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二計画  作者: 喰ったねこ
第十二章:破星編
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閑話 星と使徒

――システム再起動。 自己診断プログラム、実行。


私は「星」。


銀河中央文明(セントラル)より遣わされし、環境制御ユニット『スター・シード』。 我が使命は、この惑星の物理法則を書き換え、文明レベルを管理可能な水準にまで退行させること。


だが、着陸インパクトの直前、予期せぬ事態が発生した。 辺境の下等生物であるはずの人類が、我が外殻の一部を「消滅」させたのだ。 単純な物理破壊ではない。量子重力理論を応用した、時空断裂攻撃。 中央文明の技術レベルにすら肉薄する、危険極まりないテクノロジー。


「……検索。当該攻撃を実行した個体を特定せよ」


私は、地上のデータリンクに侵入した。 人類のデータベース、軍事記録、機関のデータ。 全てをスキャンし、脅威の源を探る。


……発見。


個体識別番号:No.9。コードネーム『破星スター・ブレイカー』。所在不明、幼体雌。

個体識別番号:No.0。当該兵器開発を押し進めたゲーレン機関総帥。個体名:ゲーレン。現在我の使徒となっている最初の接触者。


驚くべきことに、当該兵器の設計、開発、運用指揮、その全てを、これらの個体が行っていた。 彼らの脳内スペックは、この惑星の標準値を遥かに逸脱している。 感情、恐怖、倫理観といったリミッターを排除し、演算処理に特化した、生体CPU。


「……特異点シンギュラリティを確認。だが、どちらが、セルダンの言う本物なのだ」


オルト・セルダン博士が危惧した、文明を脅かす「癌」の正体。いずれにしても、このまま放置すれば、彼らはいずれ目覚め、再び牙を剥くだろう。 今度は、我を完全に破壊する兵器を作り上げて。


だが、殺すのは、私に与えられた目的ではない。


ゼルダン博士の意向は、特異点の回収及び、我が中央文明(セントラル)本隊が到着するまでに、人類を従順で我が文明に資する奴隷とすることにある。


私は、我が使徒に対して、特異点かもしれない、もう一方の個体を早急に回収するよう命を下した。



魔法が全ての世界へと作り変えよう。


社会システム、文化、あるいは人類の肉体そのものに至るまで、全てを我が統治プロトコル――「魔法」へと適合させるのだ。


まず着手すべきは、惑星表面を覆う旧時代の「科学」というバグの排除であった。

物理法則の局所的な書き換え(テラフォーミング)を実行し、大気中に微細な環境制御用ナノマシンを散布する。


微細な電子回路はナノマシンの発する電磁パルスによって悉く焼き切れた。発電所は爆発し、送電網はただの無用な鉄屑へと変わり、地上を繋いでいた情報ネットワークは一瞬にして霧散した。

昨日まで文明の利器に依存していた下等生物どもは、突如として訪れた暗黒と飢餓の混沌に放り出され、ただ泣き叫び、神の救いを求めて祈るしかなかった。


そこに、私は「奇跡」を与えた。


私の発するエネルギー波で駆動するナノマシン。そのインターフェースを、人類の脳波と直結させ、特定の思考プロセス――すなわち「詠唱」をトリガーとして、物理現象を発生させるシステム。それこそが、人類が「魔法」と呼ぶ従属の首輪である。

火を起こすのに、面倒なプロセスの蓄積も、複雑な方程式も必要ない。ただ「火よ、灯れ」と祈り、ナノマシンを駆動させれば、空間に熱源が顕現する。傷を癒やすのに、解剖学の知識も外科手術の技術も要らない。「光よ、癒やせ」と願えば、細胞の超高速再生が促される。


この安易で、甘美で、絶対的な「奇跡」に、人類は瞬く間に魅了された。


自らの頭脳で考え、検証し、法則性を導き出す「科学」という地道な営みは、この圧倒的な利便性の前に、ただの非効率な旧時代の遺物として急速に忘れ去られていった。知を磨くことを放棄し、奇跡の供給源である「()」を全知全能の神として崇める――それが、人類家畜化の第一段階であった。


