#26 銀色の悲鳴
櫂渚は殺した人間を覚えない。印象に残る残らない以前に興味がなくなるからだ。死ぬ瞬間まで敵を殺すつもりで居るような頭のトンだ人間の更に一部だけが例外だった。
その意味でいくと、香月は印象に残りづらい方に入る。綺麗な顔立ちに目を惹かれるが、瞳自体は光のない沈んだ泥の様に濁っている。生きることを諦めかけた人間の目だった。
同時に珍しく、ある感情が浮かんだ。言葉をかける必要はないが、その名前は知っていた。憐憫だ。
勿体無いと思った。兵士として生きるより、女として生きた方がはるかに幸せだっただろう。いくら強力な能力を持っているからと言って、戦わなくてはいけないなどという決まりはない。それが好きという訳でもないだろう。
それなのに何故、この女は戦うことを選んだのだろうか。それだけが櫂渚のなかに残った疑問だった。
まあ、どうでもいいか、と櫂渚は頭を掻いた。
女はダラダラと生かしておくと情が湧く。それはどんな男にも刻まれた本能だ。だから櫂渚は本当に始末することに決めた。奇しくも同系統の能力を使って。
櫂渚は謝罪を呟いた。
「……恨むならあの女を恨め………」
そして、櫂渚はぽうと掌に限定で能力を発動した。彼は通常あり得ないとされるふたつの異能を宿す人間だ。真空を操作する能力と炎を生み出す能力。そのふたつを混ぜるとより強力な異能になるという手法は櫂渚が生き残るために編み出したものだ。知っている人間は彼の周りの数人しかいない。
櫂渚が意図して出力を上げると、掌から50センチのところまで蒼い炎が立ち昇った。あとは放出するのみ、という時になって、ふと、櫂渚は手に痛みを感じた。
巻いた包帯が血で赤く滲んでいた。
(……あまり、無理はできんな……)
まだ傷が完全に癒着したわけではなかったのだ。普通に能力を使えたものだから油断していたが、やはり戦闘は別物ということらしい。
櫂渚はため息をついて、掌を返した。蒼い炎が床を這い香月の身体にまとわりつく。
外側の衣服を燃やし、その肉体はやがて焼けて灰になる。いつもと同じ、そうやって殺す。
自分が燃やされているというのに、香月は動かない。自信を喪失したとか、恐怖で動けないとかじゃない。まるで意識がないかのように。
櫂渚がそう考えているうちに炎は勢いを強めた。足元を覆う程度だった炎が今や天井に届きそうだ。
「…………?」
おかしい。何かがおかしい。
櫂渚は疑問を浮かべた。こんなに強く能力を出した覚えはない。
(…………暴走?いや、制御は出来ているが…………)
櫂渚は手を前に翳した。意図して能力を強めたり、弱めたりした。概ね上手く行った。
では何が、と思う。
何故、ただの人間を焼くためにここまで能力が不安定になる?
不意に、炎が揺らめいた。蜃気楼。歪んだ空気が流れてくる。思わず口を衣服で覆った。
蒼の中から声が聞こえたのは、その刹那だった。
「……………助けて」
「…ああ?」
一瞬、自分に向けて言われたのかと思い動きが止まる。だが敵に助けを請うわけがないと気付いて、再び炎を見る。
一体誰に向けて、という疑問。櫂渚は炎の中を凝視した。そして透き通るような悲鳴。
「ーーーーーーーーーー銀、次」
声が届くと、頭のどこがでビキリと音が鳴った。血管が破れたかのような痛みが走った。
「あ、ぐ………!」
割れそうな頭を抑えて、櫂渚はうずくまった。
ギンジ、と聞こえた。それは何の事だ。物の名か、人の名か。
(………何処かで、聞いたような……………!)
気がする、とは素直に思えなかった。幼い頃の記憶を見るような既視感を覚えた。
いつ? どこで?
