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#28 変化と経過

「…………が、あっ!」


それは武藤銀次が目を覚ますには十分な衝撃だった。脊髄と心臓部に、貫かれたかのような痛みが走り背中を大きく仰け反らせる。銀次は目を開けることも忘れ、わけもわからずのたうちまわった。

これまで限界を大きく超えた外傷をたびたび負ってきた銀次にとって、痛み自体はそこまで大したことではない。だが、今回はその痛む箇所がまずかった。こういった神経系への痛みは慣れていないのだ。手も届かず、どういう原理がなかなか痛みが引かない。二重苦の状況は精神を悪化させ、耐え難き痛みとしてより強く全身に負荷をかけた。


「いっ、つ……!」


「ーーーさん! 銀次さん!」


誰かが自分の名を呼んだ気がしたが、とても確認できるような状態じゃなかった。

痛みが大きくなりいよいよ弾けそうになったその時、体外から別の衝撃があった。

胸部を強引に圧迫され、息の詰まるような感覚と引き換えにわずかな意識を取り戻した。


「………ぶはっ!?」


「大丈夫ですか、銀次さん」


「っう………………なん、とか」


「痛むかもしれませんがゆっくりと呼吸をしてください。貴方には必要ないものですが、身体は外気を必要としています………そう、ゆっくりと」


楓の、母親の言うことに従い、銀次は大きく息を吸った。数秒そこで留めると、言葉のとおりゆっくりと吐き出す。

すると、痛みが僅かではあるが引いて行った。外傷に似た鈍痛。それなら耐えられるだろう。

代わりに起こり始めた頭痛だけはどうにもなりそうになかったが。


「母、さん」


「はい、貴方の母です。まだ無理に話さなくとも大丈夫ですよ」


「……いや、大丈夫。それより、俺、どうなって」


言いかけた銀次の唇を、楓は指で塞いだ。真剣な表情に、気圧された銀次は押し黙る。


「今はまだ頭を使わないでください。言ったでしょう、貴方には休息が必要です。作り置きですがおにぎりがあるのでまずはそれを食べなさい。

………残したら、わかっていますね?」


「い、イエッサー!」


一瞬、背後に鬼が見えたのだがそれは錯覚なのだろうか。

銀次は渡されたおにぎりを丸ごと口の中に放り込む。具はなかったが、十分なほどに美味い。5個あったおにぎりを銀次はあっという間に平らげてしまった。

楓、それを穏やかな顔で見守っていた。


「どうでしたか?」


「………お代わりお願いします」


「ふふ、そうしましょう」


楓が追加で作った五合分のおにぎりを銀次は最速で平らげた。

途中、待ちきれずフライングしかけて楓にはたかれたが、身体中が発する食欲には勝てなかった。

完食後、空の炊飯ジャーを見ながら一言、


「……なんか食ったら腹減ってきた」


「男の子はそうでなくては。しかし用意が尽きてしまったので今は我慢してください」


「わかった」


その頃にはもう身体の痛みはだいぶマシになっていた。

銀次は布団の上で軽くストレッチや柔軟をした。なんだが、かなり固くなっている。首のゴキリという音で耳鳴りを起こすかと思った。


「関節、曲がらない気がする」


「仕方ありません。随分長く眠ってしましたから」


「へー…………ぁ?」


その一言は強く引っかかった。

固まった膝を強引に折り曲げてしまい、銀次は悶絶する。神経に達したらしく、ガチで痛い。


「うおおおぉぉ………!」


「…………一度、落ち着きましょう」


「い、いえっさ……!」


痛みが引くまで、銀次はずっと膝を抑えたままだった。

きっちりと治るまで、数分の時間を要した。不死の身体にしては、えらく遅い。

まともに動くようになって、ようやく楓は口を開いた。


「さて、最初に聞きます。銀次さん、貴方はどこまで覚えていますか?」


「どこまでって……」


「回りくどいことはやめましょう。11月12日に隣の市のショッピングモールへ行ったそのあとのことです」


「ショッピングモール?」


「ええ、香月さんとリリィさんを連れて行ったそのあとです」


「ーーーーーあ」


11月12日。香月とリリィと?

