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二計画  作者: 喰ったねこ
第十一章:地上編
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第149話 長い物には巻かれろ「特に自分の娘」には

ナブラ王国の王都にそびえ立つ白亜の大聖堂は、かつてない大混乱に陥っていた。


世界から魔力が消失したその瞬間、神殿の象徴であった壮麗な光の装飾や、煌びやかな魔石は、ただの冷たい石塊へと成り下がった。指先から火花すら出せなくなった神官たちが、光が消えた、薄暗い聖堂の中で右往左往し、神への祈りを虚しく乱唱している。


そこへ、重々しい金属音と蒸気の排気音を響かせ、異質な集団が押し寄せてきた。


先頭に立つのは、ナブラ王国の摂政、サンジェルマン公爵。

リオが敗走した際には、さっさと雲隠れしたが、リオの声を聴いてリオの支持者たちとすぐに舞い戻ってきたのだ。


そしてその隣には、純白の衣をまとった聖女ラナが、小型の木箱(鉱石ラジオ)を抱えて並んでいる。彼らの背後には、完全武装の王国騎士団と、科学研究所――通称『科研』の作業服を着た工兵たち、さらには巨大な蒸気トラックが列をなしていた。荷台には、王都の科研倉庫から文字通りありったけ掻き集めてきた黒色火薬の樽が、山と積まれている。


「な、何事ですかサンジェルマン公爵! 聖なる神殿に、なんという野蛮な鉄の塊と不浄な火薬を持ち込むのですか!」


奥から血相を変えて飛び出してきたのは、金の刺繍を施した豪奢なローブを身に纏う、小太りの中年男――神殿長だった。かつて神殿でリオたちを小汚い村人と見做して、適当にあしらった男。


メサリア神殿から、王都神殿へ一週間前に大栄転したばかりだったが、この世の春もつかの間、今や魔法というその権威の拠り所を失い、青白い顔で震えている。


「どけ、神殿長。大聖女リオからの神託(マニュアル)じゃ。この神殿の地下に世界を滅ぼす爆弾がある。よって、今すぐここを爆破解体する!」


公爵が鷹揚に言い放つと、神殿長は顎が外れんばかりに目を見開いた。


「はっ?? ば、爆破解体ですと!? 何を正気のないことを! ここは神が宿るファンテェーンの至聖所、我が国の信仰の中心なるぞ! 一歩でも踏み入れば神罰が下るわ!」


「神罰なら、もはや心配無用じゃ、神なら、たった今、空の上で我が(養女)にブチ殺されたところじゃよ。文句があるなら宇宙の果てまで行って、娘に直接言うてこい。おい、お前たち、構わんから神殿内に樽を運び込め!」


「お待ちください、お父様!」


ラナが鋭い声を上げる。神殿長は、王国が認定した聖女である敬虔な公爵令嬢が父親の暴挙を止めてくれるものと期待の眼差しを向けた。だが、ラナの口から出たのは、さらに容赦のない言葉だった。


「そんな生温い運び方では、時間に間に合いませんわ! 門が狭くてトラックが通れないなら、まずはあの邪魔な大理石の門頭から叩き壊しなさい! アノン様が空の上で待っていらっしゃるのです、一秒の遅れも許されません!」


「なんだって! どこでそんな噂を聞いたかは知らぬが、爆弾なんて物騒なものが、この聖なる神殿にあるはずがない。たのむから、もう、やめてくれ。そうだ! 去年、公爵から頂いた寄付金も耳そろえて返そう、たのむっ!」


神殿長は泣いて公爵に縋った。


「う、うむ……。流言飛語だろうが、我がサンジェルマン家の家訓は『長いものには巻かれろ。特に、自分の娘には』じゃ。お前たち、聞いたな! 門をぶち壊してトラックを中庭へ突っ込ませろ!」


公爵は苦笑する。


最高位の貴族である彼にとって、神が死んだとか、神殿に爆弾があるとか、完全に信じているわけではなかった。神殿長がいうことも、まあ、今までのこの魔法世界の常識で考えれば、もっともな理屈。


