#29 違和の直感
出会い頭に、胴をフルスイングされた。
そしてその十倍優しく抱きしめられた。
「兄ちゃんのばかああああああ!!」
「トロ……! マヌケ………!」
「悪りぃ、迷惑かけたよ」
「うわあああああああ!!」
「アイ、レイド、クラウン……!」
「ちょっと蒼音ちゃんそれ黒魔術。使ったら捕まるから」
「うわあああああん!」
「うるせえ! あとでなんでもしてやるから黙ってろ!」
「本当だな兄ちゃん!?」
「ピタッと止まりやがった!」
結論。
女は泣かせると厄介。
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「それでは」
「「「「いただきます」」」」
楓の声に合わせて挨拶をする。家族5人が銀次、香月、楓、麻理鐘、蒼音の順にテーブルを囲っていた。
夕食の時間だ。先ほどおにぎりを食べたが、それだけで銀次の腹は埋まらなかった。
赤い目をこすりながら麻理鐘が、
「家族揃って食べるのも、久しぶりだね」
「……実に2週間ぶり」
「悪かった、悪かったからもう泣くな。ほれ」
とりあえず唐揚げを掴み、麻理鐘の口元に持っていく。彼女は少し迷って、小ぶりな唇を開き控えめに噛り付いた。
「むぐーーー今回だけだからね、誤魔化されてあげるのは!」
「銀兄、次、私………」
「はいはい」
要求に応えて、今度はエビチリを蒼音に与える。小柄な体躯に似合わず、彼女は辛いものが好物だった。
もにゅもにゅと唇を動かし、味に満足したのか、彼女は表情をほころばせた。実際、料理は今まで食べたものの中でも特に美味いと感じた。
「………おいしい」
「そうだな。しかしそれにしてもすごい量だな」
テーブルの上に並べられた数々の料理に、銀次は素直に感嘆した。
「えへへ、久しぶりだからちょっと張り切っちゃった」
「過ぎる気も多少するけどな」
香月が料理が得意だということは知っていたが、彼女は時間の関係上朝食なのどの軽めのメニューを作ることがほとんどなのだ。こんなパーティーのような料理を作ることは滅多になく、まさかそれが起きてからの1、2時間はどで作られたなど、実際に目の前で見てなければいくら銀次といえど信じられなかっただろう。
「それにこのトマトなんかね、種から作ったんだよ」
「へーうまそうだな。冬に収穫できるってことは温室か?」
「ううん、外。品種改良したらね、寒さに強い品種を作れたの!」
「まさかの生物工学……え、お前専攻そっちだっけ?」
「独学!」
もはや声も出なかった。
針川の冬は全国で見ても相当な寒暑の差が激しい地区で、冬でマイナスを記録しない日は殆どない。雪にも耐えうるトマト。それは食べても大丈夫なのだろうか。
恐る恐る食べると、味は普通……よりも甘味があり、素直に美味いと思った。
「うん………不安になるくらいに美味い」
「えー?しっかり毒味してあるから大丈夫だよ?」
「毒味って言っちゃってんじゃん。麻理鐘も食うか?」
「え"!? あ、あたしいらない! 」
「そうか? 美味いんだけどなー、まあ無理にとは言わないけどさ」
「……銀兄、知らないの?」
「ちょうど二ヶ月前、でしたかね。痛ましい事件でした」
「何の話?」
二ヶ月前と言われても、銀次に思い当たる節はない。頭をひねっていると、麻理鐘は青ざめた表情で、
「うう、二ヶ月前にあたしが食べた時生命力強すぎて体内で繁殖しそうになったんだよ! 朝起きたら手から葉っぱ生えてたし!」
「それは麻理ちゃんが勝手につまみ食いするからいけないの!」
「………ちょっと吐き戻してくる」
「もう大丈夫だから!普通に食べれば消化されるから!」
「本当かよ……」
翌日起きたら植物と体が一体化しているなどホラー以外の何物でもない。本当に食べて良いものか、迂闊につまんだことを軽く後悔した。
とはいえ腹が空いていることに変わりはない。並べられた美味しそうな料理を我慢するなど、あり得なかった。
「まあ、つっても美味えよ、やっぱり」
「ほんと?」
「美味えし、なんか安心するし……やっぱお前が居ないとダメだなぁ、俺」
「えへへ、嬉しいなぁもう」