ぼんやりとして頭が働かない。そもそも自分はなぜこんなに眠っていたのか。もやもやと不安が募る。何か大事なことを忘れている気がする。だが、いや、それ以前に。


今日は何月何日なのだ(・・・・・・・・・・)


「!!」


「気付きましたか?」


楓の問いに答える余裕はなかった。銀次は掴みかかるようにして、


「母さん! 今、いつ!?」




「11月のーーーーー28日です」




28? 聞いた瞬間目眩がした。

2週間?そんなに長く俺は眠っていたのか?

銀次の表情を理解した楓はあえてなにも言わなかった。

その間に銀次は必死で思い出そうとしていた。何があったか、その前の記憶を。


赤い髪の女

自分の能力

香月の炎

ーーーーー

ーーーーー

ーーーーー

ーーーーー

ーー櫂渚梁



ーーーーーごめんね、ギンジ


「っ!」


「思い、出せましたか?」


「か、香月は?!」


「無事ですよ。少し怪我はしたようですが、もう治っているでしょう」


「リリィは?! 」


「2週間が最後の記憶なら、察した通りでしょう。私達が来た時には、姿はありませんでした」


「はーーーーー」


衝撃。

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走り抜けた。入った力が抜けた。まともに立つこともできない。

ありがとう。でも、ごめんなさい。

それが最後の言葉。彼女の残した言葉。

攫われたのか、殺されたのか、逃げたのか。

どれにしても答えはひとつだ。自分はリリィを守れなかった。

どころか、無様に、虫ケラのように殺されまくった。


「………申し訳ありません。せめてもう少し早くに、気付けていれば」


「ーーーーー」


楓の言葉も入ってこない。

あるのは苦い記憶のリフレインだ。潰される時の、貫かれる時の、殺される時の記憶が蘇ってくる。リリィの涙の温度を思い出す。


ごめんね、ギンジ

我は逃げないから


そんな台詞を言われた。泣きながら、俺に向かって。

それは勇気がいることだっただろう。銀次から離れることを自分で宣言したのだから。

そして、そうさせたのは。自分が逃げていたと思わせてしまったのは。

どうしようもない、武藤銀次というろくでなしだった。


「……………おれ、」


「銀次さん?」


自分の手のひらをみる。そこにぽたりぽたりと涙が零れた。

否定したかった。自分が何度殺されようと立ったのは、そんなことの為じゃないのに。


「………あいつ、ごめんねって言った」


「………」


「なにんもできなかったのに。キレるばっかで、つっこんでくしかなかった」


涙と一緒に、言葉も溢れていた。目の前が歪んで、リリィの寂しそうな笑顔だけが浮かんでくる。


「……それなのに、俺に、逃げてばっかでごめんって……迷惑かけてごめんねって……俺のこと、抱きしめながら、ごめんねって」


「ーーーそれは、」


「……違うのに、俺、そんなことのために頑張ったんじゃないのに。ただ、あいつが悲しそうな顔すんの嫌で………それで、それだけで、何回も、何回も立ったのに………迷惑とか、そんなこと思って欲しいんじゃなかったのに………なんで」


もういいと思った。ずっと、自分で自分を誤魔化してた。

本当の自分は臆病で、泣き虫のただの子供なのだ。いろんな能力だって望んでなかった。

痛いのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ。そんな思いを飲み込んで戦ってきた。


「……俺、怖かったよ。あいつら強くて……勝ち目なんかないのに、それでも戦わなくちゃいけなくて……誰も、助けてなんかくれなかった。

……ねえ母さん」


なんでしょうか、と言いかけて口を噤んだ。

自分は貴方の味方だとでも言うのか? 大事な時に気づけなかったくせに。

リリィはあなたを恨んでなどいないと? 彼女のことなど知らないのに。

自分ごときの安い言葉など届けられなかった。



「………俺はあの時どうすればよかったよ?」


「どう、とは…?」


「初めて会った時の、リリィの顔を覚えてるんだ」


闇のような底無しの瞳。絶望の淵にいて、ただ生きるだけを選択するしかない。

自分そっくりだった。でも、直後に変化した。僅かな光を帯びた。

武藤銀次と出会った時。

彼女を背にした瞬間、希望を見つけたと縋るようなリリィの瞳。


「すげえ真っ暗でさ、こいつこんな目でなに見てんのかなって……。興味で近づいたらこっちが雁字搦めに縛られた」


銀次はそれに気づいていた。縛られることも、飲み込まれることも理解して、それでなお彼女の手を取った。

今思えば、なぜそうしたのか自分にもわからない。


「……あんな重いもん、背負えるわけないって知ってたのに俺……! 縋るものが欲しかった! 卑怯だってわかってた! けど、それでも、手を差し出さずにはいられなかった!」


