5話 反撃
「フローラ様。お見せしたいものがあります。」
「なあに?」
ノアイユ伯夫人は赤い宝石が埋め込まれた金の首飾りを差し出す。
「これは……サブリナがいつも身につけてたやつじゃない!」
一瞬、眉をひそめる。
「……へえ、随分と落ちぶれたのね。」
「経緯は不明ですが……投獄中のサブリナ嬢のもので間違いないと、商人が……。」
「商人には買い取るって言って!ふふふ……サブリナのやつ、いつも見せつけるように身につけて。いい気味だわ!」
「ではフローラ様、こちらにサインを。」
「はいはい。」
フローラはさらさらと紙面にサインすると、首飾りを惚れ惚れと眺めた。
赤い宝石は、まるで血のように濡れた光を放っている。
「やっぱりフローラは食いついたのね。思慮の浅いこと。」
ふふふ、と笑いながら紅茶をひと口含む。
「あのー、サブリナ様の指示とはいえ、良かったのでしょうか?私にはサブリナ様の意図が……。」
「いいのよ。フローラは1番やってはいけないことをしたわ。そのうち分かりますわ。」
「はあ……。」
要領を得ないノアイユ伯夫人を横目に、それより、と続ける。
「ノアイユ伯夫人、ご令嬢にはお話を通してあって?」
「は、はい。おっしゃられた通り伝えましたが。」
よし、これで準備は整ったわ。あとはタイミングですわね。
「次の舞踏会のご予定は?」
「明日です。」
「ではその時ですわね。」
えっ?とノアイユ伯夫人はたじろぐ。
「お言葉ですが、さすがに早計では……。」
「もたもたしてたら私が脱獄したことが殿下の耳に入りますわ。その前にこちらから仕掛ける必要がありますの。」
ノアイユ伯夫人、と目を伏せる。
「あなたの身を保護するといいながら、危ない橋を渡らせて申し訳ありませんでしたわ。」
「いいえ。大したことはしておりませんので。」
「ありがとう。しかし、それもこれで終わりですわ。あとは私に任せてください。」
「は、はい!」
ノアイユ伯夫人は頬を高揚させる。殿下、サブリナは今会いに行きますわよ。
翌日、予定通り舞踏会が開かれた。
「殿下、メヌエットを。」
「ああ。」
殿下とフローラは会場にいる全員を釘付けにする。
「フローラ様はますます美しさに磨きがかかりましたわね。見てください、あのシルクのような肌。」
「ええ……確かにお美しいですけれど、やはり殿下と侯爵令嬢では身分が……。」
「しっ、聞こえますわよ!」
「サブリナ様とはお似合いだと思ってましたのに。」
「ですが暗殺未遂の罪人ですわよ?」
「それ、本当に事実ですの?」
フローラは周囲の視線など意にも介さず、ただ殿下の腕に身を預けていた。
しかし、フローラは夫人たちの支持をあまり得てないようね。分不相応な望みを持つからこうなるのですわ。
さて、仕掛けましょうか。
「待ってくださいまし!」
舞踏会場の階段の上へ颯爽と姿を見せる。
――その瞬間、音楽が止まった。
「え?サブリナ様?」
「まさか……。」
「ということは、脱獄?」
会場がざわめく。
「お久しぶりです殿下!このサブリナ、濡れ衣を晴らすべく地獄から舞い戻って参りましたわ!」
殿下がわなわなと震えてる。
「サブリナ!どうやって出てきた!?いや、今この時だけはどうでもいい!今更なんの用だ!お前とはもうなんの関係もない!私とフローラの前に現れるな!」
「あーら、殿下。ここは公衆の面前ですのよ?そんなに強いお言葉でよくて?」
「くっ。」
周りを見渡した殿下は閉口する。
「……何をしに来た?」
「勘違いなさらないで?私は殿下をお助けに来たのですわ。」
「何?」
殿下は怪訝そうな顔をする。
「私が見たところ、殿下とフローラ嬢の婚約に納得が言ってないものも少なくない様子。
それはそうですわ。私にも非があったとはいえ、殿下とフローラ嬢は強引に婚約されましたもの。加えてフローラ嬢は侯爵令嬢。公爵令嬢の私と比べて釣り合わないと言われても仕方ないですわ。」
「なっ、フローラを侮辱する気か!」
……顔が分かりやすいですわね。
「事実を述べたまでですわ。そこで提案がありますの。」
「提案?」
「裁判を開きましょう、殿下。私に罪があるというのなら、聴衆の前で証明なさって?殿下が勝てばフローラ嬢との中に物申すものは、今度こそいませんわ。殿下の立場は向上、フローラ嬢との結婚も安泰ですわ。」
舞踏会場がざわめく。
「……いいお話ではありませんか。受けましょう、殿下。」
「いや、サブリナは狡猾な女だ。勝ち筋のない勝負は挑まない。負ければお前が危ないんだぞ、フローラ。」
「あーら、逃げますの?殿下は自分の状況をお分かりで?」
「くっ。」
(ふふ、食いつきましたわね。)
「確かにサブリナ嬢の罪が事実であれば、裁判しても問題ないですわよね?」
「フローラ様とサブリナ様、どちらが勝つのかしら?」
「私はサブリナ様ですわ!婚約破棄されても公爵令嬢ですもの。」
「私はフローラ様にしますわ。流石に殿下の意向には敵いませんもの。」
「……。」
どうです?たくさんの夫人の前で宣戦布告されたら受けるしかありませんわよねえ、殿下。
「……分かった。日程が決まり次第裁判を開く。」
「ふふふ、そうですわ。殿下。あなたに逃げる選択肢はございませんの。」
「いいだろう。今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやる!」
殿下はプライドの高いお方。女から勝負を挑まれて、あまつさえ逃げるなんてできませんわ。証人もたくさんいることですし。
これがすべてを取り戻すための────最後の戦い。




