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少し前までは普通にしていたのに、アメリアの表情はどこか影を感じられた。私に続き、ライラ様もアメリアの様子に気づき困惑している。このまま彼女を放置して別の会話をするわけにもいかないため、どうしたのかと聞こうとした時、アメリアが両手をモジモジとさせながら小さく口を開いた。
「その……ルーカスさんと踊ったこと黙っててごめんなさい。言った方がいいとは思ってたんですけど……その…………」
どうしたのかと思えば、私にルーカス様と踊っていたことを言ってないことにを思い出して罪悪感を感じていたらしい。
なるほど、確かに婚約者が自分の知らないところで歳の近い異性と踊っていたと知れば、怒る人もいるかもしれない。
私だって、あの夢を見ていなければきっと不快に感じてアメリアに婚約者のいる異性に触れるなんて、と苦言を言っていたと思う。けれど、私にはもう二人の仲にどうこう言うつもりは無い。
「その、アメリアさんにはまだまだ沢山指摘されてるのに、ルーカス様は十分上手と褒められて………なんていうか、アメリアさんに何て言えばいいのか分からなくて……」
「仰りたいことは分かりますが気にしないでください。婚約者と言っても政略結婚のようなものですから。」
表面上は取り繕って淡々と答える。
貴族にはよくある話、別にそこに気持ちがある訳では無い。少なくともルーカス様にとっては。
そんな私の返答に意外そうなリアクションをしたのはライラ様だった。
「あら、そうなの?てっきりこの前の感じなら二人は仲がいいのかと思ってたわ」
この前、と言うとアメリアと初めて生徒会室に行った日のことよね。確かにあの日はルーカス様に引き止められ二人で帰ることになったから、傍から見ればそう見えるのかもしれない。
実際は、途中で私が勝手に怒って八つ当たりして一人で帰ったっていう酷いものだったけど。
「仲が悪いという事はありませんが、特段いい訳でもないですね。会うのも月に一回のお茶会と言いますか……まぁ、それくらいでしたし」
お茶会と言うには事務的で、話す事もお互いの事を報告するだけの近況報告のようなもの。
ここ数ヶ月はそれすらないけど。
「こ、婚約してるのにそんなに会わないんですか……」
私の話を聞いたアメリアは心底意外だと言うような顔をして口元に手を当てていた。
この子は確か、リーヴェル様の大恋愛を記した流行りの本を読んでいたから婚約というのに過度な幻想を抱いていたのかもしれない。
「うーん、みんながみんなそういう訳じゃないけど中には歳の差が二十も離れてたり、結婚だけしてお互い別々の家で別の家族を…なんて話もあるしね」
「二十歳差…………結婚してるのに別の人と…」
その言葉が余程衝撃だったのかアメリアが絶句している。
ライラ様の言っていたような人達はかなり極端だけど確かに存在はする。別に、貴族に恋愛の末の結婚がない訳では無い。政略結婚も昔はかなり多かったらしいけど、今では本人の意思も尊重されるようになって少なくはなってきているらしい。
とは言え割合的には政略結婚が七、恋愛によるものが三と言ったくらいだろうか。
でも、政略結婚の中でも私がそうである様にどちらかの片思いというのも意外と多いのかもしれない。
「ふふ、ごめんなさい。今言ったのは珍しい例だからそんなに気にしないで。」
「うぅ、貴族の人はみんなリーヴェルさん達みたいな恋愛をしてるのかと思ってました」
「あれはかなり特殊よ」
「そうなんですね……」
アメリアは落ち込みながら自分の幻想が崩れたことを嘆いている。目に見えて落ち込むアメリアの様子には私もライラ様も苦笑せずにはいられなかった。
それにしても、そんなにリーヴェル様を題材にした本は面白いのかしら?なんだか、アメリアの嘆く様を見ているとちょっとだけ気になってしまった。
図書館にもあれば読んでみようかしら……
「でも、確かにあの話は内容だけ見ると理想の恋愛譚よね。私の場合本人を知ってるせいで純粋に楽しめなかったけど」
「ライラ様も読んだことがあるのですか?」
なんとなくライラ様イメージで読んでいないと思っていたから、少し意外だった。
「私は商人よ?流行りモノはちゃんと自分で確かめないとね。でもその感じだと、オリヴィアちゃんは読んでないの?」
「はい。あまりそう言った娯楽書は読まないので……」
「え!オリヴィアさん『男溺』呼んだことないんですか!?」
実家にいた頃はレッスンや授業漬けでそういったものを読む時間はなかったし、寮に住むようになってからも習慣のない私には娯楽書を読むという発想がなかった。しかし、私がリーヴェル様を題材にした本を読んだことがないことにアメリアは酷く驚いている。
「え、えぇ。ダンデキと言うんですか?」
勢いよくこちらに顔を近づけるアメリアに気圧され上半身を引きながら答える。ただ、そんな私にアメリアは更にグイッと近づき、アメリアを落ち着かせようと前に出していた両手を掴まれる。
「『男爵令嬢の私が公爵家の跡取りに溺愛されるわけない』!略して『男溺』です!!読んだことないならぜひ読んでみましょう!」
「ちょ、ちょっと……!?」
な、なんなの……!