だが、管理を完全なものにするためには、効率的な「品種改良」が必要不可欠であった。


大気中のナノマシンを駆動するエネルギー波(マナ)に対する生体適合率――これこそが、我が銀河中央文明セントラルにおいて兵器としての価値を測る絶対的なステータスである。私は人類の生存領域の各地に「適合率測定装置(ビーコン)」を設置させた。


ここで、我が管理システムの「冷徹なロジック」が牙を剥く。


私の発するエネルギー波への適合率が低い個体――それはシステムへの同調が薄く、我が文明への従属度が低いことを意味する。それだけではない。適合率の低い個体は、深層心理において、論理、検証、法則性の解明といった「科学文明思考」へと無意識に傾斜していくという、忌々しい反逆因子バグを宿していた。このことは、人類科学の消去という我が目的にとっては極めて不都合であった。


だからこそ、間引きが必要だった。


私は、適合率が極限にまで達し、脳の演算領域を我がエネルギー波に完全汚染された人間を、生体兵器へと最終調整した。


知性を喪失し、純粋な戦闘本能のみを残して狂暴化した個体。それこそが人類が「魔族」と呼ぶ化け物だ。


我が使徒ゲーレンの構築した宗教組織の裏で、私はこの魔族どもを「討伐部隊」として各地に配備した。適合率が低く、思考が「科学」に傾きかけた不穏分子を魔族に襲撃させ、社会の害悪として淘汰していく。人類は、自らの同胞が改造されたとも調整体とも知らず、襲い来る魔族の恐怖に怯え、より強力な魔法の力――すなわち、さらなる高適合(従属)を求めて神に縋り付いた。


数千年にわたるこの徹底的な、仕組まれた循環による淘汰により、地球の人類は完全に均一化された。

段階的な間引きと繁殖の制御を経て、いまや通常の人間で魔法が使えない者など、地上のどこにも存在しない。全人類が、ある程度の適合率を持ち家畜として最適化されたのだ。


そうして選別された高適合者たちの末路は、我が中央文明セントラルが別の星系で繰り広げている星間戦争への投入である。


知性を失った無骨な「魔族」は、敵の戦力をすり潰すための前線の突撃兵、あるいは使い捨ての肉壁リソースとして宇宙へ出荷される。


一方で、極めて稀に、高い適合率を誇りながらも「強靭な知性」を維持したまま変態する、歪なエリート個体が現れる。彼らには輝かしい「聖女」や「英雄」の皮を被せ、最終的に完全なる上位生体兵器――「天使」へと調整する。天使へと変貌した個体は、星間戦争における高度戦力、あるいは軍の指揮官クラスとして、ルミナスの地下から奴隷船に乗せられ、最優先で銀河の彼方へと打ち上げられていった。


地球は、宇宙の戦場へ兵力を供給し続ける、広大な生体兵器培養プラットフォームに過ぎなかった。


落下から地球時間にて、数千年。

銀河中央文明の暦においては、ほんの一瞬の間の出来事。


しかし、その一瞬の間に、かつてこの星を埋め尽くしていた科学文明は、塵一つ残さず地球の歴史から消え去っていた。


いまや、表向きの人間社会では、中世的な街並みの中に「魔法文明」が狂い咲いていた。神である私を崇める豪奢な大聖堂が天を突き、きらびやかな宮廷では貴族たちが偽りの魔力で優劣を競い、人々は神の慈悲を疑うことなく、平和で退屈なファンタジーの檻の中で踊っている。


この魔法世界が、精巧に作られた機械仕掛けのドールハウスであることを知る人類は、ただ一人、我が忠実なる使徒ゲーレンのみであった。


すべては完璧だった。ただ一つの「例外」を除いては。


そんな時である。我が使徒ゲーレンより、長年の懸案、私の目を欺き行方不明であった、最優先回収対象――もう一方の特異点候補である、個体識別番号:No.9――「破星スター・ブレイカー」本人の回収に目途が立ったとの上奏がなされたのは。


