#25 炎の悲鳴
「あれ?」
昼の12時を過ぎてようやく目を覚ました盟夜紗江は、携帯のディスプレイに表示された友人の名を見て素っ頓狂な声を上げた。
武藤銀次。眠気を覚ますには十分過ぎるインパクトだった。
しかも着信時間は30分も前。年頃の女がこんな時間まで寝ていたなんて知られたら、彼はどう思うだろうか。なんと言い訳しようか、と頭を掻く。
(いや、あいつなら一日中寝てても不思議じゃないか)
体質だかなんだが知らないが、銀次は日中をひたすら寝て過ごす。眠り姫の男版、と噂されることもある。
紗江は一瞬どうしようかと迷って、やはり掛け直すことにした。
1コール、2コールと無機質な音。
「……………出ないし」
何度掛けても一向に出る気配がない。
なんだよ、もう。と携帯を投げ出す。
「無駄に期待させやがって、ばーか」
体を起こして、テレビをつける。もう昼にもなるとろくな番組がやってない。一向に興味をそそられなかった。
ただひとつ、住んでいるこの街の名前が表示されたテロップ以外は。
紗江はそれを、無意識のうちに読み上げていた。
「針川のショッピングモールで、事故………?」
建物の一部が爆発。テロの可能性アリ。
猛烈に、嫌な予感しかしなかった。
武藤銀次の戦闘の勝敗は、体質と異能の相性によるところが大きい。それは能力を用いて戦う場合には当然といえることだが、銀次にとってその傾向は良くも悪くも極端だった。
銀次の戦法は単純だ。体術による肉弾戦を基本として、霊装"祝福”で生産した魔力を身に纏う。
不死体質はもともとかなりの再生力を誇るが、銀次はそれを更に増強している。いわば超再生による自爆覚悟の喧嘩殺法。
このタイプは戦闘時にほとんど頭を使わないため、型にハマると鬼のように強い反面、戦型によっては人と対峙するアリのように弱くなることもある。
つまり銀次にとって大切なことは相手の能力を知ることではなく、ただ自分との相性が良いか悪いかの、それに尽きた。
だがその理論は、戦闘が成り立つ者同士の場合であって、つまるところ強者同士の戦いにおける法則なのだ。決して弱者が強者に勝つ可能性を示唆する言葉ではない。
あるいはこういってもいい。天と地ほどの実力差が存在する場合、相性はおろか戦闘すら成り立たない。
地を這う虫のように、その理由すらわからず踏み潰されるだけだ。
銀次にとってエリスという女に対する最善の策は、そもそも戦闘を行わないことだったのだ。
「ふぁ………」
エリスはあくびをした。目にかかった髪を払って、時間を確認する。3分……いや2分程度が経過している。
足元に転がる瓦礫を除ける。そのうちのひとつを蹴ると音を立てて転がり、停止したエスカレーターを転がっていった。下についても勢いを失わず数メートルの距離をとんで、何かにぶつかって止まる。
衝撃を感じたそれが、わずかに身じろぎする。赤に染まった肉が地を這っている。
少し離れたところで、銀色の十字架が鈍く光る。
「…………梁君に勝ったっていから、ちょっとは期待してたんだけどな」
「……っ………あ………」
その赤い塊は、瀕死の武藤銀次だった。四肢を捥がれ、夥しい血液を流している。人の血液の最大量はたかだか2リットルのペットボトル2本分ほどのくらいのものだ。
しかし地面に零れ落ちたそれは元の何倍もの量があるように、生々しく広がっている。まるで赤い絨毯が敷き詰められているようだった。
エリスはその言葉を聞こえるように言っては無かった。どうせ聞こえているはずがないと判断したからだった。実際、判断は正しかった。
銀次の中にある五感は痛覚のみだった。常人ならそれだけでショック死しかねないほどだ。いくら死人といえど、銀次に痛覚がないわけではない。極端に鈍いだけで、あるかないかの二択で考えたら一般人と変わらない身体と感覚がある。
ただ、その後に傷が治ったり再生したりという機能は銀次オリジナルのものだ。
「………本当に治るんだ、そんなひどい怪我も、傷も」
呟くと、エリスは脇腹のホルスターからシルバーの銃を取り出した。後輩………というか、部下からの借り物だった。
