第157話 孤独な生存者
(状況……終了。敵性体、全滅。私は生存……)
私の中の「破星」の人格が、冷たく、乾いた報告をシステムのように繰り返そうとする。
それは、私が数千年の時を超えて、凍てつく宇宙の底で維持し続けていた、自己防衛のための絶対的な論理武装だった。
感情を殺し、効率を優先し、生存のみを客観的な指標とする思考。本来の私であれば、ここで冷徹に「作戦成功」を宣言し、次なる行動――例えば、この星の中枢からの離脱ルートの検索や脱出行動――に淡々と移っていたはずだった。
不純物に満ちたこの動力炉室の床で、破れたナノスーツの隙間から流れ出る自身の血液を冷ややかに見つめながら、生存確率をコンマ数パーセントでも引き上げるための演算を始めるのが、正しい私の在り方だった。
だが、思考が走らない。 思考の至る所に、粘りつくような「ノイズ」がこびりついている。
(作戦……成功。すべてを倒し、私は……最後まで生き残った。これは……完全な勝利、だ。今度は死ぬこともなく、旧世界での失敗を繰り返すこともなく、すべての手順を遂行し、神《星》の中枢システムを物理的に破砕した)
それこそが、私の存在意義であり、それ以上でも以下でもないはずだ。
脳裏に浮かぶ「勝利」の文字。
でも、それと同時に、胸の奥底から焼け付くような、喉をかきむしりたくなるような激痛が、とめどなく込み上げてくる。
それは、かつてゲーレン総帥が、今度こそ星に勝つために、世界にゆらぎをもたらすために、私に送り込んだ――「村娘リオ」の感情が私に絡みついてくる。
かつては切り離された別の人格だった、それは、今や私の精神の最も深い領域にまで根を張り、完全に根付いてしまっていた。
だからこそ、今の私には分かってしまう。 この勝利が、私にとって、いかに虚しいものであるかが。
(勝利? これが?)
(たった一人で生き残ることが?)
(私を愛してくれた男を盾にし、親友を自爆させ、実の父親をこの手で殺して、その骸の上に立つこの静寂が、私にとっての勝利だというの?)
――。
脳内で、冷徹な理性が砕け散る音がした。 「破星」としての論理が、揺らぎをもたらすはずの「村娘」としての感性に上書きされていた。 「人間性」。それが今、私に地獄を見せていた。機械のように割り切ることができない。昔のように死を数字として処理できない。
歴代の破星たちも、こういう気持ちだったのだろうか。
いま、私は、私が犯した全ての罪を突きつけられているかのようだった。
修羅ともいえる戦いの果てに、私が得たものは……仲間の死と背負いきれない罪悪感。
目的の為に、全てを切り捨ててきた私。それならば、自業自得なのかもしれない。
心が、心のある私をひたすら蝕んでいく。
「……あ、あ……」
膝から力が抜け、私は血の海の中に崩れ落ちた。 手のひらが、まだ温かい父の血に濡れた。 その生々しい温もりが、かつて冷徹だった私の心を焼き尽くしていく。
「どうして……計算できないの……?」
私は、赤く染まった自分の両手を呆然と見つめる。
旧世界の、あのコンクリートの教室にいた私は、こんなことで動揺しなかった。世界を救うためなら、隣にいる仲間が肉片になっても、それは成功へのプロセスだと脳内で処理できた。
でも、今の私は、違う。
多分、アノンを、あのぶっきらぼうで、けれど誰よりも優しかった最強の護衛を、一人の男として愛してしまった。
私を突き放し続け、人類の独立だけに生きたあの冷酷な総帥を、不器用な私の「父親」だと認めてしまった。
レイラと、白衣を汚しながら笑い合える、生涯で唯一の友情を育んでしまった。
強くなったはずの精神結合が、皮肉にも、私を最も「脆い」状態にしているのがわかる。
心を得た今の私は、もう残酷な子供達ではいられなくなっていた。
ただの、傷つきやすい14歳の少女になり果てていた。
「いやぁ……! 起きてよアノン! 私を守って。 レイラ! 返事をして!」
くるしい。
「総帥、なんで私に、心なんて、苦しみをくれたの?」
私は泣き叫び、血まみれの遺体を揺さぶる。 皇帝としての威厳も、戦士としての矜持もない。ただの迷子になった子供のように。
「一人にしないで……! 私だけ、置いていかないでよぉ……ッ!」
返事はない。 誰も頭を撫でてくれない。誰も「守る」と言ってくれない。 広大な宇宙の片隅で、私は絶対的な孤独の中に放り出されていた。 あるのは、「生存」という結果だけ。
「ううっ、うぅぅ……誰か……助けて……」
私は小さく丸まり、震えることしかできない。 心は完全に折れていた。戦う意志など、塵ほども残っていない。 ただ、この残酷な現実から逃げ出したい。夢なら覚めてほしい。あるいは、自分も死んでしまいたい。
そんな、無防備で、完全に空っぽになった、弱弱しい少女の心の隙間。
光を失い、深い闇に染まった精神のクラックへ、滑り込むように、甘く、優しい「何か」が忍び寄る。
『……可哀想な子。世界を救う為に戦ったのに、そんなに傷ついて。もう、その不幸な使命から逃れて、貴女だけが幸せになっていいのですよ』
どこからともなく、弱弱しい声が響く。 破壊されたはずの星のシステムの声なのか。あるいは、私自身の幻聴なのか。
それは、傷ついた心に染み入るような、囁きだった。
読んで頂きありがとうございます。
ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。




