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#30 7転び8回目ダッシュ

長らくお待たせしました。

きっちり完結に向けて書いて行きますので、どうかお付き合いお願いします。

「リリィさんは、生きてるよ」


ぼろぼろの身体に投げかけられた一言。

表情は見えなかった。


「うんうん、銀髪で、胸が大っきくて、可愛いくて」


懐かしむように。噛みしめるように。


「それでもって、兄ちゃんを大好きな人。戦うことが解除キーだったのかな。流石お母さん、お見通しだったか」


振り返る。

淋しそうに。嬉しそうに。


「……どうする?兄ちゃん」


「決まってんだろ」


助かった。

余計なプライドも、意地も。

全部全部、粉々だ。

だから、もう。

俺は自由だ。


「………強くなる。もう、誰も泣かなくていいように」


この夜空に誓おう。

弱さを知った。小ささを知った。

今いる場所が最下層だ。


「どこまでも登る。星に手が届くまで」


花が咲くように、麻里鐘は笑った。銀次が1番好きな表情だった。


「………悪かったな、いろいろ心配させた、本当に」


「ううん。戻ってきてくれたから、いいよ」


「なんだそりゃーーーむぐ」


変な言い回しだと思った。

麻里鐘の手が頬に触れた。近付いて、唇が触れる。

抵抗も反抗もしない。彼女が離れるまで、その柔らかな感触に身を預け続けていた。


日が昇って、太陽の光が差した。




■□■□■□■□■□



武藤銀次が二週間ぶりに登校してきたという話は、学習院高等部の中ではそこそこのニュースになった。

もともとやることなすこと全てが派手な男である。肯定派と否定派に限らず関わりのある人間は学内では過激派。好き嫌いというよりは興味のあるなしで捉える人間の方が多いのだ。

なんとなく校内がざわつくなか、渦中の銀次は説明に追われていた。


「いやーこの度は多大なご迷惑をおかけしました」


と、ぺこりと頭を下げるが周囲が落ち着く様子は無い。

無理もない。銀次の不死を知る人間がほとんどである故に、たかだか事故でここまで長く意識を失っていたという話は彼等にとっては胡散臭いものでしかないからだ。

加えて、ぼろぼろの身なりを隠すでもなく、浅間香月が大した反応もしないことが不信感を一層掻き立てた。


「マジで事故だったのか?」

「病か?病なのか?」

「なんか痩せた?」

「もうちょっと長くお勤めしたっていいんだぞ」


「服役してたわけじゃねえよ」


矢継ぎ早に繰り出される質問に銀次も疲労の色を隠せない。問う方もわらわらと後を絶たない。


「なんでそんなぼろぼろなんだよ?」


「あー……説教の後だ」


妹にブチのめされました、なんて流石に言えない。面倒臭がって家に帰って着替えなかったことを少し後悔した。


「………ああ、武藤のとこの母ちゃんか」


「それじゃ仕方ないか」


「よく生きてたな、銀次」


「人の母親をなんだと思ってんだお前ら……」


Mr.アンデッドこと不死者を相手によく生きてたなど今更冗談にもならない。勝手な方向に理解が及んでいるが、しかし訂正する気にはならない。もともとでっち上げなのだから仕方ない、矛盾点もあれば不可解な点もある。どうか誰も気付かないように祈るしかない。これ以上不信感を与えても意味はないだろう。