そこまで考えて、異変が起きた。
「……な、」
目の前の蒼い炎が膨れ上がり、弾けた。爆発ではなく、風船のように内側からの圧力によって能力が強引に吹き飛ばされたのだ。
櫂渚は熱風にやられないようにできる限り目を細めた。炎の中の人影を確認して距離をとる。嫌な予感が的中したと、未知の事象に背筋に冷たい空気がまとわりつく。
完全に土煙や蜃気楼が晴れる。異能の残滓の狭間に、敵の姿を見た。
完全無傷。衣服に多少の焦げ目は着いているものの、火傷の後すらない。
だがそれより注意を引き寄せられたのは、その身体を護ったと思しき力だ。
銀と金の鎖。香月の身体を包むように広がった魔力の結晶。よく見ればポニーテールの根元のシュシュから派生しているのがわかった。
(………霊装?いや、今までそんな気配はなかったが……?)
戦いの何処かで条件を満たしたか……? 考えている時間はなかった。
幾十数もの鎖は獲物を見つけた獣のように櫂渚に狙いを定めた。床を天井を貫通し、上下左右360度全方位から 襲いかかる。
もう一度攻撃を試みた櫂渚だったが、とてもそんな暇はない。負傷している身体に鞭をうって回避に徹するので精一杯だったのだ。
が、
(………この感触、鎖、やっぱり気の所為じゃない。何処かで、見たことがある)
ギンジ。銀、金の鎖。
それは頭の中でぐるぐると渦巻く。
その感覚は殺意だ。いささかも躊躇しない完全な殺意。震えるようなこの空気を、誰が、誰が向けてきた?
櫂渚が一定の距離を取ると、鎖は動きを止めた。
近くにいる人間を無差別に攻撃するようにプログラムされているのだろうか。と、櫂渚は考えた。だが鎖は狙いを自分に向けたまま宙で停止していた。まるで、間合いに立ち入ることを許さない番人のように。
ビキリ
頭の奥に雷が走った。同時に、見たことのない少年の顔が浮かんできた。
瞬間、合点がいった。
ギンジ。ムトウギンジだ。
お前の名が、ムトウギンジだ。
「…………そうくるか」
思い至るのと、異変を感じたのは同時だった。それは自分の真下から、強大なエネルギーを伴っていた。
ズーーーーーーーーン
理解は迅速だった。
誰が強力な能力者が下階にいる。
櫂渚はある限り全ての能力を発動した。直径にして6メートルほどの蒼い太陽を、全力で足元の床へ叩きつけた。
入った亀裂から下が見えた。
銀色と金色の濁流。洪水のような異能がぶつかり合う。
轟音。
凄まじい爆発が周囲を吹き飛ばす。
これだ、これだ。自分の持ち得る全てをぶつけ合うこの感触。
喉が焼けそうな熱気。
衝撃は1階から5階までのフロアをぶち抜いた。先ほどとは比べものにならない土煙。
全く様子がわからない。ただ、櫂渚にはわかった。
お前はそこにいる。絶対に、俺に気付いている。
だろう?
「…………久しいな」
予想通り。はるか下界から、地を這うような声。明朗ともいえる殺意のこもった化け物だ。
「………ムトウ、ギンジ」
煙のなかのバケモノは、天に向かって呼応した。
「……………カエセ」
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一方、ユキとエリスの2人は、遅れてきた警備兵に足止めをくらっていた。
ガガガガ!と盾にした鉄製の大きな柱に銃弾が突き刺さる。丈夫にできているはずだが、これだけの火力を前にするにはいささか頼りないように思える。
最新の銃火器による一斉射撃。大して大きな経口ではないが、弾丸が多すぎる。
表にでて耐えるにも持たないだろう。あっという間に能力が尽きる。
なによりエリスの能力は戦闘用ではなく、ユキはもっと遮蔽物の多い空間でないと優位性をだせない。
当然の事だが、基本戦いは数が多い方が有利なのだ。例え能力者対非能力者の戦いでも、数の利さえ生かせれば戦力を封じることは難しくない。逆に言えば能力者は数に圧倒される展開だけは避けなければならない。
参ったなあ、とエリスは呟いた。
「うーん、流石に本場の傭兵は質が違うねー」
「なに呑気なこと言ってるんですかっ。そろそろ動かないと八方塞がりですよ、なんとかしてくださいっ」
時折、威嚇として発砲ながらユキは焦ったように叫んだ。能力者とて、武器に対する恐怖はある。
「……なんとかって言ったてねー。見てよほら、あいつら一般人いるのに平気で兵器ぶっ放してるのよー?
