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二計画  作者: 喰ったねこ
第十一章:地上編
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第152話 たとえ、お嬢様がここに居なくても

帝都ガラド。宮殿の地下の研究施設。


ディスプレイには、SDRによる、レピーター機能のステータスが表示されている。

極超短波(UHF)で受信したデジタル信号を、中波(MW)のAM放送に変換し、広範囲に送信をしているのだ。


しかし、そこに人影はなかった。

固く閉ざされた部屋で、システムが明滅を繰り返し、リオの声だけが繰り返し流れていた。


すでに、リオの信奉者たちは、シオンが組織した帝国軍残党(黒の執事)に合流しており、この部屋の存在を知るものが、この帝都ガラドに居なかったからだ。


リオの放送は確かにガラドにも届いていた。

しかし、そこで彼女の声を聞いている人は誰もいなかったのだった。



一方、爆弾が設置されているガラド神殿では、失われた魔法を取り戻すべく、神官たちが、魔法の光が消えた薄暗い神殿内で、大掛かりな祭礼を行い始めていた。


誰もが魔法を使い、魔法が全てだったこの世界で、この根幹の力が、突然消え去ってしまっていた。


天に現れた巨大な球状の物体と、夜が昼間になったかのような明るい大爆発。そして、その後見えた巨大なオーロラ。


その現実の光景は、まさに天界での神の戦いを彷彿させるものであった。


「唯一なる神は邪悪なる悪魔を滅し、このファンテェーンの地に降臨された。その御力は魔法の奇跡となって世界中に溢れ……すべての生命に安寧をもたらさん……今神は、蘇りし邪悪なるものと再び戦っておられるのだ。神が邪を滅ぼし、その御力を取り戻すまで、皆で祈りを捧げようぞ」


ガラド神殿長の透き通る声が、聖堂に響き渡り、神官たちが聖歌を歌い上げた。


『魔法よ戻れ』

『神よ、我々を見捨てないでくれ』


ここに居た人々は、一心不乱に祈ったのである。

再び神が、魔法という奇跡の力を与えてくれることを願って。


ガラド神殿には、美しい巨大なステンドグラスが掲げられている。


そこには、悪魔を滅ぼし、この世界に降臨した神が、人々に魔法を授ける神話をモチーフとした絵が描かれていた。


誰もが、そのステンドグラスを一心不乱に凝視していた。失われた魔法を取り戻すために。


その時である。


――ドガァァァァァァンッ!!!


大気を爆裂させる凄まじい衝撃音と共に、神殿のドーム天井が、そして彼らが信仰の拠り所として見上げていた美しいステンドグラスが、完全に粉砕された。


神の顔が、授けられた魔法の光の絵が、文字通り木っ端微塵に弾け飛ぶ。

きらびやかな極彩色の色硝子の破片が、陽光を反射して万華鏡のように美しくきらめき、土煙と共に大聖堂へと降り注ぐ。


その「神話の崩落」を突き破り、中央広場へと垂直落下してきたのは、お世辞にも優美とは言えない、溶接痕だらけの不格好な鉄の塊だった。サパー共和国の造船所で、潜水艇『ノーチラス・ゼロ』の動力源として組み込まれ、ネオ・ノーチラスの轟沈直前にバーンの脱出艇の動力源として射出されたあの『旧型ヴァルキリー』――神の理を叩き潰す、旧世界の遺物。


ズウゥゥゥンッ……!!