もとより最低限の弁解しかするつもりはないのだが、それにしてもよく話に食いつく連中だと目頭を押さえる。

しかし、いつまでもこうしてはいられない。もっと他にやるべきことがある。そろそろ帰らねばと、銀次が言おうとした瞬間、


「………いい加減にしなさい」


代わりに、それまで黙っていた盟夜紗江が口を開いた。いつものキツそうな印象を与える目つきと、通常からは考えられなさそうなほど不機嫌な表情。


「………なんか言うことは」


「…………すんませんした!」


下座った。土下座した。

だって怖かったんだもの。隊長だからといってなんでも許されるわけではない。むしろ発言権という意味では彼女の方が大きな力を持っていたりする。

銀次が何も考えず床を見つめていると、かつかつと彼女の足音が近づいてきて、


「ーーーー?」


不思議に思って少し顔を上げた銀次の前に、へたりと力なく座り込んだ。


「……メイ?」


「心配した」


「は?」


「心配した。私も、心配した、あんたのこと」


髪に隠れて表情は見えない。うつむいて、絞り出すように言ったそれを銀次は聞き取った。


「私も心配したもん。香月だけじゃないもん」


「………そうだな、悪かった」


「反省して」


「すまん」


再び平謝りするしかなかった。こんなところにも自分を心配してくれる人がいるというのに、また素通りするところだった。べしべしと後頭部を叩かれながら謝罪し続けた。


「また無理したんでしょ」


「返す言葉もありません」


「………これからも、するの?」


「かもしれん」


でも、と。真っ直ぐに見て、


「無理はする。けど、無茶はしない」


紗江の表情が変わった。奇妙なものを見つめるような、珍しいものでも見たような、そんな表情。

そしてなぜか、直後に不機嫌そうな顔に変わった。


「…………女でしょ」


「おん?」


「女の子絡みなんでしょ、そんな感じする」


「ハハハッ」


全力で誤魔化した。

しかし鋭い勘だ。リリィに関する記憶はないはずなのだが、どこからそんな気配を察するのだろう。思わず香月の方を見る。なかなかに慌てていらっしゃる。仮に自分が完璧な対応をしてもこっちを見たら誰でも察するのではなかろうか。

そして見ていた有人が呆れたように、


「なんだ銀次オメーこんなに居てまだ手出すのか。なかなか業の深い奴だな」


「人聞き悪いこと言うんじゃねーよ!」


そして手を出したことなどない……多分。出せるものなら出したいです。手以外も。

そんな下ネタは置いといて、


「……まあいい。そんで、本題にはいる」


「本題?」


「おう」


ざわざわとしていた教室が静まった。有人も紗江も、香月すらも黙って銀次の言葉を待った。


「俺休学するわ」


『………はあ?!』


その場にいた全員分の声がはもった。が、銀次はうるさいと言わんばかりに 、


「なぜ驚く」


「なぜじゃねーよ!唐突すぎるわ!」


「唐突って…………いや、それもそうか」


思い返せば事情を知ってるのは自分と香月ばかりで、その他は誰も知らないのだ。二週間も休み、来たと思えばまた休学。驚くのも当然だ。

しかしだ。リリィに関する旨を伝えるには時間が掛かる。面倒でもあるし、何よりここ最近の事故事件がリリィに関するものだとしれてしまうと、彼女が戻ってきたとしても罪悪感を目覚めさせてしまうかもしれない。彼女に関しては生きていることしかわかっていないが、銀次としては絶対に助けたい。胸に見えない穴が空くのは、もう勘弁だ。


「……忘れ物をしたんだ」


「忘れ物?」


「ああ、大事なもんを忘れてた」


だから、取り返しに行く。

それは言葉に出さなかった。有人はピンと来たようだ。


「どのくらい掛かりそうだ?」


「わからん。こっちが無事ですむ保証もない」


「そうか。出来るだけ早く帰って来いよ」


「了解。迷惑かける」


「いつも掛けてるのはこっちだ。気にすんな」


「おう」


それじゃ、と銀次が帰ろうとしたところで再び声がかかる。


「いやいやいやちょっと待て」


「なんだ車山。うるせえぞ」


「うるせえぞ、じゃねえよ! お前に目通して貰わなきゃならない書類が山ほど溜まってんだよ!」


車山と呼ばれた生徒は声を荒げて銀次に向かい合う。短く刈り揃えられた髪が特徴的で、鋭い目付きと相いまってクールな印象を与える。が、中身がそうクールでもないことはちょっと付き合いのある人間ならみんな知っていた。