銀次の言葉に、香月は嬉しさを隠せずによによと笑う。緩みすぎなくらい、緩みまくっていた。
「……起き抜けにイチャつくのはどうかと思うよう、兄ちゃん」
「イチャついてねえよ」
「そうだよ〜イチャついてなんかないよ〜?」
「…………」
何も言うまい。3人は顔を見合わせて、こくりと頷いた。
それにしても、と銀次は話を切り出した。
「俺が寝てる間なんかあったか?」
「んー、特にこれといって大きなことはなかったかなぁ……?」
「あ、でも警備部隊が兄ちゃん居ないのをいいことに雪合戦やってた」
「夜間警備一週間分ぶち込んでやろうかクソ野郎どもめ…………まあいい。そうじゃなくて、ランク戦とか仕事とか、いろいろ雑務ほっぽってきたから」
外面に似合わず実はそこそこ優秀な銀次は、通常部隊と警察の代替組織である治安部隊の隊長を兼任している。名誉と権限が与えられる分、負わねばならない責任と責務は大きい。
実際、銀次は学校では寝る以外の時間を全てそういった仕事に回している。図らずも二週間という長い時間離れていたため、心配になるのは当然と言えた。
香月はうーんと唸りながら、
「仕事はねー、なんだかんだ言ってもみんなやってくれてたよ。雪合戦って言っても街の雪掻きとかした後だし、あ、でも書類とかちょっと溜まってるかも。できる限りやろうとしたんだけど、銀次じゃないとわからないのとかあって、ごめんね」
「いやいや、気持ちだけで嬉しいよ。ありがとな」
ぽんぽんと頭を撫でると、香月は表情をほころばせた。
それほど大きなことはなかったようで安心した。
あ、と唐突に思い出した。
「そういやメイは?あと有人。あいつらになんて言ってあるんだ?」
「紗江ちゃん?…………あっ」
「おい。なんか嫌な予感するんだけど」
彼女のことをすっかり忘れていた。友人である盟夜紗江と、ついでに遠藤有人。特に友好の強いこのふたりには事情をどう説明しているのだろうか。
だらだらと冷や汗をかいているらしい香月を横目で見ながら、楓がため息をついた。
「私が連絡しておきましたよ。学校へもです。だれもそんな余裕はなさそうでしたし、隠すのも失礼な話でしたので、本当のことを言いました」
「ありがとーお母さん。うっかりしてた……」
「いえ、まさか魔力の暴走事故に偶然巻き込まれるとは、誰も予想出来なかったでしょう」
「は………?」
数秒、言葉が理解出来なかった。真っ白な頭の中で、記憶がフラッシュバックする。
炎、鎖、爆発、そして、あの悍ましき異能。
魔力の暴走事故? いいや、違う。あれは戦闘だった。勝敗はともかく、互いの命を削りあった、殺し合いだった。
楓は先ほど、自分は本当のことを話したと言った。
疑問を超え不審に思った銀次は問おうとしたが、思考が先行して行動には移れなかった。
「でもびっくりだよ。あんな地脈も霊脈もないところで事故なんて」
「………前例がない」
「私も調査に同行したのですが、得られるものはありませんでした。占術に予知も効かないとは、なにか大きなことの予兆なのかも知れませんね」
「い、いやちょっと待ってくれよ」
狼狽えた声を出しながら、銀次は場を制止する。真意を訪ねたかった。だが、楓の鋭い眼光がそれを許さなかった。
銀次だけに向けられた強い殺気ーーーつまりは、警告だ。
なにも話すな、楓の目がそう言っていた。
「ーーーなんでも、ない」
「そうですか」
楓は静かに言って、箸を進め始めた。つられて銀次以外もそうした。
家族の笑い声が、遠くから、遠くから聞こえていた。
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「ちょっと外にでてくる」
銀次がそう言ったのは、夜の9時を回ってからだった。
風呂を済ませ後は寝るばかりにしていた香月と蒼音が寝室から顔だけをだしながら、不審そうに声をかけた。
「今から? もう夜だよ?」
「………夜遊び、良くない」
「そうじゃない、ちょっとその辺歩いてくるだけだよ。身体鈍ってるしな、まさかと思うがついてくるなよ」
「雪降ってるよ?」