銀次をいたぶる過程で、その特性がなんとなく掴めてきた。その再生力は、自分がどうにかできるようなものではなかった。おそらく自分の意思とは関係のない制約が強いられているのだろう。確かに経験の無い同年代の中なら十分に通用するはずだ。有効な使い方を覚えれば、そう簡単に引けをとることもないだろう。
「………でも残念。君じゃ弱過ぎて性能をまるで発揮出来ていない」
どころか銀次は能力に振り回されているように見えた。弱い、というのもその無知さゆえのものなのかもしれない。
銀次の傷の再生には特徴がある。破損した箇所に血液がなければ何もできないという点だ。
まず血液が魔力を含み、細胞の記憶した形状通りに組織を組み立てて行く。そして十字架を使うとすると、その再生力は使用しない時の比ではない。本質である傷を喰らい、対価として魔力を与える。さらにその魔力を血液に混ぜる超高速再生サイクル。ただし一撃もらえば確実に死に至る。格上の大技を数発もくらえば当然のことだった。
エリスはゆっくりと治りつつある銀次の四肢の断面に銃口を向け、引き金を引いた。入っているのは着弾と同時に火を放つ小型のナパーム弾である。手持ちの弾丸で血液を蒸発させ回復を断つには一番楽だったのだ。十字架を銀次の手元から引き離すのも忘れてなかった。
銀次は相手にならないほど弱い。が、油断などけしてしない。
着火と同時に血液が地面ごと吹き飛び、銀次の身体は再び動力を失う。
「…………かっ………」
同情するわけではないが、流石にここまですると罪悪感が湧いてくる。エリスは戦いや殺し合いが好きなわけではないのだ。
「……死にたいのに死ねないってのもある意味残酷なのね」
櫂渚梁が以前言っていた。死ぬより苦しいことなどいくらでもある、と。エリスにはこれと言って具体的な案は浮かばないが、文字通り段違いの世界を観てきた彼が言うのならそうなのだろう。目の前の状況は異例過ぎる気もするが。
しかしそれはそれ。とどめはさせないまでも準ずるなにかをしなければならない。
エリスは天井に掛かっている大きなシャンデリアに目をつけた。ちょうど銀次の真上にあった。
狙いをつけて撃つと、大量の瓦礫とともに透き通ったシャンデリアが銀次の上に降り注いだ。轟音が響いてもうもうと土煙がたった。
ぐしゃっと銀次の肉体が潰れ、更に多くの血液が飛び散った。
「………ごめんね、武藤君」
エリスは少し頭を下げ謝罪をした。
もともと出会うことのなかった2人だ。取り返しにくるか割り切って諦めるかは彼自身の判断による。その判断が何よりも酷なのだ。後者を選んだ場合、彼は勝ち目のない戦いに身を投じなければならない。
エリスは櫂渚に比べればかなり常識的な性格をしている。人に対する情だってある。
だがアルベストールの一族の滅亡は世界の意思だ。それがあの日にあの人が創り出した世界に対する対価だ。
「………終わりましたぁ?」
「ええ」
背後に現れたのはエリスの部下であるユキだった。高い位置で結った髪が特徴的だ。
しかしその表情は暗く、強い恐怖が現れていた。対象は言うまでもない。確かに安心は出来ないかもしれないが、ここまでしておけばそう気を張ることもないだろうとエリスは思うのだが、事実メンバー1人が殺されているし、眼前で見たのも彼女だ。
きっと本能に刻み込まれるような情景だったのだろう。そうなると本人に任せるしかない。
エリスは銃をユキに手渡しながら、
「………ていうか言っちゃ悪いんだけど」
「はぁ……」
「貴方の時とは違ったの? ちょっと弱すぎて拍子抜けしちゃったんだけど」
エリスの実直な感想に、ユキは息詰まる。言っていることは正しい。
「……いえ、確かに強くはなかったんですけどぉ、なんというか、そのぉ……」
「その?」
「第二の人格的なものがですねぇ……」
「誰の?」
「そこの武藤さんとかいう方の……」
エリスはよくわからないという風に首を傾げた。詳しく聞いてみたいが、小動物のように 震える彼女にそれは酷なことだろうと感じて止めた。
エリスはぽんぽんと頭をなでてやった。
「よしよし、よく頑張ったね」
「うう、怖かったです〜……」
エリスは抱きついてきたユキを優しく受け止めた。なんだかんだ言ってもまだ子供なのだ。そう簡単にいろいろなことを理解するのは難しいだろう。
ズシン、と建物が揺れて、ひとつ思い出す。
「上の様子はどう?」
「あ、そうでした」
