表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二計画  作者: 喰ったねこ
第十二章:破星編
197/203

閑話 俺の、最重要護衛対象

「放せぇぇぇぇぇッ!!」


自らの喉から迸ったその咆哮は、まるで傷ついた獣のようだった。

普段、感情を表に出すことなどない。言葉を飲み込み、寡黙な護衛としてただ彼女の背中を守り抜くこと。それだけが俺の存在意義だった。

だが、そんな安い矜持も、使命も、今はどうでもいい。


動け。動け、動け、俺の肉体――!


黒いナノスーツの下、かつて幾度もの死線を潜り抜けた古傷のすべてが悲鳴を上げている。毛細血管が弾け、肌から滲む血が戦闘服を濡らすが、そんな痛みなど知ったことか。

視界の先、神のシステムに呑み込まれたゲーレンの無機質な剛腕が、俺のすべてである少女の細い首を無造作に吊り上げている。


彼女が、死んでしまう。


その絶望的な光景が網膜を焼いた瞬間、俺の脳内の戦術演算は完全に焼き切れた。

確率も、勝率も、戦力差も関係ない。ただ「彼女を失う」という最悪の未来を、俺の命と引き換えにしてでも強引に叩き潰す。


一閃。

それは、この世界のいかなる奇跡をも置き去りにする、純粋な物理速度の極致。

外流雷がいりゅうらいの型・刺殺』。


ひたすらに「敵を殺す速度」だけを追い求めて体に刻み込んだ、神速の抜刀。

日本刀の白刃が、寸分の狂いもなく星の代行者の右肘関節――装甲の隙間へと突き刺さる。限界出力を超えた超振動の衝撃波が、神の腕を強引に弾き飛ばした。


自由になった彼女の華奢な体が、床へと滑り落ちていく。

その弱々しい咳き込む音すら、今の俺にはたまらなく愛おしかった。


『障害発生――出力を上方修正』


耳障りな機械音声。俺は弾き飛ばされる前に、刀の柄を左手一本で逆手に握り直して固定し、肉薄した零距離から右手の大型リボルバーを奴の眉間に突きつけた。


ドン! ドン! ドン!


至近距離でのマグナム弾の連射。空間が歪むほどの衝撃波が、代行者の視界を一瞬だけ完全に遮った。


「おおおおおッ!」


わずかなブラインド。その隙に、俺の肉体が、本能がさらに深く踏み込ませる。

『外流雷の型・旋殺せんさつ』!

刀を肉ごと強引に引き抜き、その回転エネルギーをすべて乗せた返す刃で、代行者の首筋を容赦なく狙う。


だが――世界は優しくはない。

いつだってそうだ。


代行者は、当たり前のように簡単に止めていた。鋼鉄と鋼鉄が激しく噛み合う、耳を劈く不吉な金属音。

パキパキと、刀身に無数の亀裂が走っていく。


代行者が羽虫を払うように左腕を振るった。たったそれだけの動作が、超高圧の質量兵器と化した衝撃波となって俺の五体を打ち据える。

刀身が粉々に砕け散り、胸部を強烈に叩き割られて、俺の体は砲弾のように吹き飛んだ。背後の強固な隔壁に激しく激突し、金属の壁が大きく窪む。


「アノン……っ!」


床に崩れた破星が、涙でぐしゃぐしゃの顔で俺の名を呼んでいる。


……泣くな。そんな顔、見たくない。


『私には、その種のバグは実装されていません』


かつて、旧世界の地下三千メートル。愚かな老人たちから人類の存亡を押し付けられ、数億の命を切り捨てる決断を下した時。彼女は無機質な瞳でそう吐き捨てた。


心を殺し、世界の憎悪をその小さな背中にすべて背負って。


俺はあの時、あまりにも孤独な彼女の横顔を見ていられなかった。彼女の使命を代わってやれない自分自身の不甲斐なさに頭に来たものだった。


今、俺の目の前で、彼女はその「バグ」で大粒の涙をこぼしている。

不器用に笑い、怒り、誰かを想って泣けるようになった。

ただの、普通の女の子になったのだ。


俺には、その変化が何よりも嬉しかった。だからこそ、この手で、今度こそは最後まで守り抜かなければならない。例え、この身が砕けようとも。


「逃げろ……破星!!」


血反吐を吐きながら、限界などとうに超えた四肢を執念だけで動かし、再び立ち上がる。

俺は、折れた刀の柄を捨て、震える足で彼女の前に仁王立ちになった。残された唯一の武器、大型リボルバーを両手でしっかりと構え直す。


「俺の、最重要護衛対象に……触れるな!」


獣のように吼える。言葉少なに生きてきた俺の、魂の底からの拒絶。


俺に向き合うように、代行者が冷酷に右手をかざした。

掌に大気中のナノマシンが凝縮され、高密度の光球が収束していく。旧世界のテクノロジーすら超越した、純粋な熱エネルギーの奔流。回避不能の、絶対的な死の光が溢れ出す。


『障害ごと特異点を排除する』


俺は何も言わず、絶対の盾として、彼女との射線上に縫い付けられたように踏みとどまる。


わずかな勝機。

俺が狙うのは、熱線が放たれる大元の発射口――代行者の掌にある、エネルギーが極限まで圧縮された『収束点』そのものだ。あまりにも小さなその場所を狙う為に、わずかにでも命中確率を上げる為に、俺は前へ。


確実な死の光に向かって、突っ込みながら、右手のリボルバーから魂のすべてを乗せた最期のマグナム弾を放つ。


同時だった。


『――消えろ、特異点』


空間を焼き裂き、一筋の熱線が放たれた。

俺ごと、後ろにいる彼女までを一直線に消滅させる、合理的で無慈悲な一撃。

俺の放ったマグナム弾が届くより一瞬早く、放たれた熱線が射線上の俺の巨体を容赦なく捉えた。


(ぐ、あああああッ……!)


