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#23 アブノーマル・ノーマライズ

膨張した肉が骨を覆い隠していく。空白を埋めるように、ヒトのシルエットを描く。それはコンクリートが固まったり紙粘土が固まったりするとの変わらない。固まった形が、集まった肉がたまたまヒトのカタチになっただけ。


武藤銀次はそういう風に出来ている。


だから面白い。

何回壊れても元通りになる。たまには違うものが出来てもいいのに。


でも。

直っていく身体を、俺はどうやって見ているのだろうか。

顔も目もないのに、それだけが最後まで不思議だった。



この狂ったような笑い声は、何処から聞こえてくるんだろうーーーー?







































「はあっはあっ…………」


ぶわあ、と。あふれるような汗が出ていた。異常なほどに息が上がっていた。

眼前の抉れた大地、そして散乱する木々の山。左右に散っているのは銀次の手によるものだが、奥の方で粉微塵になっているものはユキ本人によるものだった。出来るだけ広範囲を、かつ高い火力で焼き払うための弾丸。状況だけ見ればかなり良好。ただし精神的には真逆であった。

……アレを喰らって生き残ったのは、櫂渚だけだった。完全に不意を突いたのなら、髪一本さえも残らないだろう。

従来の弾に爆発の性質をもつ魔力石を加工して作った外殻をつける。それだけの簡単な作業で、小さな弾が大砲よりも大きな威力に変化する。爆音が伴うため、今回はできるだけ使いたくはなかった。人が集まるとどんなところで噂が拡まるかわかったものではないからだ。

(……流石に死にましたよねぇ)

再生するといっても、それは命があるからだ。異能の元である生命さえ無くせば、いくら不死身と言えど復活は不可能だ。その隙をつくるために死体を操る準備もしていた。いや、むしろそっちが本来の能力なのだが、今はいいだろう。

ともあれ死体を確認しなければならない。嫌な汗がベタついている。すぐにでもこの場から離れたかった。

瞬間、煙の向こう、



「あーたーらしーいー朝が来たっ♪きぼーのーあーさー、がっ♫」




墓のそこから響くようなおぞましい声に、ユキは凍りついた。

(生きてる⁈ 直撃していない!?)

いいや、手応えは確かにあった。絶対に打ち抜いたはずだ。だというのに、身体の震えが止まらない。思うことはただひとつ。

……なんで生きている!?


「よろこーびにーむねをひーらけあおぞーらあーおーげってアッハハハハ、アーッハッハハハハハ!! ダーハハハハハハハハハハハ!!」


笑い声になっても、削るような違和感は変わらない。むしろ現実と乖離した情景が恐怖を引き立たせた。

完全に煙が晴れた。ユキは覗き込んで、そして戦慄した。


「なん、で……………?」


そこに立っていたのは、確かに武藤銀次だった。高い身長と、兵士としては華奢な肉体。どこか幼さを残した表情。どこをとっても銀次そのものでしかない。

だが纏う雰囲気が、その判断を許さなかった。

同じ姿のはずなのに何かが違う。別物だ、あれは悪魔だ。本能が警告した。それはみてもわかる。むしろ見た方がわかりやすい。


あれは(・・・)関わってはいけない(・・・・・・・・・)


「ッーーーー!!」


この感情は恐怖。この世界に生きているのなら当たり前のものだ。櫂渚から、エリスから、それとの戦い方を学んで来た。

だが今は。武藤銀次の殺気は別格だ。抗う術がなく、その選択もない。

ユキが逃走を決意したその瞬間、ぐるん!!と銀次の首が回った。完全にユキと視線がかちあった。立場が逆転した。

にぃ、と銀次は笑って、


「………見ぃつけたっ♪」


「ひっ!」


叩きつけられるような恐怖。本物の死の感触。

一歩一歩銀次が近づいてきても、ユキは動けないでいた。ガチガチと奥歯がなる。絶対の信頼を寄せていた銃がただの鉄塊のようだった。


「酷いなーもー。いきなりあんなのぶっ放すなんてさーおかげで一から身体を造り治さなきゃならなかったじゃないか」


「こっ、来ないで……!」


「あっはっはっ、殺しあってるのに近づかないでとか無茶言うわー傷つくわー」


ふざけた調子で銀次は言う。数本の鎖をこすりあわせ、悲鳴のような金属音がなった。

距離はおよそ10メートル。それでもはっきりとわかった。

この武藤銀次は、さっきの武藤銀次ではない。人格そのものが違う。


「いやーにしても銀次くん驚きだよ。結構マジで守り固めたのにまるごと消し飛ばされちゃったんだもん。おかげで痛いし魔力溜まるしいいことづくめやってあっはっはっは」


「…………っ」


「………これで死んだとか思っただろ? ざーんねん、銀次くんは髪一本からでも再生できちゃうんだなーこれが」


簡単にいったその一言がユキの精神を揺さぶった。

髪一本から元通り? そんな化け物をどうやって殺せばいい?