ユキはエリスの胸元から顔を話すと、表情を変えた。
「えと、多分まだ続いてます。相手が結構強くて」
「梁君が?」
「と、あと2人くらいです。あ、確かひとり死んだので計四人です」
「うわーあの娘能力全開? 後片付け面倒だからやめてほしいんだけど」
正確には全開という言葉は語弊がある。
腐敗は連鎖する。その気になればこんな建物など瞬間的に朽ち果ててしまうだろう。無事な人間などいない。無論本人も、含めてだが。
自覚しているが、これも残酷という言葉の内に入るのだ。多くの人間がいる場所で彼女が能力を使う可能性は低いから。誰かを傷つけることを極端に嫌うと知っているから。
ため息をつくと、ユキは慌てた様子でエリスに言った。
「あの、そうじゃなくてですねぇ」
エリスは首を傾げた。そうじゃないとはどういう意味か。聞く前に彼女は語り出した。
「能力を使ってるのは一緒に居た女なんです。アルベストールの方は当て身で気絶したままです」
「なにそれ。ただの能力者が梁君たちと互角に戦っているっていうの?」
「互角っていうか………まあそうでした。今は押してますけど、でも普通の能力者じゃないです」
「魔術?超能力?」
「………すいません、わからないです。一見ただの発火能力者なんですけど、エネルギーとか破壊力とかが物凄くて近寄れません」
炎、と聞いたとき、エリスの頭にある人物が浮かんだ。先程まで少年の隣にいたポニーテールの少女だ。
「………あの娘か」
「へ?」
実力の有る無しは見ればわかるが、能力は違う。種がばれて問題ないものも居れば、死活問題になるものもいる。
相手に見破られていないという事実はつまり全てを曝け出す必要がないということ。隠し持った手札は自信に繋がり、余裕を生む。
最初に香月を見たとき、彼女にはその余裕が感じられなかった。むしろ戦うことで精一杯、というような感覚があったのだ。
「感が外れたってことかな?」
「よくわからなですけど、珍しいですね」
「そうでもないよ。世の中なんてわからないことの方が多いんだから。さ、いつまでもだらだらしてるのもあれだし、加勢しましょう」
「あ、はい」
最後に一度、エリスは銀次が下敷きになっているシャンデリアを見た。
赤い色がガラスの中を反射して、まるでそういう色の結晶のようにも見える。
「……………?」
再生に特化した能力だということは知っている。だからそう簡単に復活しないように執拗に痛めつけたのだ。
でも、何故か。何かを見落としているような、違和感がある。
感じたことのあるような、ないような、感触。
結局、それが何かわからないまま、エリスはユキに急かされ上階への階段へ急いだ。
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遡ること数分前。
香月は複数の敵と激しい交戦状態にあった。
敵は国籍も性別もバラバラ。中でも青い炎を使う男は特にヤバい。
香月は自らの能力である炎を展開しながら、丁寧に戦況を作り出していた。背後でぐったりとしているリリィを、何としても守り抜かなければならなかった。
敵の戦術は厄介だった。能力や銃器による砲撃を繰り返し、一定の距離を保っている。反撃に出るには遠い。
防ぐためには能力を使わざるを得ず、一瞬たりとも気を許すことが出来ない。
(まずい……!このままじゃジリ貧になる……!)
香月は能力こそ強大だが、反面弱点も大きい。まず消費魔力が多く、長時間の戦闘に向いていないこと。そして能力を使用する場所が限られるということだ。
リリィ以外にも倒れている人間がいるのに全力などだせるわけがなく、かといって加減した攻撃など効くわけがない。それでなくとも炎は物理的に遅いのだ。敵を周囲一体ごと焼き尽くすなどという荒い戦法くらいしかとれないほどに。
「Hey!Is it possible for you only to stay in the hole?!」
機関銃を二丁持ちする黒人の男が興奮気味に叫んだ。癖の強い英語で細かくは聞き取れなかったが、なんと言っているのかはだいたいわかった。
同時に、香月は嫌悪した。気持ち悪い、銀次以外の男などこの世から消えていなくなればいいのに。
(そっちがその気なら、やってやる……!)