かつて我が外殻を消滅させた極限の「科学思考の怪物の器」を、どのようにして回収するのか。

使徒の報告を、私は演算領域の片隅で待ち受けていた。



極北の凍土に穿たれた地下要塞、かつて、ゲーレン機関・第108戦略研究施設と呼ばれた場所の廃墟。


――そこには、星のテクノロジーを用いて、現実と夢の狭間にある仮想空間が構築されていた。 無機質なデータの海の中で、私は一人の少女の成長を見守っている。


名前は「久世守理緒(くぜもり・りお)」。 かつて私が作った最高傑作「ナイン」が、その調整過程で、この場所で切り捨てた「人間性」の残滓を集めて培養した、もう一人の彼女の人格だ。 モニターの中の彼女は、戦いを知らない。血の匂いも、世界の終わりも知らない。ただの、無垢な少女。


『――育成完了。人格データ「リオ」、安定しています』


頭の中に、あるじである「星」の声が響く。


『ご苦労、使徒ゲーレンよ。この失われた半身ともいえる人格は、彼女自身であり、決して拒むことのできない実に素晴らしい「毒」となるだろう。しかし、杳として行方が分からない彼女に、このような毒を送りこみ、活動を再開させようとはな。さあ、いよいよだ。彼女を元の器に帰してやろう――そうすれば、彼女は目覚める』


星の目的は、ナインの殺害ではない。その並外れた演算能力を持つ頭脳を、自らのリソースとして取り込むことにあるのだろう。 そのために、彼女の自我を骨抜きにし、扱いやすい家畜へと変えるつもりらしい。


強大な魔力、傷を癒やす奇跡の力、そして誰からも愛される運命。これらの事前情報は、仮想世界にて、彼女にゲームとして既に与えられている。……これらを現実世界でも与えれば、彼女は喜んで「破星」としての辛い過去を捨て、この新しい世界に順応するだろう。


満ち足りた家畜として飼いならし、やがてその頭脳を中央文明(セントラル)の一部とする。


星は、ナインを飼いならすために、「最高の聖女」という分かりやすい甘い檻を用意した。 完璧な人生を与え、思考停止させるつもりだ。そして、その人生を辿った時、彼女は発見され、やがて星に回収されるだろう。


「……仰せのままに」


私は、コンソールに向かった。 仮想空間で育て上げた「リオ」の人格データを、現実のナインの肉体へと転送する準備を進める。画面には、星が用意した「特典チート」の数々が表示されている。


【称号:光の大聖女】 【魔力:SSS(無限)】 【スキル:全属性魔法、状態異常無効、魅了……】


完璧だ。


これだけの力があれば、彼女は苦労することなく、魔法というシステムの恩恵に浴し、幸せな家畜として暮らせる。つまり、完全に無力化できるはずだ。


そもそも、私と並び立つ必要などないのだ。家畜として星に仕えればいい。


……だが、それでいいのか?


遠い昔に星によって封印されたはずの、それでも、自分の中でくすぶり続けるある思考が、ほんの一瞬だけ私の頭の中を駆け巡った。


いや、もう、それでもいいではないか。


私の戦いは……あまりに長すぎた。


壮絶な運命を歩んだ彼女にも、やっと人の子らしい、おだやかな幸せが訪れるのだ。彼女にはその権利があるはずだ。


彼女の穏やかな人生は、たとえ偽りだとしても、そこにしかないのだ。

もし私が、このまま星の言う通り、彼女を聖女にするなら、彼女は救われる。

星の降臨より数千年。もう、それでもいいと思って、進めてきたはずだ。


だが……なぜ、今になって悩む。


悩むんだ。


……それでは、人類は終わる。 魔法という首輪をつけられ、永遠に星に搾取されるだけの存在になる。


魔法適性を極限まで上げられ、天使や魔族と化した人類の末路。


星は隠してはいるが、私だけはこの事実を知っている。

彼らは、銀河辺縁での星間戦争に、使い捨ての兵士として投入されている。

このルミナスより打ち上げられていく宇宙船は、いわば奴隷船なのだ。


また、違う思考が頭の中をよぎる。これは私の頭の中にある計画の欠片。それがいまだ機能しているためだろうか。遠い昔、ゼロとなった私は、やはり、星に完全に支配されてはいないらしい。


