13
柔らかな朝日が差し込む静かな図書館にて一人、本を捲るオリヴィア。
最近は、学院に登校したあとは教室に行かないで図書館を利用することが多かった。当然、見るものは平民落ちした時に生くために必要そうな知識の載った本を選んでいて、今日は家庭菜園の本を読んでいた。
「種類を選べば意外と簡単にできそうね。でも種はどこで買えるのかしら?」
「それなら商会に行くか、野菜売りから野菜を買って中の種を取るかじゃない?」
「.......っ!!」
オリヴィアには独り言のつもりだったのに後ろから急に話しかけられたため驚いて肩が跳ね、一瞬体が固まってしまった。
座ったままゆっくり後ろを振り向くと、欠伸で大きく開いた口を手で押えているジョルジュが口を抑えている手の反対の手を振りながら立っていた。
「ふぁ、おはよ。シーちゃん」
「いきなり後ろから話しかけないでください、ジョルジュ。.......おはようございます。」
驚かされた仕返しに少しだけ睨みつけるが、ジョルジュは気にした様子もなくわざわざ私が座っているテーブルの向かい側に座るとテーブルの上にだらりと体を預ける。
「だらしないですよ。上着のボタンも閉めてませんし」
「だって朝早くて眠いんだもん」
「それなら今から授業が始まるまで休憩室にでも行って仮眠する事をおすすめします。」
大体、そんなに眠いならわざわざこんな早くに登校しなければいいものを。
「えー、それじゃあ早く来た意味ないじゃん。ふぁ」
大きな目を薄めて繰り返し欠伸をする彼の姿に、この本で頭でも叩けば目も覚めるんじゃないかしら?なんて思いはしたもののさすがに辞めておいた。そんなことをすれば本が傷んでしまう。
「そんな事より野菜育てたいの?」
人がせっかくアドバイスをしたと言うのにまるで聞いていないように話を替えてくる。
あの初対面の日以来、何故かこの後輩は度々この図書館を訪れるようになった。私が来るのは日が出たばかりの早朝だと言うのに、先に来ていたり後から来たり。
私だって毎日来ている訳では無いのに、私が来る日には必ず現れる。どこかで監視でもされているのか、それとも毎日来ているのか.....なんて考えてしまうくらいだ。
かと言って私の邪魔をする訳でもなく、いつも彼はテーブルでぐったりしたり、時折今のように私の独り言に答えてくれたりもするのであまりおざなりにもできないでいる。そして、結局は今のようにポツポツと会話をするくらいになった。
「.......簡単にできるならしてみてもいいと思っただけです。」
「ふーん」
以外にもジョルジュは私の行動や疑問に対して理由を聞いてくることはなく、あまり踏み込んだ話もしてこない。おかげで辺に隠す必要もなく話はしやすかった。
「それにしても、本当に本が好きだよね。そんな毎日読んでて頭痛くならないの?」
「読書は好きですからね。どちらかと言えば貴方のそのだらしなさを見せられているせいで頭痛はしそうですけど」
「俺に興味津々だね」
こういう嫌味も通じないところも、もう慣れた。
一々相手にしていたら本当に頭が痛くなりそうなので、溜息を着いて手元の本へと視線を戻す。
本には様々な種類の野菜の育て方が載っていた。見た事のない野菜も多く乗っていたけど、それらは総じて栽培難易度が高そうだったので基本的には見知った野菜の載ったページを見ている。
ぱらぱらと本を捲っているといつの間にか野菜からハーブへと種類が変わっていた。いくつか知っているものがあり目を通すと、これまたかなり簡単に増やすことができるらしい。増え過ぎて困ることもあるとまで書かれていたりする。
余裕があればハーブ系なんかも育ててもいいかもしれない。なんて考えているとジョルジが少しだけ体を起こしてほんを覗き込んでくる。
「そういうの今なんか流行ってるよね」
「そうなんですか?」
「あれ、知らない?学院の女の子達とかが言ってたけど街でハーブを使ったお菓子が今人気なんだって」
なるほど、たしかにこの本の通りなら簡単に増えて原価もかからず平民でも楽しめるだろうし、香りもいいから見た目さえ凝れば貴族の女子も好みそうだ。
街に行ったことはおろか、アメリア以外の教室の人と話したことがない私には知る由もないけど。
「そうなんですね。機会があれば食べてみてもいいかもしれませんね。」
平民落ちした後に食べてみるのもいいかもしれない、なんて考えながら再び本に視線を戻したため、じっとこちらを見つめるジョルジュの視線にオリヴィアが気づくことは出来なかった。
◈
授業も昼前には終わり、アメリアのダンスのレッスンをしていると扉をノックする音が聞こえてきた。
アメリアに休憩を伝えてから「どうぞ」と言うと、開いた扉から現れたのはライラ様だった。
生徒会の一人にして、シュバリエ侯爵家の長女でもあり十八歳にも関わらずラール商会の代表までしているお方だ。
そんな方がここに来た理由と言えば、アメリアよね?