「…その選択を責める人はいないでしょう」


「誰もそうしなくても俺自身が許せない!」


自分の望むものを持たない故に放り出したことを。

いなくなったいま、自分がこんなにも苦しいと感じることが、殺したいほど許せない。


「………頼むから、一個くらい正解を残してくれよ。じゃなきゃ、どうすればよかったんだよ………!」


誰も、笑って過ごせるような結末が一つでもあればよかったのに。

自分の全てを吐き出した銀次は、泣いた。派手な声はあげず、ただひたすらに自分の体と運命を呪った。

楓も、同情せざるをえなかった。それ以上に、申し訳なかった。

たかだか16歳の少年に、どれだけ大きな悲運を背負わせてしまったのか。

なにもできない自分を、憎く思う。母親として、人間として、自分はなにもできていない。

それでも、道を示すように振舞わなければならない。凛として、何かを曲げる様など見せることなどできない。

それが、あの人との約束だ。


「………ほかのみんなは」


「学校です。初めは休むことも許しましたが、こう日が長くてはそういうわけにもいかず…」


「……そっか」


探すが、かける言葉が見つからない。

神が彼に与えた対価は、重い。心と体を縛り、まっすぐに歩くことすら許してはくれない。

迷った末に、楓は無難な答えを告げた。


「………とりあえず、お風呂に入りなさい。さっぱりして、それからもう一度考えましょう」




































■□■□■□■□■□■


久々の風呂は、確かに温かかった。

身体や髪を洗うと、多くの汚れが落ちた。何もしなければ銀次は汗を書くことはないので、2週間のうちにたまった外部からの汚れなのだろう。

鏡に映った自分の姿を見ると、新しく傷が増えていた。右胸から腹部へかけてギザギザとした白い線。右腕の関節部にも同じもの。

また。

また、傷が増えた。

他にも多くの傷痕があるが、今回のものはもっと特別なように思えた。連鎖的にリリィの事を思い出し、再び涙を流しそうになる。


「……………っ」


シャワーの音がやけに響いて聞こえる。

鏡は湯気で曇り、何も見えなくなった。うっすらと自分の影だけが残っていた。

唐突に、殺意が湧いた。他でもない自分自身に、何もできなかった自分の無力さに。

銀次は右腕を掴んで、力を入れて、そして、


「ーーーーあァッ!」


声と同時に強引に握り潰した。ぱっと飛び散った血が鏡やタイルに張り付く。鈍い痛みに耐え、シャワーの勢いを目いっぱい引き上げる。

血が流れ、湯に流されていった。排水溝に吸い込まれすぐに見えなくなった。


「………ぃ、つ」


右腕を引きちぎるくらいのつもりだったのに。久々に動かしたからか、本調子には程遠い。中途半端だ。自傷行為すらまともに出来ない。

銀次は、自分を許せないと思うことすら許されないのか。

次は心臓でも潰してやろうかと思って、逡巡の後に辞めた。

もう、痛いのは嫌だ。

治癒したのを確認して、湯船に身を沈めた。

それにしても、2週間とは。今までにも似たようなことはあったが、流石にここまで長く眠ったのは初めてだ。負荷に負荷をかけまくった結果と言えばその通りだが、それにしたって2週間は長い。

