第五話 オークが好きだったあの頃
翌日、教室に入ると草壁の姿があった。部屋から出てちゃんと登校してきているようで、まず一安心。
しかしやっぱり、暗い。快調に元通りとはいかないようだ。
自分の席で背中を少し丸めて、ずっと溜息をついている。昨日までの腋毛アピールと真逆のテンションの低さ。クラスメイトたちが不思議そうにしている。俺は理由もわかるから話しかけづらい。
結局休み時間の会話も、一緒に飯食うこともなく放課後を迎えた。
「おい、帰るか?」
俺は見かねて、草壁に声をかけた。
昨日の早退、引きこもりから今、どういう精神状況になって、どんな返事が返ってくるのだろう。
「腋毛とはなにか……ファッション……自分探し……個性……他人との差異……」
ぶつぶつ呟いてる。怖すぎだろ。
「ループ……世界……輪廻……救い……神……」
やべー方向に行ってるお経を聞きながら俺達は学校を出て、通学路を歩き、駅についた。分かれるタイミングだ。
「まあなんとかなるって! じゃあな!」
「今日は私、こっちに用がある」
テキトーに励まして別れようとしたら、俺の後を着いてきた。初めてのことだ。
「用事ってなんだ?」
「ちょっとね」
そんなことを言いつつ共に電車に乗る。会話はない。黙ったままガタゴト揺られる。
そして数駅で下車。俺の家の最寄り駅だ。草壁もついてきた。どうやら同じ駅に用があるらしい。
駅前だけ栄えているような典型的なザコ駅。そこを歩く。草壁もついてきた。どうやら同じ方向に用があるらしい。
寄り道せず5分ほど歩いたところでマンションが目の前に。入り口にオートロックとかあるが古びた雰囲気。俺の家だ。そこに入る。草壁もついてきた。どうやら同じマンションに用があるらしい。
狭いエレベーターを降りる。草壁もついてきた。どうやら同じ階に用が……
「ついてきすぎだろ!」
しびれをきらして、俺はつっこんだ。
「私もこっちだから」
「こっちはもう俺の家しかないからな。なんだ。俺の家に来たいのか?」
「え、いいの?」
「意外そうな顔して聞くな。なんで来たいんだ?」
草壁は少し考えて、口を開いた。
「世界の真実を知りたいから」
「そんなものは俺の家にはない」
「あなたが私の家に来たんだから私も行って良いに決まってる」
勝手にキレてるし。
仕方ない。草壁から本気のオーラが漂ってる。俺は鍵を回して、家のドアを開けた。
「おかえり、あら」
家に入ると、俺の母親が顔をのぞかせた。俺を女体化してシワを加えたような顔だ。草壁を見て、驚きつつ笑みをたたえる。
「お友達?」
「草壁と申します。突然で申し訳ありませんが、お邪魔します」
草壁は脱いだ革靴をピシっと揃えて、ハキハキと挨拶をした。ちゃんと正気はあったようだ。そういや一応、完璧とか呼ばれてた人だった。
「これ、つまらないものですが」
鞄から高級そうな箱を取り出した。最初から俺の家来る気満々のようだった。昨日の俺のように、ネタを仕込んできている。
「あらありがとう。気がきく子ね。なにかしら」
「外側に大量の砂糖が塗ってあるバームクーヘンです」
完璧な手土産だ。バームクーヘンって結局、外側に大量に塗ってある砂糖が美味いんだよな。
……で、なにしにきたんだこいつ。
「俺の部屋は丸まったティッシュとか毛とか落ちてるから、入れたくないんだよな」
俺は粘る。断固拒否の構えだ。
「構わない。お母様とお話させていただく」
草壁はあっさり引いた。それはそれで嫌だな。
「お母様、私、無藤君のことが知りたいんです。しかし彼はなにを考えてるのかよくわかりません。だから教えていただきたいのです。なにか、子どもの頃のエピソードとか教えていただけないですか?」
なんかゾワッとする質問だ。俺は聞きたくないが、母親は話し始めていた。
「うーん、私にもよくわからないのよね。産まれた時にお医者さんにも、なにを考えてるかよくわからない男の子ですよって言われたし」
「元気な男の子以外に言われることあるんですか?」
「あとはそうねえ……昔からずっと逆張りが多かったわね」
子どもに嫌な表現すんな。
「アンパンマンよりバイキンマンの方が好きだったし、ウルトラマンよりバルタン星人の方が好きだったし、女騎士よりオークの方が好きだったわ」
「最後は逆張りなのか?」
「子どもになにを見せてるんですか」
草壁の表情が、困惑で曇って行くのがわかる。
「だから続きは君の目で確かめてみてね」
使えない攻略本かよ。
「は、はい……ありがとうございました」
草壁の顔に、この親も会話が通じないのかという失望が浮かんでいる気がする。
その後も無駄な話をして、時間が過ぎていった。
「草壁さん、夕飯食べていく? 今日はほうれん草の丸焼きなんだけど」
「いえお構いなく。切った方がいいと思います……最後にお伺いしたいのですけど」
草壁は少し躊躇った様子で、口を開いた。
「腋毛とファッションって同じなのでしょうか」
そんなこと俺の親に聞いてどうするんだ。
「うーん、そうねえ」
母親は悩んであごに手を当てて言う。
「部分的にそう」
アキネイターみたいな答えやめろ。
「では本当の自分ってどこにあると思います?」
「だから人の親に聞くなそんなもん」
母親は少し困った表情を浮かべたあと、言う。
「そういう難しいことは、とりあえず処女喪失してから考えればいいと思うわ」
「息子の女友達に処女喪失とか言うなよ。普通に、常識ある人間として」
「なるほど、ありがとうございます。それでは、お邪魔しました」
帰る時間になった。玄関で靴を履き替えて、草壁が家の扉を開けて、外に出る。
「また来てね」
「あんまり真に受けるなよ。じゃあな」
別れを告げる。草壁を見送って俺は一息つく。
急襲だったがなんとか乗り切った。部屋にも入られなかったし。
隣で母親が笑顔を浮かべている。めんどいこと言われそうだ。
「彼女、精神不安定で厄介なこだわりを抱え込んでそうだけどいい子ね。離しちゃダメよ」
「見抜いてる感出すのやめろ」
まあでも、いいか。
とりあえず安心した。元気そうだったからだ。
変なことに悩んで変な行動をするのは、いつも通りだろう。そんな草壁が戻ってきたとも言える。
これからはまた日常だって、希望的観測があった。
しかし、そんなことはなかった。