「お邪魔しちゃってごめんなさいね。」
「いえ、ちょうど休憩だったので気にしないでください。今お茶を用意しますのであちらで座ってお待ちください。」
座るアメリアの対面する位置にあるソファに案内して、お茶を入れに行こうとした時ライラ様から待ったがかかった。
「今日は二人をお茶会に誘いに来たの。もうサロンも借りてるから早速行きましょ」
「お茶会ですか...」
「い、今からですか?」
私とアメリアの言葉が重なる。どうやらアメリアも聞いてなかったらしい。まぁ、聞いていたらレッスン中に教えてくれたはずよね。
「えぇ。取り敢えず話はお菓子でも食べながらするから先にサロンに行くわよ」
ライラ様はほらほらと、こちらを急かすように手を叩く。足早に進む展開にアメリアと私は若干の戸惑いを隠しきれないまま部屋を出る準備を始める。
今日はまだ本格的に動いてなかったお陰でそこまで汗はかいていないけど、動きやすい服装に着替えていたので学院の制服に着替え直す。
「それじゃあ行きましょうか」
そう言ったライラ様に連れてこられた部屋は高位貴族のみが使うことのできる大きな部屋だった。
部屋の至る所に高そうな調度品が置かれているため煌びやかで、その上で上品さを感じさせられる内装に少しばかり気圧されてしまいそうになる。
壁際にある壺なんて見るからに高級品そうだわ...。もはやサロンと言うより展示場って感じね
そんなオリヴィアを置いてライラは部屋の中にあるこれまた高級そうなカップにお茶を注ぎ、窓際にある円形のテーブルに並べていく。アメリアも勝手知ったるように棚からお菓子を用意している。
「あ、申し訳ございません。二人に準備をさせてしまって...........。」
我に返ったオリヴィアは慌てて謝罪するが、当の二人は気にした素振りもなくそれを許す。
「大丈夫です。オリヴィアさんにはいつも用意してもらってばっかりだったので」
「そうそう、気にしないで。私から誘ったんだからこれくらいさせてちょうだい。さ、準備もできたし始めましょ」
「...ありがとうございます」
先に座る二人にお礼を言い、オリヴィアも用意されたカップの前に座る。
淹れてもらった紅茶を飲み、喉を潤してから話に入る。
「それで、本日はどうして私たちを?」
商会を取り仕切っているだけあって、ライラ様の交渉力はかなりの物だと学院生だけでなく貴族社会でも有名。そんな方に呼ばれたと思うと、改めて緊張の糸が張り詰めていく。
「そんなに固くならないで。ほら、オリヴィアちゃんが生徒会になってから、まだ喋ったこと無かったじゃない?リーヴェルに色々頼まれたせいで忙しいみたいでなかなか会う機会もなかったし」
そんな私の心情とは裏腹にライラ様は手を軽く振りながらあっけからんとしている。
たしかに、アメリアのレッスンが始まってからは自分の勉強、将来のことを考えたりであまりこんな風にゆっくりお茶を飲む時間はなかったような気がする。
それこそ最後にのんびりとした時間を過ごしたのは、アメリアが私の部屋に訪れる直前だったような?
「もしかして、お茶会とか苦手だった?だとしたら、ごめんなさいね。貴方とは前々から一度話してみたかったの」
「い、いえ。苦手という程ではないので気にしないでください。むしろ、ライラ様から誘っていただいて光栄に思います。」
「もう、そんなおべっかは言わなくていいわ。ここには私たちしかいないんだから楽にして頂戴。」
「は、はぁ」
楽に、と言われてもこうやって同い歳くらいの人とお茶会をする機会なんてここ何年もなかったことだからどんな風にするものか分からない。
まだ、七歳位の時は他家の子供と遊んだりしていたけどそれもいつの間にか無くなっていた。それこそルーカス様との月一のお茶会をしていたくらいでそこでも最低限の会話しか無かったため、女の子同士でする話は正直よく分からない。
「ほら私って、侯爵家の娘で商会長もやってるじゃない?この国の中でも結構パイプを持っているほうなの」
ライラ様が急にテーブルに肘を乗せ頬杖を着いて姿勢を崩す。
「でもそのせいで色んな人が擦り寄ってくるのよ。ほんとうんざりするくらいにね。まぁ、そういう輩はそれはそれで利用価値があるからいいのだけど、仲良くしようとは思わないじゃない?だから貴方達と仲良くなりたいと思ってたの。」
言いたいことは分かる。ライラ様ほどになれば打算あり気で近づいてくる人もさぞ多い事だろう。しかし、それと私達と仲良くなりたいというのは繋がらない。アメリアと仲良くなりたいと言うなら将来のことを考えれば理解できる。しかし私は?貴族としては落ち目で、友人関係も少なくライラ様にとって利が無さすぎる。それこそ立場で考えるなら私は擦り寄る側だ。