香月は能力の展開範囲を可能な限り狭めた。自分とリリィのみが入れるほどの小さな球体。
香月の能力の本質は炎を生み出すことにあり、操ることではない。手榴弾と同じで近距離での使用は自らを傷つける可能性がある。
今はその限界の距離に近い。だからこそそのままの状態ではいられない。
敵の攻撃の衝撃を感じなから、香月は一気に能力を放出した。紅蓮の炎が床を焼き、波のように広がっていく。倒れている一般人をなんとか避けて、敵へと襲いかかる。
「Shit!」
その攻撃は威嚇が目的であったが、威力は冗談では済まされない。仲間がひとり殺されているという事実が彼らを強引な回避行動に移させた。
黒髪の男は後退し障壁を張ることで防御し、隣にいた金髪の女はその後ろに隠れた。
ただひとり、黒人の男だけが空中に避けた。瞬間、香月が獣のように反応した。
後方へ炎を爆発させ、その男に接近する。失態に気付いたのか、大きな声で喚く。だが遅い。
香月の生んだありったけの炎が、毛の一本すら残さず男を焼き払った。
せっかくのデートを邪魔してくれたお礼だ。前から順に焼き殺してやる。
まだ冷静さはあった。使い過ぎないうちに炎を引っ込める。視線を前に、再び構え直す。
「あーあ、ブラックさん死んじゃった」
「……女だと思って甘く見るからだ……」
ガガガ!と香月が着地すると同時にその声は聞こえた。
ひとりは眼前の黒髪の男。その後ろには金髪の女がいたはずだ。しかしその音源は背後にあった。
振り向くと、リリィを抱きかかえる金髪の女が目に入った。
「でも確保ー!あなたの犠牲はわっすれっませーん!」
「………うるせえ。さっさとエリスと合流しろ……」
はーい、と返事をして女は床に向かって衝撃を撃った。空いた大きな穴に飛び降りて姿が見えなくなった頃に漸く、香月が失態を悟る。
「ま、待てっ、このっ………!」
「……おい、頼むから戦いの差中に背中を見せてくれるな……」
「っ………!」
瞬間、香月がその一撃に反応出来たのは幸運だった。
言葉の通り、目を合わせながら距離をとる。
「……いい反応だ……」
それはまるで予想外だとでも言うような言葉だった。
どけ。今すぐ行かねばならないのに。
激昂しかけた香月を止めたのはその男のもつ雰囲気と、それに対する恐怖心だった。
「……お前、名は……?」
香月は質問に答えない。というより、焦りが強く答えられなかったのだ。瞬間的にこいつを処理しなければならないが、そうすんなりといかせてはくれそうにない。
もう、全力でやるしかない。
「………浅間、香月」
「……俺は櫂渚……覚えておこう。美しい名だ……」
言葉を合図に、香月は再び能力を発動する。
バンバンバン!!と壁を蹴り反射して男を撹乱する。宙を舞い円を描くように距離を縮める。
熱で蜃気楼をつくり視界を歪める。
今。
背後から全力の炎を叩きつける。周囲に炎が散らないよう、繰り返し循環させ焼き続ける。
それは時間にしておよそ10秒ほど。だが瞬間火力の高い彼女の炎の熱量は通常の能力者どころか、もはや小さな噴火といっても差し支えない。
だが、それ故に。
それほどの力を誇る彼女にとって。
圧倒的な才能で全てをねじ伏せてきた香月にとって。
一撃必殺という言葉は、すなわち殺しきれなけば次の手はないということを示す。
それはそう。
まさにその状況。
「……………うそ」
「…惜しかったな。同じのがもう何回か撃てるようなら、危なかった……」
男は無傷だった。衣服の端々は焦げてはいるが、火傷すら負っていない。
己の全てを打ち砕かれたような喪失感を覚え、香月はぺたんと座り込んでしまった。
自らを殺しかねない恐怖が香月を襲った。もう、生き残る術がない。
「……もっと経験を積むべきだったな……同年代では、相手になるやつはそういないだろう……」
逆に言えば、それが仇になった。一撃で全部おわるなら、次の手を考える必要がないからだ。
櫂渚は丁寧に教えてやったようなものだが、香月には聞こえていない。
ただただ、恐ろしいのみであった。
「い、いや…………」
「……恨むならあの女を恨め。どのみち、関係者は殺すつもりだった………」
涙が零れ落ちた。
怖い、怖い
死ぬのは嫌だ
また、またひとりぼっちになる
あの時みたいになる
くらいくらい、よるのなかに
「………………助けて、銀次」