大理石の床をクレーター状に陥没させ、激しい火花と地鳴りを上げて着地した鉄の悪魔。

神聖なる聖堂の静寂を、サーボモーターの低い駆動音と、逃げていく熱排気の猛々しい収縮音が蹂躙する。


「な、なんだあの不浄な鉄屑は!? 悪魔の遺物か!?」


神官たちが腰を抜かして悲鳴を上げる中、その鉄塊の頭部のハッチが勢いよく跳ね上がり、中から一人の少女が姿を現した。


油染みと煤で真っ黒に汚れた顔。


リオ専属メイドのメアリーは、神官たちを冷たく見下ろした。


「神様の不格好な爆弾なんぞに、私達の世界を壊されてたまるもんですか。たとえ、お嬢様がここ(地球)にいなくても、私が代わりに、そんなもの投げ捨ててあげますわ」


凛とした少女の声が、静まり返った聖堂に響き渡る。

彼女はガラドの危機をバーンから聞いた時、近くに放置されていたこの強化外骨格を躊躇なく纏い、ルミナスから全力でここガラドまで飛んできたのだ。


メアリーはふう、と小さく息を吐くと、強化外骨格の胸元を窮屈そうに手で叩いた。


「……それにしても、このお嬢様のドレス、ちょっとだけ胸元がキツイですけれど。まあ、仕立て直す暇は無かったから、仕方がないですね」


あの時、ルミナスの廃墟に居た人物の中で、リオの体形に近く、ヴァルキリーのことを知っている人物は、ただ一人、メアリーだけだった。


エイデンやバーンをはじめ、そこにいたのは男ばかり。リオの華奢な骨格に合わせて調整されたこの「鉄のドレス」は、男たちの太い四肢を受け入れる容積など最初から持ち合わせていなかった。無理に肉体を押し込もうとすれば、フレームが歪むか、あるいは自身の骨が砕け散る。


女性であるメアリーだからこそ、このタイトな外骨格の内側に滑り込むことができた。

――もっとも、リオよりもいくらか「発育が良い」彼女の肉体にとって、その圧迫感は、お世辞にも快適とは言えないものだったが。


リオのことを一番近くで見て、リオのことを誰よりも理解していた彼女だからこそ、多少の「サイズ違い」を意地でねじ伏せて、このドレスを纏う権利があったのだ。


そして、メアリーは、地球上の最速の移動手段でここまで飛んできた。

爆発まで、残り45分。


メアリーは窮屈そうに胸の位置を少し直すと、不敵に微笑み、旧型ヴァルキリーのハッチを冷徹に閉ざした。


「出、出たな悪魔の身内! 衛兵、出会え! その不浄な娘を叩き出せ!」


正気に戻った神殿の衛兵たちが、一斉に槍を構えてメアリーに襲い掛かる。だが、魔法が消え、肉体強化も障壁も使えない彼らは、ただの生身の平民に過ぎない。


「邪魔です、魔法も使えないのに、神官とは片腹痛いですわよ。今月のドレスの仕立て予算を、これ以上お嬢様に削られたくないのです。お嬢様の命令マニュアルは、ラジオですでに承知しておりますの! 完璧に実行してみせますわ」


メアリーはそう言うと、自らの神経を思考接続(ニューラル・リンク)させた。リオのオメガとは違い、脱出艇として温存されていたこの機体は、まだ十二分に動く。


ヒュン、と空気を切り裂く、重量二百キロ超の鉄拳。


魔法を失った衛兵たちの鋼の槍など、旧世界の複合装甲の前にはただの爪楊枝だった。旧型ヴァルキリーが腕を振るうたびに、衛兵たちは文字通り紙切れのように弾き飛ばされ、大理石の柱に叩きつけられて沈黙していく。


詠唱も魔法陣もない、純粋な質量と加速度の暴力。


「神様にお祈りする暇があるなら、お嬢様のお屋敷(皇帝宮殿)の、床の雑巾がけでもしていなさい!」


メアリーは旧型機の脚部サーボモーターを最大出力で駆動させ、暴れまくる。彼女を止めようと群がる神官たち。


「きりがないわね。こちらも切り札をつかわせてもらいますわ」


電磁加速式のタングステン鋼の杭――『パイルバンカー』を躊躇なく起動し、神殿の床に向かって解き放つ。


ガギン!!!