「.......ミス・アメリアと仲良くしておきたいと言うのは分かりますが、私は別に...」
そこまで言ったところで、カップを持っていた手にライラ様の手が重なる。
「そんなに深く考えないで。私だってなんとなく話してみたいと思ってただけだから。それとも私と仲良くなるのは嫌だった?」
「い、いえ。そんな...とんでもないです。」
「じゃあこれからもたまにこうしてお茶に誘っていいかしら?」
「.....はい」
私の返事にとてもいい笑顔をするライラ様にしてやられた感はあるけれど、もとより爵位も実質は上で交渉の天才とまで言われてるライラ様相手に無理と言えるわけもなく、渋々今後もお茶会をすることになってしまった。
リーヴェル様といいライラ様といい、一体私に何を期待しているのかしら。
そこからは、今まで静かにお菓子を食べていたアメリアも交えて最近のことを話した。主にライラ様に擦り寄ってくる男に対しての愚痴や、アメリアの学習の進み具合についてだったけど。
それから私はアメリアから思わぬ頼みをされた。
「オリヴィアさん、私の事は今後は是非アメリアと呼び捨てで呼んでください」
「えっと、それは………」
今は身分を公にしていない為、会えて様は付けずに敬称だけにしていたけどさすがに未来の王女様を呼び捨てにするのは………
「オリヴィアさんが言いたいことはわかってます。なので一先ずは学院を卒業するまでで構いませんから!」
「それなら……、わかりました。今後はそう呼ばせて頂きますね、アメリア。」
一先ず、という所が引っかかるけど私の場合卒業を待たずに今年いっぱいで彼女らと会うことはなくなると考えれば、別にいいか……と軽く考え了承すると、アメリアが思っていた以上に喜んだ顔をするので少しだけこっちまで恥ずかしくなってしまった。
少しだけ赤くなった気のする頬を隠すように紅茶を飲むと、目の前に座るライラ様がにんまりと笑った顔でこちらを見ていた。
「んーん、二人とも可愛いなって」
揶揄うようにこちらを見ているライラ様に、何を言い返しても無駄だとさっきの今で悟った私は聞こえないかったふりをして無視を決め込む。そんな私の意思が伝わったのかライラ様もこれ以上追撃はしてこない。
しかし、その後にライラ様の口から出てきた名前にオリヴィアの凪いでいた心が一瞬波を立てる。
「そういえば、アメリアちゃんのダンスやマナーなんかはオリヴィアちゃんが教えてるのは聞いたけど、ルーカスからは何を習ってるの?」
「えっと、ルーカスさんからは王国の歴史と経営学に、共和国語を習ってます。それからこの前はダンスの上達具合を見たいと言われたので少しだけダンスもしました。」
最初の三つは知っていたけど、ダンスの事は初耳だった。なんとなく、二人が体を密着させて踊る姿を想像してしまった。身長の高めなルーカス様と女の子らしく小柄なアメリア、濃淡の違いはあれど同じ金色の髪を持つ二人。さぞ絵になることだろう。
そういえば、夢の中で見ることはなかったけど私が婚約破棄を言い渡された三年生の卒業パーティでは毎年パートナーや気になってる方と踊ると聞いた事がある。
私が会場を追い出された後に踊ったのかしら?
ルーカス様の踊りを見てみたいという気持ちと二人が一緒に踊る姿を見たくないという矛盾した考えが浮かぶ。
本当に私ったら一貫性がないのね。
将来のことだって、今から動けば年上なら貴族の相手を探すこともできるのにそうする訳でもなく、かと言って平民としての生活を本で勉強こそすれど一度も街に降りたりはしていない。
こういう優柔不断な所もきっとルーカス様が私じゃなくてアメリアを選んだ理由よね、と考えているとちょっとだけ悲しくなってしまった。
「オリヴィアちゃん大丈夫?」
「あ、はい。すみません、少し考え事をしていました。」
何度か名前を呼ばれていたことに気づかず、自分の思考に浸かっていたことに反省しながら平気だと安心させるために笑顔で謝罪をしておく。
「そう?なら良かったわ。もし体調が悪い時は教えてね?」
「はい、お気遣いありがとうございます。」
お茶会が始まってかれこれもう1時間くらい経っていた。普通ならそろそろ疲れが出てお開きになるくらいの時間だけど、ライラ様が終始私たちを気遣ってくれていて意外と心地よい時間を過ごすことができている。アメリアもライラ様とは何度かお茶会をしているだけあって最初の方から割と慣れた感じだった。
ただ何故かそんなアメリアが今は、体を縮こませてて表情を曇らせていた。
いったいどうしたのかしら?
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