きっとみんな心配しただろう。自分だったらどうしただろう。

香月、麻理鐘、蒼音、楓、紗江ーーーー考えただけで気が狂いそうだ。それこそ自殺ものだ。

上を見て、銀次はしばらく何も考えずにいた。心も体もパンクしそうだった。

と、銀次がぼうっとしたまま十数分が経過したときだった。突然、家が轟音と共に揺れた。


「………なんだ?」


しかし異変はそれにとどまらない。バン!バン!バン!と叩きつけるような音が連鎖している。何より、だんだん音が大きくなる。

………少々、嫌な予感がしたと同時、風呂場のドアが外側から破壊された。脱衣所と廊下を区切るドアの角が突き刺さっていた。


「………はっ?」


「銀次!」


不測の事態に銀次が目を丸くしていると、ドアの残骸を押しのけ制服姿の少女が現れた。

ざぶざぶと服も脱がずに浴槽に飛び込んでくると、そのままの勢いで銀次に抱きつく。


「かづ………」


「よかった……!」


香月はひとしきり喜ぶ素振りを見せて、次の瞬間には嗚咽を漏らしていた。

というか銀次はいま全裸なのだが、考える余裕はないらしい。逆の立場なら、銀次も同じだっただろうが。


「本物だよね? 幽霊なんかじゃないよね?」


「ああ本物だよっていうか離れろ!こっちゃ裸なんだぞ!」


「そんなの知らないし! 銀次のばか! おおばか!」


「悪かった、悪かったから少し落ち着け!」


取り乱す香月の目元には濃い隈があった。綺麗だった髪はぼさついて、顔色も良くない。涙の跡が残っていた。

わかっていたけど、彼女の状態を間近で確認して、心に凄まじい衝撃を受けた。

気丈な香月を、こんなにも追い詰めてしまったのだ。誰でもない銀次自身が。

銀次が何も言えずにいると、香月は嗚咽に挟んで心中を打ち明けた。その声も、悲痛だ。


「銀次、ずっと寝てた。息してないから、寝てるとほんとに死んじゃったみたいで、お母さんも起きるかわからないって、それで」


聞いて、驚くほど納得してしまった。

銀次には鼓動がない。だから、普通に寝ているだけでも死んでいるようにみえるのだ。一日やそこらならともかく、二週間も心停止の状態を保っていれば死んだようにしか思えないはずだ。


(……だから、そんな)


彼女の様子も、それ故なのだ。本当に死んでしまったかも知れないという不安を持ちながら、耐え難い時間を過ごしたのだろう。

反射的に謝罪がでた。そうせずにはいられなかった。


「……ごめん」


「何言っても全然起きてくれなくて、冷たくて、ほんとに死んじゃったらどうしようって、ずっとこのまま起きなかったらどうしようって思って…………………ああ、うあああん……!」


言葉にしたことで耐えてきたものが全て決壊したのか、大きな涙を流しながら彼女は泣いた。

謝ることしかできなかった。起き抜けの痛みなど比べることすらおこがましい。彼女の涙を見ることがこんなにも痛く苦しいこと、忘れていた。

せめてもの救いに、彼女を強く抱き返した。暖かさが、限りなく愛しかった。

香月は自分に言い聞かせるように、言う。


「銀次が寝てる間毎日、ご飯作ったのにね、全然、減らなかった。銀次、食べてくれないから。銀次の好きなものたくさん作って、それで、食べよって言ってもね、銀次起きてくれなかったんだよ」