だが、魔法が消え、二人の娘がそう言っている以上、信じて今すぐやるだけだった。

それが、彼が最近悟った、最強の処世術だったのだ。


「ひえぇぇ、狂っておる! 全員狂っておる!」


神殿長が頭を抱えて悲鳴を上げる中、科研の工兵たちが手際よく天蓋の柱に爆薬をセットしていく。


「おい、そこの神官ども! ぐずぐず祈ってないでツルハシを持て! 時間がないから、さっさと神殿をぶち壊せ!」


作業の指揮を執っていたのは、かつてメサリアの仮設病院で、リオによって麻酔なしで折れた腕の骨を強引に引っ張られた、大工の男、ダレクだった。彼のたくましい腕は、すでに何の問題も無く治癒していて、その剛腕を以て、魔法の使えなくなった神官たちに、力任せにカツを入れていた。


「あの時、俺の腕を強引に捻じ曲げた悪鬼の聖女様が、空の向こうで『物理的にどうにかしろ』と言ってるんだ! 痛みの後にしか本当の回復はねえってことは、この腕が一番よく知っている! 死んでるかもしれない神の機嫌を伺うより、あのやぶ医者の言う通りにする方がよっぽど生き残れるぞ!」


「そうだ! あの悪鬼の言う通りにしろ!」

「聖女様の導きのままに!」


リオの「科学的治癒」によって、激痛と引き換えに五体満足で社会復帰を果たした元負傷者たちの市民やリオを混沌の聖女として敬う革命軍の兵士たちが、ツルハシや大槌を手に先陣を切って神殿の壁を叩き壊し始めた。


ズガァァァン!


激しい爆音と共に、神殿の正面門が木っ端微塵に吹き飛んだ。

黒煙を上げながら、蒸気トラックが容赦なく神殿の中庭へと乱入し、白亜の石畳を踏みつぶしていく。


「信管よし! 導火線よし! 全員、伏せろ!」


工兵たちの叫び声と共に、神殿を支える大柱に設置された大量の爆薬が一斉に点火された。


凄まじい閃光と、地響きを伴う大爆発。

ルミナス神殿とは違い、まだ五体満足だった王都の大聖堂は、内側からの物理的な高熱と圧力に耐えきれず、その壮麗なドーム天井が文字通り「バリバリ」と音を立てて内側へと崩落していった。白亜の瓦礫が津波のように中庭を埋め尽くし、一瞬にして、王都の信仰の象徴はただの広大な吹き抜けの廃墟へと変貌した。


「うげぇ! 神殿が、我が神聖なる神殿が……!」


泡を吹いて気絶した神殿長を文字通り踏み越えて、公爵とラナ、そして王立騎士団が地下へと続く大階段を駆け下りていく。


「目標、地下最奥の爆弾室! 急ぐのじゃ!」


地下通路を進む一行の前に、驚天動地の質量兵器が現れた。

室中央に鎮座する、わずか数十センチの明滅する金属球。


「これが……リオがいっていた、対消滅爆弾……」


ラナが息を呑む。その傍らで、サンジェルマン公爵は一歩も怯まず、手にした科研製の頑丈な鋼鉄のバールを振り上げた。


「御託は後じゃ! 時間がない、さっさと叩き壊せ!」


ガキン! と鈍い金属音が響き、変形した爆弾の装甲板が強引にこじ開けられる。剥き出しになった制御基盤の奥、不気味に輝く赤い結晶体の隣に、リオの放送通り「銀色のスライダー」が存在していた。


「ラナ、お前の仕事じゃ!」


「はい、お父様!」


ラナがその銀色のレバーを両手で掴み、渾身の力を込めて、一気に最上部へと引き上げた。


「重力の枷を外し――宇宙へお帰りなさい!」


スライダーが限界に達した瞬間、爆弾の内部から空間を震わせるような高周波音が響き渡る。

重力制御の設定値がオーバーフローし、地球の引力を完全に拒絶した金属球は、凄まじい速度で「真上」へと逆落下を開始した。


爆弾は、地上での盛大な爆破解体によって完全に天井の消え去った神殿の残骸を突き抜け、白銀の流星となって、ナブラ王都の青空へと向かって超高速で上昇していく。


遮るもののない大気圏の彼方へと消えていく光。

王都アルビオンの危機は、サンジェルマン公爵家の、文字通り泥臭くも圧倒的な物理の破壊活動によって回避された。


「ふぅ……なんとかなったか。しかし、あの娘、天上へ行ってなお、公爵であるこの儂をこれほど盛大に使い走りにするとはのう、とんでもない娘じゃ」


公爵は煤まみれの外套を払いながら、呆れたように、しかしどこか満足そうに笑った。

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