最初は椅子に座ったままこちらに身を乗り出していたのに、今ではもう椅子から立ちズイズイと身を寄せてくるアメリアに戸惑いを隠くすことができない。
胸の前でガッチリ両手を包むように握られ、しかも私はまだ椅子に座ったままなのでこれ以上後ろに下がることもできない。
今までに体験したことのない状況に困惑していると、ライラ様がアメリアの肩をつかみ引き剥がしてくれる。
「ほらほら、落ち着いて。オリヴィアちゃんが困ってるわよ。」
「……はっ!ご、ごめんなさい!」
我に返ったアメリアには椅子に座って紅茶を飲んで落ち着きを取り戻してもらう。アメリアは紅茶を飲み落ち着いたかように見えたが、耳がとても赤くなっていた。
「ご、ごめんなさい。つい勢いが余ってしまって……」
「い、いえ。大丈夫です。」
恥ずかしそうに真っ赤になった顔を伏せているアメリアに、大丈夫と言いながらも先程のアメリアの勢いにびっくりして未だに口元が引きつっているオリヴィア。
そんな二人を見ていたライラはつい堪えきれず笑ってしまった。
「ぷっ、ふふふ、あはははははは」
突然笑いだしたライラに、オリヴィアは怪訝な顔を見せる。アメリアも自分が笑われているのかと思いさらに肩を縮こませながらライラの方を見る。
ひとしきり笑い、目にはうっすら涙を浮かべたライラは目元を拭い落ち着くように自分の胸に手を当て一つ息を吐いた。
「はぁ、おもしろい。貴方達って正反対のようだけど意外と似てるのかもね」
いきなり意味の分からないことを言い出したライラにアメリアとオリヴィアの二人は同時に首を傾げる。
「いえ、似てはいないと思いますが……」
……ライラ様も見誤ることがあるのね。アメリアは私に対しては常にどこか萎縮しているせいでこんな感じだけど、本来は天真爛漫な性格で私とは似ても似つかない。それこそ正反対と言える。
「わ、私なんかがオリヴィアさんと似てるだなんて……」
アメリアも私の前だから言い方に謙遜こそ入っているけれど、私と意見は同じらしい。というか、冷鉄の人形なんて呼ばれてる私と似てるなんて普通は否定したいわよね。ここで嫌な顔を見せなかったのは日々のマナーレッスンの賜物ね。
「こういうのは周りの方が気づきやすいものよ。それに私が言うんだから間違いないわ」
「はぁ…」
ライラ様にそこまで言われてしまうと強く否定することもできないので生返事しか出来なかった。
アメリアもあまり分かって無さそうな顔をしていた。
「話を戻すけど、オリヴィアちゃんは普段休みの日は何してるの?」
「休みの日…ですか?」
休みの日の話なんてしてなかったわよね?