凄まじい轟音とともに床が崩落し、群がる神官が床下に叩き落される。ヴァルキリーを駆るメアリーもまた、神殿地下へと侵入(ダイブ)してゆく。


煙を上げて地下の巨大な空洞へと着地したメアリーの前に、不気味な機械駆動音が響き渡った。


ギチギチギチ……と、異形の関節がきしむ音。

暗闇の奥から現れたのは、かつてリオが宮殿で戦った、旧世界の殺戮機械――その悍ましき同型機である『キマイラ2号機』だった。


星のメインシステムが、この地下に眠る対消滅爆弾を守るため、最終防衛ユニットとして再起動させたのだ。魔法が消え去った世界にあってなお、旧世界の怪物は自律型の電子頭脳と油圧シリンダーによって駆動し、頭部にある単眼の、血のように赤いセンサーでメアリーのヴァルキリーを正確に捉えていた。


かつてリオが生身で戦い、その残骸からヴァルキリーを造り出す基礎となった因縁の戦闘ロボット。

滑らかな鈍色の金属で覆われた巨大な人型の胴体から、蛇のようにしなやかな六本の腕が蠢いている。


「あら、お嬢様のレポートにあった、あの悪趣味なブリキ人形(ハンターキラー)の生き残りですか。お嬢様はただ一人、生身でこれを撃破し、このヴァルキリーを作られたのですよね」


メアリーの網膜投影に、キマイラ2号機の各部スペックと、想定される質量攻撃の軌道が赤いラインで一斉にオーバーレイされる。

キマイラ2号機が地を蹴った。魔法の加速ではない。その巨体に内蔵された、旧世界の超高圧油圧ピストンによる、純粋な物理の瞬発力だ。


1号機を元にしたヴァルキリーと、キマイラ2号機がにらみ合う。


「お嬢様のメイドを、ただの着せ替え人形と思わないことです! 私が、これを倒して、ヴァルキリー2号機を仕立て直せば、完全にお揃いですわ」


メアリーは思考接続されたヴァルキリーの出力を臨界まで引き上げた。


ガギィィィン!!!


キマイラの巨大な鋼鉄の杭と、ヴァルキリーの複合装甲が正面から激突し、暗黒の地下室に凄まじい火花が飛び散る。衝撃波が周囲の石壁を震わせ、パラパラと塵が降り注いだ。


キマイラ2号機のパワーは、脱出艇仕様の旧型ヴァルキリーを遥かに凌駕していた。ミシリ、とメアリーの機体のサーボモーターが悲鳴を上げる。外骨格の下の肉体を締め付け、強烈なGが彼女の華奢な体を襲った。


「くっ……強い……です! ですが、お嬢様は生身でこの怪物と戦われて勝利された! ドレスを着た私が負けるわけにはいきませんわ」


メアリーがパワー負けする格闘戦を避け、一旦後ろに引く。


すると、かつて生身のリオを絶望の淵まで追い詰めた、胸部の機関砲(ガトリングガン)の砲身が、死の宣告のように不気味な高周期音を立てて急速回転を始めた。


――ガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!


刹那、暗黒の地下空間に猛烈なマズルフラッシュが狂い咲き、秒間五十発、毎分三千発を超える徹甲弾の嵐が解き放たれた。撃ち出された無数の光条が一本の巨大な火線と化し、メアリーのヴァルキリーへとなだれ込む。


ドガガガガガガガッ!!!


すさまじい着弾衝撃がヴァルキリーの機体を激しく震わせる。だが、その鉛の嵐を迎えうったのは、旧世界のテクノロジーが結晶した強固な複合装甲だった。


「キィィィィン!」「ギィィン!」と鼓膜を破らんばかりの甲高い金属摩擦音が連続し、装甲に激突した徹甲弾が、次々と火花を散らして全方位へと弾き飛ばされていく。

凄まじい密度の跳弾が四方八方の石壁や大理石の柱を蜂の巣にして削り削岩の土煙を爆発させ、暗闇の地下室は、まるで超至近距離で万華鏡を爆破したかのような、きらびやかで凄惨な光の渦に包まれた。