「難民の移転計画だってあるし、出島の処理だってあんだぞ!」


「あーそういや……」


出島、というのは櫂渚梁と戦った浮島のことである。そして難民と周辺地域と比べてもかなり安全地域である針川へと避難してきた人々のことである。

銀次が街の統治に関わって以来、徹底した住民管理を行ってきた。治安に関する問題である以上、浅はかな考えでは行動できないし、かと言って時間をかけてよいものでもない。

リリィと出会う前までずっと忙しかったのはこのあたりの問題に取り組んでいたからだ。


「それだけじゃねぇ、廃ビルだってどうにかしなきゃなんねえし………」


「あーハイハイストップ」


「おふぅ!なにすんだ!?」


ヒートアップしてきた車山を有人が諌める。不本意な表情を浮かべ、車山は有人に向き直った。

有人はぼりぼりと頭を掻いて、まあと切り出した。


「落ち着けって。久々に来たのにそんなガミガミ言うこともねぇだろ」


「んなこと言ったって……」


「それによ」


いつものおちゃらけた雰囲気が変わった。スッと目が細くなり、眼光が鋭さを帯びた。


「いつも隊長隊長って頼ってばっかなのに、こんな時にもまたお願いしますなんてちょっと頼り過ぎじゃねーか?」


「そりゃそうだけどよ……」


「この街が住みやすくなったのだってこいつが頑張ったからだろ。俺らはただ言われた通りやっただけで、表立って悪評被ったのも銀次だ。そんだけ恩があって、これ以上何を要求するよ?」


「……………」


有人の言葉に、車山だけでなくその周囲の人間も黙り込む。な?と有人は真剣な表情のまま呼びかけた。

それぞれが思い出した過去は異なるが、ほとんどか良くないものであることは共通だ。

異能を持たぬものが蔑まれ、秩序の崩壊した街。腐敗を強引に排する銀次のやり方は絶大な効果を生み、同時に倫理の欠如した手法が武藤銀次という人間に対する恐怖と不信感を生み出した。

それでも、自分たちが救われたのが事実。


「お前ばっか悪者にして悪いな。でもさ、俺らでもやれることあるだろ。今まで頼った分、ちょっとでも返していこうぜ?」


思わぬ言葉に、銀次は胸を打たれた。今までしてきたことが、他人に感謝されているのだと、ようやく実感できたのだ。


「………なんか変なもんでも食ったろ、お前」


「馬鹿野郎、いつでも真面目だぜ俺ァ」


果たしてそんなときがあっただろうか。思うが、口に出す気にはならない。今の瞬間には感謝しかない。


「悪いが、もう少し空ける」


「おう、わかった」


「すまん、頼む。車山も」


「……いや、俺が悪かった」


「んなこたない。みんなも頼んだ」


銀次はぺこりと頭を下げた。それぞれから思い思いの言葉を投げかけらる。

少し複雑な気分だが、悪くなかった。


「行こう香月」


「うんっ!」


「……と、悪い有人。メイも借りる」


「あたし?」


紗江は突然の指名に驚き、きょとんと銀次を見返した。つい語尾も疑問形になる。が、思い返したように目を逸らして、


「……なんか用?」


「実は人手が足りないんだ」


「人手?」


「端的に言うと、俺を助けて欲しい。お前の力が必要なんだ」


あまりの驚きに、紗江は言葉を失った。

武藤銀次は弱音を吐かない。助けてくれなど、地球が半分になっても聞くことはできないだろうと思っていた。

やはり変わったのだ。何が原因で、こんなにも変わったのだろう。そう思いはするものの、全く気にならない。

初めて銀次に頼られた。その方がずっとずっと嬉しかった。ニヤつきそうな顔を抑えるので必死だった。


「だめか?」


「……そ、そこまで言うなら」


「よっしゃ頼んだ。じゃあ行こう」


そう言って、銀次は二人を連れながら教室を出る。左手を香月と繋ぎ、右手を紗江に差し出す。

その表情は初めて見るものだった。香月にとっても、紗江にとっても。何処かに闇を抱えたいつもとは全く違う。どこまでも晴れ晴れしく、自信を感じさせる。

銀次の背中の後ろで、香月は紗江と目が合った。思わず苦笑する。

わたしのおかげじゃないよ。

リリィちゃんのおかげ。まだ、どうなるかわかんないけど。

大きな背中だった。それが悔しくて、でも嬉しくて。

わたしもがんばるよ。銀次と、リリィちゃんのために。


決意した少年と少女。

ここから、進んでいこう。

何度転んでも、諦めず、折れずに。

あの笑顔を取り戻すために。


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