「いつもの事だろ。いいから先に寝てろよ」
顔を見ないまま、銀次は上着も着ずに外に出て行った。
二人は顔を見合わせて、
「………銀兄、大丈夫かな……」
「何が?」
「……元気、無い。何か、隠してる……」
鋭い指摘に、香月の心がちくりと痛んだ。純粋に心配しているだけだった。だからこそ、何も言えなかった。
「なんで、そう思うの?」
「……銀兄は、寂しがり屋だから、いろいろ言っても、誰かと居たがる……でも、何かあると、ひとりになりたがる……」
「……そう、だね」
膝下にいる蒼音に、香月の表情はわからないだろう。わかってはいるが、香月はより強く蒼音を抱きしめ顔をうずめた。姉として、弱みを見せたくなかった。
銀次の消えた玄関を見ながら、蒼音が言った。
「月姉も、いっしょ………」
「そんなこと、ないよっ」
「……なら、銀兄のとこに行けばいい」
「うっ」
「……ね?」
やっぱり、自分はわかりやすいのだろうか。
年の離れた妹にさえ、読まれてしまう。
実際、事実だった。こういう時、香月は銀次の心より、そのプライドを優先してしまうのだ。
銀次に弱いところがあるのは、無論知っている。ただ、銀次はそれを知られているということを知らない。香月達がいつもの姿を、本当の姿だと信じていると思っているのだ。
だから、その銀次を支える立場としては、その通り知らないふりをするのが正しいのではないか。男性としての誇りを尊重するべきなのだろう。
いつかの言葉が、救いを遠ざけていることも知らない。
吐き出すように、香月は言った。
「ほんとは、銀次のとこ、行きたい」
「…うん」
「でも、だめ。銀次を傷つけちゃう。大丈夫だよって言いたいけど、そしたら、また、泣いちゃう」
何度、その涙を見ないようにしたか。
何度、言葉を飲み込んできたか。
何度、その代わりになろうと思ったことが。
だけど、それも。
銀次の方が辛いだろう、悲しいだろう。
そう言って、泣かずに過ごした。
応える蒼音の声は優しく、
「……月姉は、いいお嫁さんになる」
「なれないよ、あんな困ってる銀次の、なんの力にもなれないんだもん」
その通り、慰めにしか聞こえなかった。
自分がもっとしっかりしていれば。銀次の支えになれれば。銀次より強ければ。背負ったものを壊せたら。涙をふければ。
愛していると、素直に言えれば。
その後悔を、蒼音が砕いた。
「……なれるよ、だって、お母さん、言ってた。
カッコつけるのは、男の仕事だって」
「ーーーーっ」
腕の中でくるりと回ると、蒼音は香月と正面から目を合わせて、
「だから、大丈夫だよ、銀兄は。
私たちは、信じて待っていればいい。あの背中は傷ついて、ボロボロかもしれない。けど、嘘はつかない」
「………嘘は、つかない?」
「あの日、そう言っていた。
だから、信じればいい。銀兄の痛みから逃げない。
それが、私たちにできることーーー」
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「………寒ぃ」
不死の身体は、痛覚が鈍い。
それでも銃で撃たれれば痛みは感じるし、涙だって出る。鈍いだけで、ないわけではない。
他人と比べようにも、痛みに単位はないから比べようがない。なぜ鈍いとわかるかと言えば、他人のリアクションと比較した結果、自分は他人より疎いという結果になっただけだ。
だから、この寒さは、自分以外の人間にはもっと辛く感じるのだろうなと、ふと思った。
「あーくっそ、やっぱ上着きてくりゃよかった」
そういえば家を出るとき、香月がそう注意してくれていた。聞いて置いた方が良い知っているのに、なぜそうしなかったのだろうか。よく覚えていない。
雪が積もって歩きづらい道を行くので必死だったからだろうか。
「………て、あれ」
そんなことを考えながら歩くこと、30分、見覚えのある場所に着いた。
針川の海沿いに建築された、海上特別戦闘区域。先日のダメージからか、周囲には立ち入り禁止と書かれた黄色いテープが巡らされていた。
それは、リリィの為に戦ったあの場所だった。