数千発の弾丸の乱舞。それは生身の人間であれば一瞬でミンチに変える、文字通りの肉挽き機。

しかし、激しい火花に炙られながらも、メアリーを包む鉄のドレスは傷一つ負うことなく、その圧倒的な物理の暴力を正面から完全にシャットアウトしていた。


「さすが、お嬢様が自ら作られたドレス、悪役の嫌がらせぐらいではビクともしませんわ。これでしたら、悪役令嬢であふれる舞踏会に着ていっても安心ですわね」


キマイラが射撃の有効性を見切り、六本の腕による近接格闘へと切り替えた瞬間、メアリーは網膜のエラーアラートを無視して突撃した。


右腕の回転刃が空間を横薙ぎに切り裂き、左腕の先端から赤熱した高熱カッターが首元を狙って振り抜かれる。純粋な物理の質量と超高圧油圧ピストンがもたらす、逃げ場のない死の檻。


だが、頬を熱波が撫でるほどの極限状態にあってなお、メアリーの心は恐れを知らなかった。


「組まなければ、パワー差なんて! お嬢様は誰よりも細いのに、最強でしたわ!」


魂の底からの叫びと共に、メアリーはかつてリオに着付け(組手)を挑み続け、そのたびに身体に刻み込まれたあの洗練された「生存技術」の体捌きを、ヴァルキリーを通じて完璧にトレースしてみせた。


斬撃を紙一重で潜り、刺突をいなし、熱線を避ける。

柔よく剛を制す、アクロバティックな動きで三つの腕による同時攻撃を捌ききった刹那、メアリーは機体の体勢を急激に低く滑り込ませ、キマイラの懐へとゼロ距離で潜り込んだ。


強引に押し込まれるキマイラの質量に逆らわず、逆にその力を利用して、敵の剥き出しになった関節の油圧パイプを、機体の右腕で強引に引き剥がす!


グシャリッ!


超高圧の作動油が激しく噴出し、キマイラ2号機の左前脚が完全に機能を喪失して崩れ落ちる。バランスを崩し、その巨体が前のめりになった瞬間、メアリーは敵の胸部装甲の中心――電子頭脳が眠る中枢へと、パイルバンカーの銃口を完全に密着させた。


「お嬢様が命を懸けて掴もうとしている明日を……ここで止めるわけには、邪魔をさせるわけにはいかないのです。――専属メイドの名において、お嬢様の邪魔をするなら、今すぐスクラップにおなりなさい!」


思考変換による、トリガーの完全解放。


ズドォォォォンッ!!!!


地下空間の空気を一瞬で破裂させるほどの超至近距離から撃ち出されたタングステン鋼の杭が、キマイラ2号機のセラミック装甲を易々とブチ抜き、内部にある電子回路と油圧コアを文字通り木っ端微塵に粉砕した。


光学センサーの赤い光が失われ、旧世界の殺戮機械は、今度こそただの動かない鉄屑となって、地響きを立ててその場に崩れ落ちた。


メアリーは激しく息を荒くしながらも、すぐさまパイルバンカーの杭をリロードし、煙を上げる鉄屑を破砕して、さらにその奥へと突き進んだ。


地下最深部。


遂に爆弾が設置された部屋に到着した。

異星文明のテクノロジーが施された円形の爆弾室。

このガラドでも、中央の台座の上に、不気味に明滅する数十センチの金属球が、静かに鎮座していた。


爆弾の右側装甲が強引引きはがし、ひしゃげた鉄板の向こうから、リオの放送にあった通りの『銀色のスライダー』が露出する。


「これでお嬢様への、今月のレポー卜は――『異常なし』、ですわ!」


メアリーは機械の指先でそのレバーを掴むと、機体の出力を全開にして、一気に最上部へと引き上げた。

重力の枷が、完全に解除される。


「キィィィン……!」という重力崩壊の不気味な高周波音と共に、数十センチの金属球は、地球の引力を拒絶して真上へと『逆落下』を開始した。


メアリーがパイルバンカーで開けた穴、そして地上で完璧に粉砕されたドーム天井の風穴を突き抜け、ガラドの爆弾は白銀の流星となって、ロキヌス帝都のよどんだ空へと超高速で上昇していった。


これで、地上の四箇所すべて、人間の意志によるパージが完了した。

読んで頂きありがとうございます。

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