「………盾にはならないと?」
「でしょうねえ」
それはつまり、エリス達を生かしておくつもりもないという事だ。
たかだか警備会社の分際でえらくスパルタなものだ。学習院の生徒なんかもこの範疇に入るのだろうか。
「………ところでぇ、気付いたことがらあるんですが」
「なに?この状況を打開できるなにか天才的なアイディアが?」
「天才的といえばその通りなんですが………ぶっちゃけユキだけならいまこの瞬間にでも逃げられるんですけど」
「……え、自分だけ?」
「………………」
「…なんで目逸らすの?」
「………だってほら、結局自分でどうにかするしかないって言われましたしぃ」
「………誰がそんな非人道的なことを?」
正解はユキの上役であるエリスである。櫂渚の戦いは基本独りでするもの、敵が増えることはあっても味方が増えるなんて己にとって有利になることを考えるな、という理論を若干マイルドにした結果である。
ちなみにそれには続きがあって、自
分は弱者であると暗示し、かつ常に最悪の状況を基準として考えておけばそれ以上に恐ろしい状況など起こるはずがない、と続く。
思い出したエリスは青い顔をして、
「お願い見捨てないで!!」
「離してください! ユキはまだ死にたくないんです!」
「私だって死にたくないからってきゃあ!」
言葉の途中で、エリスは悲鳴を上げた。弾丸が隠れていた柱を貫通して、彼女の足元に突き刺さった。右足から何センチも離れていなかった。
「……可愛い悲鳴でしたよ?」
「誤魔化すなっ!」
叫ぶと同時に、再び弾丸が柱を貫通してきた。
ビシ、ビシとヒビがはいり、柱は盾の役目を果たさない。
「……まずいね、流石に」
「行きますかぁ?」
「やるしかないでしょ。5人潰してくれればあとはヤるから」
「了解」
その瞬間、2人の雰囲気は静かに変貌した。少しばかりの恐怖の混じった深い獣の眼。目を合わせて、うなづく。
3、2、1とエリスがリズムを取った。
「…………0」
同時に2人はそれぞれ反対の方向へ全力でダッシュした。
ユキは二丁の銃を、エリスは柱の破片を数個所持していた。物体に魔力を通すと、その硬度や耐久性はかなり底上げされる。用は武器の代わりだ。
2人は走りながら乱雑に衝撃を散らす。
ユキの方には10人程の武装兵。ノルマのり多い。銃撃を回避しながら、しかしこれなら対処できるとユキ感じた。
(………丁寧に行きますかねぇ)
一旦、他の柱に姿を隠す。姿は見られているので、集中砲火されれば長くは持たないだろう。だが問題はなかった。幾つかある弾丸のストックの中から最適なものを選択し、装填する。それは自分にとっての生命線とも言える技術だ。失敗する方が難しい。
右に出ようか左に出ようか。考えて、そのどちらでもないほうを実行した。柱を縦に登って、否、走って行き、天井付近で腕のみをだして射撃する。
一発、二発、三発と速度を上げた鋭い弾丸が兵士の頭を貫く。声を上げる暇も与えなかった。
四発、五発目を撃つと、ようやく他の兵が反応してきた。だが戦型上、ユキの後手に回るのはあまりに愚かだった。能力を持たない生身の人間ならなおのことだ。ユキは他の柱に飛び移り、冷静に対処した。
ノルマは達成したし、さてどうしようか。そう思い、そう言えばエリスは武器を持っていなかったということに気付いた。
(…流石に厳しい………?)