自分は耐え切れるだろうかと思った。彼女の独白が、心を壊すようだった。


「冷めちゃってもね、次の日になってもね、ぜんぜん……ぜんぜんっ、なくならなかった。腐っちゃうから、捨てるしかなくなっても、起きてくれなかった。

銀次の時間だけ、止まったままなんだって、思った……!」


「………悪い」


「ううん、銀次は悪くないの。わたしが、また、迷惑かけて、銀次を独りで戦わせちゃって、それで…………ごめんね、また、おんぶに抱っこで、役立たずだ、わたし……」


「………んなことねえよ」


銀次の言葉は届かない。

銀次より大きな能力を持って、恵まれてた素質がある。にも関わらず、早々に敗北した。銀次とともに立つこともできず、文字通り孤独にさせた。

それが事実なのだ。いくら取り繕ったところで、今となっては慰めにもならない。


「………リリィちゃん、いなくなっちゃった」


「っ!」


言葉が心臓に突き刺さる。

今、一番言って欲しくない言葉だった。

せっかく、お前の姿を見て安心できたのに。どこまで行っても逃げることなんて出来やしないのだ。


「守るよって言ったのに、約束、破っちゃった。嘘、ついちゃった」


「………その話は、やめてくれ」


「え? で、でも」


「要らない。今は香月以外の声、聞きたくない」


「う………」


卑怯なことをしていると思った。

こう言ってしまえば彼女は反論出来ないからだ。それを知って、あえて言った。

何もいらない。目の前の彼女さえいれば、それで。

香月がそんな頭の軽い女でないことはわかっていた。


「それ、最低だよ!」


「わかってる」


「わかってない!」


「俺だってわかりたくなんかない!」


「っ……!」


思わず声を荒げると、香月は詰まるように押し黙った。

そういえば、香月にこんな言い方をするのは久しぶりだった。


「……今だけでいいから、忘れさせてくれよ」


涙を流すことだけは、なんとか耐えることができた。

彼女の前ではそんな弱みを絶対に見せたくなかった。リリィの話題を続けていたら、銀次も決壊してしまっただろう。


「今だけで、いいから」


「……それ、卑怯だよ……?」


「そんなの、知らない」


そうだ、俺はもう知らない。関係なんかない。

そんなすぐにわかってしまうような嘘を、銀次は水面に映る自分の眼に焼き付けた。

記憶が蘇らぬ様に思考を止めた。そのまま数分が経って、ぽつりと香月が口を開いた。


「……あの時、リリィちゃんが助けてくれたの」


銀次は応えない。言葉を発する余力がなかった。


「真っ暗で狭い箱の中だったけど、リリィちゃんがわたしを守るためにつくってくれたの。そこでね、夢を見たの。多分リリィちゃんの」


能力者精神共有反応。 能力の種類にも関わらず大量のエネルギーを有する能力者同士は、ふとしたことで互いの記憶や感情を共有することがあるという。


「…リリィちゃんの能力もね、わかった。それで思ったの。リリィちゃんの記憶があの能力を創ったんだって」


「能力を、創る……?」


「うん」


香月の言葉の意味が銀次にはわかり得ない。

能力を創る? それはありえない。

魔術は超能力とは違う。脳を弄ろうが性質が変化することは絶対にない。


「誰にも助けてもらえなかった。銀次みたいに手を差し伸べてくれる人なんていなかった。真っ白な人に家族を殺されて、ずっとひとりぼっち………だから人を呪うような能力を持ってる」


香月の言うそれは、おそらく彼女が見たリリィの記憶だ。最後のリリィの言葉とも合致している。


「……お前はなにを見たんだ」


「全部見たよ。記憶も、リリィちゃんが思ったことも。

リリィちゃんはまだ生きてる。でもそれも持たないって。お母さんの占いでわかった」


言われても、銀次はあまり驚かなかった。

何処かで気配のようなものを感じていたのかもしれない。或いは信じたかっただけか。


「でも、わたしが言うのはここまで。後は銀次に任せるよ」


その言葉の真意はわからなかった。香月と目を合わせてると、彼女は優しく笑った。


「……何を、任せるって?」


「それも含めて、任せる。でもひとつ言っておくよ。わたしは、強くなりたい。ううん、強くなる。自分の思う未来に近付きたい。もう絶対に、負けたくないから」


「……そうかよ」


香月の言葉は抽象的だ。でも、何よりも深く突き刺さってくる。

言葉の剣が突き立てられ、道が残される。前か、後ろか。

残留は不可能だ。選ぶしか、ない。

それが、銀次には不思議だった。なぜ2択なのか。

引こうが進もうが、選ぶ義務などない。何故このまま、いつも通りではいけないのか。立ち止まって空でも見上げている方が、遥かに気が楽だ。

このままで。俺は変わらないままでいい。



ーーーそんな言い訳を、いつまでしているつもりだ?


「……じゃあ、出る。ごめんね銀次、強引に押しかけちゃって。でも大事にならなくてよかった」


でも、と香月は続けた。


「わたしはね、ううん、わたしたちはね、銀次の決めたことなら従うよ。文句も賛同もしない。銀次への感情も変化しないよ。

だから、銀次が決めて。質問も答えも、全部銀次が決めて。待ってるから、わたしも、みんなも。

…………あ、それとね、悪いんだけどちょっとだけ後ろ向いてもらっていいかな? その、透けちゃいそうで、すぐ出るから!」



































「全部、任せるか……」


香月のいなくなった浴槽で、銀次はつぶやいた。

香月の言いたいことはわかるのだ。わかるからこそ、躊躇してしまう。進むか、引くか。

どっちも、多分楽な道じゃない。今までだって辛いことの方が多かった。痛くて苦しかった。なのに、まだ苦しめというのか。もっと痛い思いをしろというのか。

生きて行くことがそういうことだというのは知っている。

だがそれに耐えられるかどうかということとは無関係だ。

腹をくくらねばならない時が来たのかもしれない。でも、それはあまりにも難しい決断だ。


地獄のような戦いに身を投じることになる。

それが怖い。自分にとって、正しいのか、間違っているのか。


「………頼むから」


空に声を投げる。答える人はいない。


「………誰でも良いから教えてくれよ」









感想とかコメントとかに飢えてます。

「早く書けカス!!」などで全然構いません。

よろしくお願いします。

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