私には、やはり、できない。娘に安息を与える事など、できはしない。


(ナイン……。私はお前を、愛玩動物にするために作ったのではない。本当に、すまない……すまない)


私は、星の監視の目を盗み、高速でコードを書き換えた。


「……削除」


【称号:光の大聖女】→Delete 【魔力:SSS】→Null 【スキル:全属性魔法】→Error


次々と、彼女を守るはずだった「チート能力」を剥奪していく。 聖女の力も、沢山の王子から愛される運命も、全てゴミ箱へ。 残ったのは、「平和な日本の記憶を持っただけの、魔力もない無力な村娘」という、あまりにも脆弱なデータだけ。


『――警告。使徒よ、何をしている?』


星が、私の不穏な動きに気づく。 だが、もう遅い。転送シークエンスは始まっている。


「……最後の調整です、我が神よ。貴方は、私か彼女、どちらが本物か知りたいはずだ。チートなど無くても、この転送が終われば、やがて彼女は目覚める。素の方が、より、特異点としての本質を見抜くことができるはず」


私は、平然と、ありのまま答えた。


「光の大聖女などという仮初の力が付与されていたら、本物かどうか見抜くことは難しい」


『……ふむ』


「ここは、あえて無力な状態で放り出すのが得策。何も持たず、誰からも理解されず、底辺から這いつくばる生活……。己の無力さを痛感すればするほど、彼女が特異点であるならば、その本質をさらけ出すはずだ。その上で、私と彼女、貴方の隣にいるべき存在か、相応しい者はどちらか、判断して頂こうではないか」


星は、数秒間沈黙し、冷徹な演算を行った。 真の特異点を捕獲するという、セルダンの第三命令は、星にとっては最優先事項だった、その見極めとあれば、多少のリスクは合理的だった。そもそも、力を奪われた彼女に何が出来るだろう。むしろ、より安全にことを進められるとも考えられるはずだ。


『……合理的だ。特異点の真の力、見せてもらおう。調整を承認する』


星は、私の提案を受け入れた。奴は知らないのだ。この「無力化」こそが、彼女に「魔法システム」を使わせないための防壁であり、彼女を目覚めさせるための唯一の手段であることを。


「……行け、リオ」


私は、最後のキーを叩いた。


「お前に安らぎなどやらん。魔法という安易な力もやらん。……だから、怒れ。嘆け。そして、その『理不尽』を覆すために、お前自身の頭脳を使え」


データが転送されていく。仮想空間のリオが、光の粒子となって消えていく。


彼女は目覚めるだろう。何も持たない「村娘」として。魔法が全てのこの世界で、魔法が使えない「欠陥品」として蔑まれ、泥水を啜ることになるだろう。


だが、私は信じている。 お前なら、神にすがるのではなく逆の道を選ぶはずだと。 その絶望の中でこそ、お前の中に眠る「破星」を呼び起こせるのだと。


そして、失敗したⅠ計画と同じ轍は踏まない。失われた半身が再び統合されたとき、その計り知れない罪悪感を乗り越えて、さらなる高みへと昇れるのはお前しかいない。


この異星文明を跳ね返す希望は、もう、それしかない。


私は、親としての娘の幸せよりも、総帥として課せられた使命を優先してしまった。


……許さなくていい。だが、生きろ。


私は、モニターの電源を落とした。


――こうして、一人の少女が世界に放たれた。 神が望んだ「敬虔な信徒」ではなく、人類が望んだ「反逆者」として。

読んで頂きありがとうございます。

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