もともと彼女は回復要員だ。戦闘には向かないーーーと、ユキが弾丸を装填している時、唐突に銃撃が止んだ。
罠だろうかーー不審に思うがそうではなかった。
「もう出てきていいよー」
聞こえてきたのはエリスの声だった。驚きで目が丸くなる。恐る恐る覗くと、倒れている人間の中心で血を拭う彼女の姿があった。半分はユキが殺した人間、もう半分はエリスがやったものなのだろう。奥の方にも似たようなものが転がっている。頭がなく、まるで強引に引き千切られたような凄惨な様子だった。
まさかあれだけ徹底的にやった後で、更にこちらにも手を貸してきたのだろうか。バカな。いくらなんでも早すぎる。
ユキが言葉を失って立ち尽くしていると、エリスはその目を覗き込むように尋ねた。
「どしたの?」
「あ、いえ……」
飛び出たのは同時だった。しかし満足な武器さえ持たず、戦闘に向いた能力を持つ訳でもない。
どう考えてもマイナスにはたらく要素しかない。だというのに、どれだけ慣れているのだろう。人を殺すという行為そのものに。
まだまだ経験が足りないのだろうか、とユキは唇を噛んだ。同時に気になる。戦うことを嫌悪するのに、どうしてそれだけの力を手にする事が出来たのか。
「………私はまだまだ弱いです」
「そりゃまだ若いんだし、これから伸びるから気にしなくていいんじゃない?」
エリスは目を伏せて言った。
「……それに、貴方に必要なのはこういう強さじゃない」
「……どういうことですか?」
「そのままの意味よ。今の時代人を殺すっていうのは誰でも出来るようになるものなの。でもね、その意味を知ることができる人間はそういないの」
「……よく意味が」
わかりません、と言う前にエリスは言った。
「それでいいよ、今はまだ。わからないまま誰かに道を教えてもらって、わけもわからずそれを走るだけ。理想も現実もごちゃごちゃのまま進むの。
そうしていれば、いつか自分がどうするべきかがわかるから」
私がそうだったし、と彼女は力なく笑った。あまり見ない、さみしい笑みだった。その表情を何処かで見た気がした。それも最近。どこだったのだろうか。
ズシンと建物が揺れた。何かあったらしい。
「行きましょ。梁君、多分無理してる」
「無理してるって、そんな相手がいるんですか?」
「うーん、武藤君の連れの女の子は結構やりそうだと思ったんだけど」
言われて、ユキはポニーテールの少女を思い浮かべた。えらく美人で、傷付けるのが躊躇わらるほどだった。櫂渚は微塵も気にしないのだろうが。
「天は二物を与える……って感じですねぇ」
「確かに」
それには同意だった。イケメンプロサッカー選手とかそんな感じだろう。
そういえば櫂渚も背が低いことを除けば外見的には完璧だった。年齢の割に童顔であるが。
「……それにしても」
「うん?」
「結構な時間がかかってますねぇ」
忘れていたが、当初に決めていた時間に近づいていた。いろいろなイレギュラーがあったにしてもかなり余裕を持っていたはずだ。
「……まあ、物事は大概うまくいかないことのが多いんだけど」
それにしたって、悪い方向へ傾き過ぎている気がする。ユキはあえて言わなかったが、エリスはたぶんわかっていた。
音のした方向へ、櫂渚がいるだろう場所へ足を進める。
散乱した瓦礫と銃器と、人の血と肉。匂いも色も、全部が纏わり付いて消えない汚れをつけられたようだ。
遠くで再び振動が響く。櫂渚が無事かどうかさえ、今は知らない。
■□■□■□■□■
「■■■■■■■ーーー!!!」
爆風の中。
突き刺さるような銀次の雄叫びに、櫂渚は思わず耳を塞いだ。鼓膜が飛び出るかと思った。
4階も下、距離にして約30メートル。上から見ている分、もっと開いているようにさえ感じる。ただ、それが自分にとってどういう間合いなのか、それはよくわからない。近いようにも遠いようにも思える。居心地は良くはなかった。次の一手はどうしようか。先手は譲ろう。
様々な策を巡らす櫂渚と対照に、銀次は何も考えていなかった。テレビの砂嵐のようにはっきりとしない意識の中で、思うことはふたつだった。
誰かが自分の女に手を出した、と。
そいつを全力を以って殺す、と。