話を戻すなんて言うからリーヴェル様の本の事か、ルーカス様の話かと思ったけどそのどちらでもなかった。
休みの日…と言われても……
「えぇ、だってルーカスともさほど会ってないらしいし娯楽書も読まないのよね?オリヴィアちゃん友人とかは……あー、いえ」
「気にしないでください。そうですね……。最近はアメリアのレッスンばかりですけど、それ以前やレッスンがない時は基本的に学術の予習復習をして過ごしていますね、時間に余裕がある日はダンスをして体を動かしたり孤児院に卸す用の刺繍をしたり…ですね。」
ライラ様が友人と言ったところで口ごもった理由は流石に察しがつく。私が周りからどう呼ばれてるかなんて情報通なライラ様の耳には当然届いているだろうし今更そこは何も気にしていない。それに最近は図書館に行って色んな本を読んでいるけど、本の内容や読んでる理由を聞かれても困るので、そこもあえて言う必要は無い。
「「え………………」」
しかし、私の言ったことがおかしかったのかライラ様とアメリアの二人の動きがピタリと止まる。
「…………えーっと…それだけ?」
「大まかにはですけど。」
もちろんこれ以外にもしていることはあるけど、基本的な私の休日の過ごし方だとその三つくらいだ。たまにお茶を飲みながらゆっくりすることもあるけど、あれはどちらかと言うと勉強の合間の休憩のようなものなので今回は割愛させてもらった。
「もっとこう…出かけたりとか趣味を楽しんだりとかそういうのはないの?」
「街にはもう何年も降りてないですし、趣味とかは特にないので……」
「そう言えばオリヴィアさんってアクセサリーとかも付けないですよね。買い物に行きたいとか思わないんですか?」
「必要な分は持っていますから。普段から着ける必要はないですし、派手ですからね」
「ルーカスと出掛けたりしないの?一応は婚約者でしょ?」
「小さい頃は遊んでいましたけど、レッスン等が始まってからは……」
ライラ様とアメリアによる質問に答えていくと段々と二人の雰囲気が変わっていく。
「…ちょっとルーカスとは話す必要がありそうね」
「休みの日も、ずっと勉強……」
私の休みの日の過ごし方に驚愕するアメリアに、なんだか怒ってるように見えるライラ様。別に私の休みの過ごし方にルーカス様と話すことなんてないと思うのだけど……と言うかそんなに私の休みの過ごし方がおかしいのかしら。
「あの、私の休みはそんなに変でしたか?」
「うーん、変ではないけど……それは休みなのかしら?」
「私、そんなに勉強ばっかりは耐えられないです……」
「まぁ、慣れてますから」
いや、貴方は今のうちに勉強しないといけないでしょ。ルーカス様が担当しているのでアメリアの勉強具合がどれ程なのかは知らないけれど、足りているということはないはず。私が口を出すことではないのでわざわざ言ったりはしないけど。
「でも、どうしてそんなに頑張るの?将来はルーカスと結婚してアルベール家に入るんでしょ?お城で働くとか何かやりたいことでもあるの?」
「それは……」
心底不思議そうにライラ様が尋ねてくる。学院生なんだから勉強を頑張るのは当たり前、そう答えようとした時ふと疑問に思ってしまった。
果たしてそれは当たり前なのかしら……少なくとも私のクラスメイトが授業の合間に私のように予習をしている所を見た事はほとんどない。強いていえばテストの前くらい。目の前にいる二人も今の反応からしてそこまで勉強を頑張っているわけではない。
改めて考えると私は一体何のためにあんな必死に勉強しているのかしら……?
「わたしは…………」
そこまで言いかけた所で部屋の扉が急に開き、見知った顔の男性三人が部屋に入ってきた。
「あれ?」
「なんだ、使ってたのか?」
部屋に入ってきたのは生徒会長のリーヴェル様と同じく生徒会のユーベル様そして……
「アメリアとライラに………………オリヴィア?」
「ルーカス様………」
約一ヶ月ぶりの…八つ当たりをして以来の婚約者との気まづい対面の瞬間だった。
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