肉と骨がドロドロに焼ける嫌な音。凄まじい熱量が胸を満たし、俺の黒い戦闘服が赤黒く燃え上がる。

だが、俺の肉体が削り取られているそのコンマ数秒――その直後だ。俺の放ったマグナム弾が、熱線の中心を真っ向から突き破り、代行者の掌を直撃した。


極限まで圧縮されていた神の熱エネルギーが、銃弾の物理的破壊によって行き場を失い、奴の手元で大暴走を起こす。


ズドォォォォォンッ!!


激しい閃光と爆発が空間を呑み込んだ。

途端に、俺の胸を抉りながら背後の彼女へと迫っていた熱線の光跡が弱まり、俺の体を完全に貫通する直前で霧散する。


俺の命と引き換えにした狂気的な一撃(カウンター)は、確実に神の肉体をも穿っていた。

絶大なエネルギーの逆流を至近距離で浴びた代行者は、右腕から右胸にかけての装甲と肉体を大きく吹き飛ばされ、激しく火花を散らして後方へ吹き飛んだ。


静寂が、メルトダウンの熱気が残る広い空間を支配する。

床に転がった奴の体から、激しい火花を散らしていた銀色の回路模様がすうっと色を失い、完全に沈黙していくのを、俺の薄れゆく網膜は見届けた。


(……やった、か? 止めたぞ……師を超え、神を、止めてみせた……!)


もう、あの光線が彼女を襲うことはない。背後の彼女は無傷だ。

敵を完全に排除し、彼女の明日を繋ぎ止める。世界最高の護衛としての任務を、俺はついに、この命と引き換えに完遂したのだ。


凄まじい達成感と安堵が、抉り取られた胸の痛みを一瞬だけ消し去った。

がくりと膝の力が抜け、俺の巨体がゆっくりと斜めに崩れ落ちていく。

視界が急速に狭まる中、破星が悲鳴のような声を上げて俺の体を抱きとめた。


「嫌……嫌よ! アノン、しっかりして!」

「へっ……やった、か……?」


口から溢れる血のせいで上手く声が出ない。視界はぼやけ、もはや彼女の顔さえ綺麗に結ばないが、彼女の「敵は沈黙した」という必死の声だけは、確かにこの耳に届いた。


(……よかった。今度こそ、お前を最後まで守り切ることができた。こんな俺の命の使い道としては、上出来だ)


震える手を伸ばし、俺のすべてである彼女の頬に触れた。ずっと、こうして触れたかった。その温もりを感じ、この綺麗な涙を、俺の手で拭ってやりたかった。


「約束……守った、ぞ。……お前を、守るって……」

「馬鹿よ! 私なんかより、逃げればよかったじゃない! どうして……!」


泣くな、破星。お前を生かすためなら、俺の命なんて安いものだ。

言葉少なに生きてきた俺だが、最後くらいは、ちゃんと伝えさせてくれ。


「言っただろ……いつか、結婚するなら……」

「っ……!」


そうだ。俺はずっと、お前だけを見ていた。

感情を殺して戦っていたあの冷たい地下司令室から、人間らしさを取り戻したこの新しい世界に至るまで。一歩後ろから、その孤独で愛おしい背中をずっと見つめてきた。

護衛対象としてじゃない。俺にとって、お前は最初から、一人の愛する女性だったんだ。


「それに……俺は、あいつの……ゲーレンの願いも、守りたかった」

「え……?」

「あいつに……これ以上、罪を背負わせるわけにはいかない……」


肺に残った最後の空気を絞り出す。

この世界の残酷な真実から、彼女を護るために。


「……お前の、父親だからな。だから、このことは奴が望んでいた……ことだったんだ」


破星の身体が、硬直したのが分かった。

あの不器用な男は、確かにお前を愛していた。口には出さず、過酷な運命を強いてきたが、それでも誰よりお前の未来を願っていたのだ。


俺は、最初から奴がお前を殺さないことを知っていた。

だからこそ、あの老兵の親としての絶望を、俺が防いだ。


かつて無情な決断ばかりを背負わされてきたあの男に、これ以上『子殺し』の罪まで背負わせるわけにはいかなかった。


『もし、破星(ナイン)と私が敵対するならば、お前が私を殺せ』

それが、俺がゲーレンと交わした密約だった。


「あいつは……ずっとお前を……不器用に愛してた……。だから……実の娘を殺させるわけには……いかなかったんだ……だから、奴の事も気にするな」

「嘘よ……そんな……」


彼女の流す大粒の涙が、俺の手に落ちる。暖かい。

ああ、俺たちの戦いは無駄じゃなかった。

感情を否定していたお前は、今、こんなにも人間らしく、美しい心で泣いてくれているのだから。


「破星……生きろ……。お前は……俺たちの、希望だ……」


頬に触れていた俺の手から完全に力が失われ、滑り落ちる。

俺の人生は、お前を守るためにあった。

言葉にならなかった幾千の想いが、最期の吐息に溶けていく。


「……愛して、る……」


その言葉はもはや音をなさず、かすかな風となって世界に消えた。

読んで頂きありがとうございます。

ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