拳が届くほどの距離になっても、銃を持ち上げられない。精神を折られる、とは今のことなのだろう。


「そうそうそれだよそれ。お前最初さ、こんなやつには負けないとか思ってたよな。でも今は勝てるはずがないとかおもってる。たかが一発撃っただけなのにそれっておかしくねぇ?」


かちん、と金属音がする。ユキが震えて銃同士がぶつかった音だった。


「オレなんかは今のアンタもアリなんだよね、怖くて先も考えられないみたいなの。優越感ってのかな、オレ最強♪な気分でさ。でも銀次のやつは逆なんだよねー」


「……逆………?」


ユキの正しい疑問はそれではなかった。

目の前の男がまるで武藤銀次が他人であるかのような話し方をしている。まるで二重人格のように。

ただ、今のユキにそんな余裕はなかった。


「そーそー。だってあいつ勝ち目ない奴に嬉嬉としてケンカ吹っかけるしさー。死にたいとしか思えないよないや死なないんだけど。

ここだけの話、櫂渚はおろかお前にだって勝てねえぜあいつ」


まあオレは別だけどな、と銀次はあくびしながらいった。

あまりにも他人事のように話しているものだから、ユキの緊張が一瞬緩む。

隠していたナイフを自分の太ももに突き立て、強制的に恐怖からの支配を脱する。


「………やめといた方がいいと思うぜ」


「……その十字架ですかぁ?」


「だったらなおさらやめとけ。こいつは姉貴の生命と呪いで構成されてる。お前が触ったところで喰われるだけだ」


ふう、と一息を吐いた。銃口の闇は、薄い。


「……なんか白けた」


「だったらさっきの人格(ヒト)と代わってくれませんかねぇ……?」


「そりゃ断る」


それに、と銀次は付け加えた。


「オレは別に銀次のもうひとつの人格とかそんなんじゃないぞ。あいつは武藤銀次、オレも武藤銀次。ただ視点が違うだけなのさ」


「視点?」


「おうよ。心の中の天使と悪魔とかそんな感じのな。あ、オレ天使の方だから」


今度こそユキは絶句した。天使が死にかけて笑っていられるものか、と。

銀次は凍りついた笑みで答えた。


「馬鹿言え。生きたまま人間の腸引き擦り出す天使がどこにいるってんだよ」


「は………?」


「は、じゃねえよ。でも教えといてやる。

武藤銀次は悪魔より悪魔だ。手を出したら命は無い。あいつにとって殺人は食事と同じなんだ。

我慢できるけど、限度がある。

美味けりゃたくさん喰ってしまう。

そんなもんだ」


銀次は手のひらを天に向けた。生産した魔力を集中、直径10メートルほどの巨大な球体が出来上がる。

それは手元を離れただんだんと上昇していく。ふたりのはるか上空でようやく停止する。


「これが最後の警告だ」


動きを止めた球体は、膨張を始めた。

ぐんぐんと大きくなり、空を黄金色に染める。弾けるように、内包された魔力が吹き出した。それは神社から北の方向にある古びたビルに降り注ぐ。雨のようにも雪のようにも見える魔力の塊が、そこだけを焼いているのだ。


「なっ!?」


「あそこにお前の仲間がいただろう。しかも野郎の。

オレは美しい女は殺さんが、それ以外はどうでもいい。女ってのは遊んでこそ価値があるからな。銀次は理解してくれんけど」


周囲が暗くなる。上空の魔力が尽きたのだ。

だが銀次の魔力量はさしてかわらない。建物ひとつを過剰な程の力で消したにも関わらず、それは全力の一割ですらない。

だとしたら、一体どれほどの力を………?


「お前も今回は見逃してやる。

けどリリィには手を出すなよ。あれはもう所有物として認識されてる。無理に奪おうとすれば奪い返されるだけだ」


「…………」


「つっても銀次もまだまだ弱いからな。俺としちゃギリギリまでブチのめして強くしてくれてもいいんだけど、まあいいや」


ユキは銀次を睨んでいた。

このしゃべり方も、内容も嫌いだ。生理的に受け付けない。

でも、それはすべて真実だ。その目は嘘をついていない。

武藤銀次の、何に期待しているのかと。


「櫂渚に伝えといて。次の次のくらいには楽しめるようになるってさ」






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