地面には大きはクレーターが出来ており、そうでない部分にも平らな場所は見当たらない。爆撃されたのだと言っても、実物を知らない人ならば誤魔化せるかもしれない。
雪は街ほどではないにしろ、それなりに積もっていた。結界が張られているこの場所には雨も雪も降らないはずだったが、櫂渚か、リリィか、はたまた自分か、どれかの能力の影響で剥がれてしまったのかもしれない。僅かな腐臭がへばりつくように残っていた。
「……くそっ」
それは無意識の内にこの地に足を運んだことに対して。そしてそこから推測される己の感情について。
「リリィ、どうしてんだろ……」
あの戦いの後、彼女がどうなったか銀次は知らない。そのまま二週間が経過した。この国に居るのか、それどころか生きているかどうかさえもだ。
ーーーー今更、それを知ってどうしようと言うのか。
あれだけぶちのめされて、何十回と殺されて、それなのに、次はどう立ち向かえというのか。何千も殺されなければならないと知って、立ち向かう気力はもうない。
かける言葉も浮かばない。忘れてしまえばいい。
そんな人間が居たことを。
そんな人間に会ったことを。
そんな人間に名を呼ばれたことも。
そんな人間に、抱きしめられたことも。
「…………あれ?」
そうすればいい。
楽になれる。泣かなくていい。戦わなくていい。
それがわかって、なぜ自分は、涙を流しているのだろう。
この無力感を、どうすればいいのかわからない。
銀次は空を見上げて、それから地面に目を落とした。
その刹那、反応というにはあまりに鋭い野性的な感覚が警鐘を鳴らした。
風に混じって聞こえた金属的雑音。
銀次は振り向くより先に手を伸ばしーーーー
「………なんのつもりだ、麻理鐘」
「別に。調子、良さそうだね」
「たりめーだろ」
飛んできた銃弾を掴んだ。熱を発するそれを口の中に放り込み、噛み砕く。当然、不味かった。
赤い髪の少女はその光景を目にし、ため息をつく。
「お腹壊すよ?」
「飲み込むわけねえだろ」
「じゃあ食べなきゃいいのに」
「そういう気分だったんだよ」
「鉛を食べたい気分?」
「なんか壊したい気分」
「そ、じゃあ付き合ってあげよっか?」
「何に?」
「破壊衝動の発散に」
馬鹿言えーーーと銀次は吐き捨てた。
「妹に手出せるかよ」
「あはは、何に言ってんの兄ちゃん。
ーーーーあたしに勝てるわけないでしょ、自惚れないで」
次の瞬間、何があったかを、銀次はまるで理解出来なかった。
地面に倒れ、銃を突きつけられていた。手と足の関節が大きな釘で地面に縫い止められている。だというのに、不思議と痛みがない。
だからこそ、本当に恐ろしい。
殺気の欠片すら、察知できなかった。
銀次に馬乗りになっている麻理鐘は、笑っていなかった。冷たい目で銀次を見下ろしていた。
「不死だがなんだか知らないけどね、不安定な能力に頼り過ぎ。死なないなら避けなくていいの? 治るから何も考えなくていいの?
使い方が違うって何万回死ねばわかるの?ねえ」
「て、めぇ……!」
「うるさい。
でもやっぱなんかあったんだね。いきなり二週間も寝込んだかと思えばこっちも所々記憶があやふやだからおかしいと思ったんだよ。
姉ちゃんは嘘ついてるし、空き部屋だったあの部屋も妙に綺麗だし、それに、」
続く言葉を、彼女は言わなかった。
月が重なって表情が見えなくなる。その感情も、読めない。
「ーーーー知らない女の匂いがしたし」
麻理鐘が驚いたのはそこだけではない。
知らない女の匂いがしたというのに、不思議と殺意と敵意が湧かない自分にだ。懐かしい気さえした。
「記憶とかいじるなら母さんしかないけど、あの母さんが考えなしにそんなことするわけないんだよね。
ねぇ兄ちゃん、何があったの? あの部屋に誰が居たの?」
銀次は答えなかった。
それを言うのは、自分の負けを、死を告白することだ。それだけは絶対に嫌だった。
「………言えないような、人なんだ」
麻理鐘が立ち上がると、銀次の体を覆っていた不自由が消えた。関節部に打ち込まれていた大きな釘がない。怠さが消え、身体が軽くなったような錯覚に陥る。
「………なんだ、これ」
