はい。」
にこり、と微笑む。
「また何かあれば、よろしくお願いしますわね。」
「!は、はい!ありがとうございます!」
その後時間が来て、ノアイユ伯夫人は馬車で帰っていった。
これでノアイユ伯爵家はポリニャック家とコネができた訳ですし、もちろんお父様にもよきに図らうよう伝えてありますわ。
私ができるお礼なんて、こんなものですが。
「サブリナ。」
「はい。」
お父様から呼び出しがかかる。
「よくやったな。お前は自慢の娘だ。噂が噂を呼んで縁談はひっきりなしに来るぞ。」
父は誇らしげに笑う。
「ありがたき幸せ。サブリナはお父様に従いますわ。どうぞお父様の駒になる方の元へ。」
「あー、それなんだが。」
あら?なんだかお父様が目を逸らして頬をかいている。
「この家の跡取りは1番上の兄だったろう。」
「はい。」
「それが、お前が連れていかれてから心労で倒れてな。今は郊外で療養中なのだ。」
「そ、それはご心配をおかけして……。」
「医師からは回復時期は不明だと言われている。」
えーと、お父様は何を仰りたいのかしら。
「つまり、あー、オホン。お前には婿を取り、このポリニャック家を継いで欲しい!」
……。
「は?」
間の抜けた声が出てしまう。
ポリニャック家を継ぐ……? 私が?
頭の中で何度か繰り返して、ようやく意味が追いつく。
「何をどうしたら、そうなりますの!?」
「サブリナ、お前は本当に優秀だ。父として誇らしいよ。」
――押し切ろうったってそうはいきませんわよ!
「その聡明さと度胸、この家を継ぐに十分だ。安心して任せられる。」
「2番目の兄上もいらっしゃるではありませんか!」
「あれは王家の親戚に婿に行ってしまってなあ……。いやあ、困ったものだ。」
全然困ってる顔ではありませんわね!?
「で、では姉上たちが……。」
「皆、良い縁に恵まれて嫁いでいっただろう? 父としては嬉しい限りだ。」
――詰みですわ。
「サブリナ。お前ならきっと、この家をさらに良くしてくれる。」
にこにこと満面の笑みで言い切られる。
この人、完全にその気ですわ……!
聞いておりませんわよ、そんな話!
ショックでふらりとよろめいた。
家を継ぐなんて、冗談ではありませんわ……。
お父様の勧める家に嫁ぎ、穏やかに、悠々自適に暮らすつもりでしたのに!
私はサブリナ。前世はキャバ嬢。
微笑みひとつで男も金も欲しいままにしました。今世でも人心を掌握し、地獄から舞い戻ってまいりましたわ。
もう欲しいものも特にないから隠居したいのに、まだまだ平和な日常は送れそうにありませんわ。
何せ――明日だけで、三件も縁談が入っておりますもの。
第一部~完~