香月を守った力は銀次のもの。緊急時、彼女は火傷をしようが腕を千切られようが、その痛みはおろか傷さえ残らない。怪我など絶対にしない、香月にとって、あまりに都合の良い能力。
そう、香月にとっては。
いくら銀次が不死だろうと、その霊装が常識を超えたものであっても。
生まれ持った能力の範疇外の効果を望むなら。
当然、何処かに不都合が生じる。
例えばーーーー香月の負った十数倍の傷を銀次が肩代わりしなければならない、とか。
呪いのような負荷が掛かっている、とか。
でもーーーそんなこと、櫂渚梁にはわかるはずもない。
「……やかましい」
乱暴に吐き捨てる。だが機嫌が悪いわけではない。むしろ内側から溢れ出る興奮を抑えるので必死なのだ。
生まれて初めて人を殺した時を思い出す。あの時はどうだっただろう。10や20じゃきかないほどの銃口を向けられたあの時は。
突きつけられた銃の、遠いか近いかすらよくわからなかった。
「………こいよ」
挑発。かき消されそうな小さい声。
感覚が鋭敏になっている。
呼応するように銀次は跳ねた。直線的な跳躍で一気に4階まで到達する。
人ならざる身体機能。反対に櫂渚の体調は万全とは言い難い。だが動きさえつかめているのなら、迎え撃つのは難しくない。櫂渚はぎりぎりまで待つ。瞬間的な挙動なら、誰にも負けない自信がある。それは戦うという選択を後押しした理由でもある。
炎を纏う。逆の手に真空の鎧。踏み込んだ瞬間、危険を察した銀次は回避を選択した。すかされた櫂渚はわずかにバランスを崩す。その下階で、ガッガッガッガッガッ!とマシンガンのような轟音が連鎖した。
おそらく、壁という壁を跳ね走り回っているのだろう。閉鎖的な空間では、位置を掴ませない為によくやる手法だ。先ほどの女も同じことをしたがーーーこのただっ広いこの空間でやるとは、いい具合に馬鹿ふたりが揃っているものだ。
「………小賢しい」
言葉と裏腹に櫂渚は笑っていた。詳しく覚えているわけではないが、しかし確信があった。
こいつは最高だ。この世のなによりもハイになれる。
音が近づいてきた。呼吸を感じる。あと20歩、いや10歩か。殺気が強すぎる。どこに何があるのかなんて、正解を見ながらするテストより簡単にわかる。もし自分が教官だったなら、絶対に治させる最悪の癖だ。
だが銀次は部下でも味方でもない。敵としてなら、バカな方がはるかに優秀だ。
「………小細工なんかしねえよ」
その声は誰にも届かない。
櫂渚は両腕を掲げ、チカラを集約させた。炎ではなく、単なる打撃に特化した真空の塊。あまりに圧縮されたせいでかなりの熱を持っている。
9、8、7……とカウントをとる。洗練された殺気のナイフが脳を抉る。テンションが上がり切るのは、櫂渚の方が僅かに早い。
「…ゼロ」
瞬間の動きを把握できた人間は、多分いない。それほどに俊敏で、豪快で、繊細で、劇的だった。
全てのチカラを櫂渚は床に叩きつけた。音よりも速く、広がった放射状の破損は亀裂となる。
何人もの人間が巻き添えをくっている。フロアの破片とともに落下する。だがそんな事はどうでもよかった。互いが互いしか見えていない。でも、それが望む全てだった。
そして、次の瞬間の行動はより劇的だった。落下する櫂渚。跳ね上がる銀次。幾白もの石片が降り注ぐ中、バチリと目が合った。
確信する。
「ーーーーコロス」
しゃべんじゃねえよ。言葉なんて安いもの、俺には要らねえ。
視界を埋め尽くすほどの白銀の鎖。だがそれも違う。お前の武器はそれじゃない。
櫂渚は、今度こそ、全てのチカラを放出した。炎を、魔術を、真空を、超能力を、感情をすべて混ぜる。蒼い、空を映した水のような炎。
全部だ、全部。
一ミリだって余分なものを混ぜてくれるな。
銀次は意識のないまま、それに応える。
鎖を、鎧のように纏う。直感で限界を越す。銀は黄金へと変貌を遂げ、その身はより死へと近付く。
天地が最大まで広がった瞬間、ふたつの爆発。
次の瞬間に、それはひとつになる。
轟音。閃光。衝撃。
櫂渚と銀次が全てをもって衝突する。
黄金と蒼炎は絶対に交わりはしない。
俺は唯一だ。
お前が消えろ。