「ああそれはね、蒼音ちゃんに作ってもらった魔力の結晶体だよ。蒼音ちゃんの魔力はアレだけど、中でも兄ちゃんとの適合率はハンパじゃないからねー」
蒼音の持つ能力の根源は単純だ。極めて適応性の高い、一定の形状を持たない魔力。そして驚くべきはその量だ。
蒼音が保有する魔力の量には底がない。"魔王の魔力炉"と呼ばれるそれがあれば、日本全土で使用される電気エネルギーを代用できるとさえ言われている。
使い方を誤れば兵器にもなる。故にそれが銀次と蒼音を引き合わせることに繋がるのだが、それはまた別の話だ。
「立って。身体、動くようになってるでしょ?」
「ああ……」
関節が滑らかに曲がり、筋肉の張り、頭の中の濁った感触はなかった。
目を合わせず、麻理鐘は続けた。
「……あたしはね、自分に凄く怒ってる。兄ちゃんが苦しんでる間、それに気づけなかった」
銀次はそこで麻理鐘の瞳に悲しみという色を見た。頭に昇った熱が、少し冷めた。その表情は、久々に見た。
「兄ちゃんが抱えてる呪い、思ってたよりずっと重かった」
「……んなもんねえよ。気のせいだろ」
「そういう強がりなとこ、あたしは好きだよ。大好き。でも、今はいらない」
視線が正面からぶつかる。
紅い髪が月の光を浴びて、朱に染まる頬とは別の色を見せた。
優しい顔だった。錠を掛けたはずの涙腺がふたたび決壊しそうになる。
弱くても、それでも?
そんな言葉を、ぐちゃぐちゃにして安らぎの底に放り込んだ。許されるつもりは毛頭無い。
吐き捨てるように言った。
「……それ取ったら、なんも残んねえだろうさ」
「そんなことないよ。でも、それに無理が来たからこうなったんだよ? だから逃げるのは、おしまい」
退路を潰された。
そして前には、大きな大きな壁がある。それは山よりも険しく、海よりも暗く。避けてきた分岐点。
「立って、兄ちゃん。それで、私と戦おう」
霊装、祝福。銀に鈍く光るそれを銀次に投げよこした。
冷たさが肌に染み込んで行く。重い鎖に侵食されるような感覚。しかし、前よりは軽い。
動く。身体が、動く。
「綺麗事に思えるかもしれないけど、誰も兄ちゃんをカッコ悪いなんて思ったりしないよ。あたしも、蒼音ちゃんも、お母さんも、紗江さんも、姉ちゃんも」
「だから怖えんだよ」
「知ってる。言ったところで反発するだけだっていうのもね」
「俺は勝てねえよ、お前にも」
「それも知ってるよ」
ならばなぜ、そんな無駄な戦いをするのか。
簡単な話だ。身体が死なないのなら、精神を殺すしかないのだ。不死という特性をどう受け止めるかは人それぞれだが、戦いに関して条件が対等になることはありえない。
「でもね」
どこからか取り出した銃を突き付け、言った。
「そんな言い訳、誰も聞かないよ。大事なら自分で守りなよ」
銀次は視線を落とし、手に持った十字架を見つめた。月明かりに照らされ鈍く光る。反射する自分の眼を見て、ようやく罪を悟った。
彼女の言い分はめちゃくちゃだ。しかし、それに対する反論が出来ないのもまた事実だ。何より、弱い者にそんな権利などない。
大事なら自分で守れ、か。
それは、誇りを?
あるいは、彼女を?
麻理鐘は名を呼んだ。淀みも濁りもせず、ただ夜空を透き通った。
「武藤銀次」
呼ばれた少年は、曖昧に応じる。
「私はお前の誇りを蹂躙しよう。壊して、二度と戻らぬように砕いてやろう。
それが嫌なら戦え! 誰もお前のお守などしない!」
紅の眼光が月夜を貫く。おぞましい殺気を孕んだ彼女に対して、銀次は不思議となにも思わない。
少しだけ、ほんの少しだけ怖いだけだった。
それが、何かが壊れて麻痺していただけだと、最後まで気付くことはなかった。
「……砂になっても死なねえよ」
無様に十字を掲げ。
確定した運命を振り払い。
ひたすらに鎖を翳した。
からになった薬莢が落ちるより先に命の灯火が消え、そして再点火する。煌々と燃える炎が、より多くの砂を被る。
赤い世界だった。それだけを思った。
痛みも、どこか遠かった。
ぼんやりとした頭の中で、自分が本当は何を守りたかったのか、そればかり考えていた。




