#22 脳内麻薬とノーマライズ・ハイ
ユキは櫂渚梁と武藤銀次の戦いを映像で見た。あまりに規模が大きく、細部まではわからなかったが大まかなスタイルは把握できた。
再生に特化し、段階的に魔力を増幅。今まで見たことないスタイルだった。耐久性はもとより、結果として櫂渚に屈さなかった精神も特徴だろう。
櫂渚は銀髪の女ーーーリリアネス・フォン・アルベストールの攻撃によって大幅に弱体化していたが、それは理由にならない。勝たなければ言い分は通らないという銀次の言葉は正解だ。
ユキは、本気で銀次を殺すつもりでいた。櫂渚は確かに大切な人物だったが、それ以上に弱っているところを勝ったくらいで調子に乗っている銀次が許せなかったのだ。
だからこそ戦略を考え、罠をはり、準備を整えた。そこにひとつ穴があることを、知らずに。
銀次の銀色の光。
あれは、何ーーーーーー?
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「ーーー簡単に壊れてくれるなよ」
銀次にはくせがある。どんな行動をするにでもまず言葉で示すということ。まだ身心に余裕がある時のセリフである。
ある意味では挑発ともとれる言葉に、ユキは露骨に反応する。この時点では僅かに、銀次の方に分があった。
「……こっちのセリフなんですけど、ねぇ」
びきびきと青筋をたたせユキが言う。
銀次の十字架の効果は、使用者の傷を魔力に変換すること。しかし脳のリミッターを解除して、まだ数秒しか経っていない。生産できた魔力は微々たるものだった。まともにぶつかり合った場合、おそらくオートバイにさえ力負けする。
反対に、ユキは魔力を隠蔽することに長けていた。相手に悟らねないように、わずか一秒に満たない短い時間の間に時速60キロで走る自動車との衝突に耐えきれるほどの魔力を練り上げることが出来る。もちろん人間である以上その量に限界はあるが、まだまだ余力がある。そして数分に渡る会話の中で、ユキはかなりの魔力を蓄えていた。
「……簡単に潰れないようにしてくださいねっ!」
ユキの全身から黒い魔力が迸る。同時に愛銃である回転式の、S&W M686とそのスチールモデルであるM586を取り出す。実弾を込めてあるのはM686の方で、これを魔力でコーティングすると威力が絶大になる。勿論普通の弾丸ではなく、一発十万円はくだらない特注品だ。高価な上に弾数が7と限られるため無駄撃ちは出来ない。もっぱら牽制には魔力を弾丸にして放つM586が使われる。
シルバーの銃口から放たれた弾丸は的確に銀次の急所を狙っていた。
銀次は最初の一発をあえてくらう。なんの防御もしていない胸に着弾した弾丸は当然、貫通する。しかし銀次は平然と、
「………痛えな、おい」
「はぁ!?」
この展開は予測できなかったのか、ユキの顔が驚愕に染まっていた。まさか相手がなんの回避もしないとは思わなかっただろう。
これが銀次の戦い方なのだ。
しかし流石に不味い。流石に丸腰で受け止めるものではなかった。遅すぎる自己の判断を反省しながら、残りの弾丸をかなりギリギリの紙一重でかわす。
銀次は胸部の傷を再生させる。無論、“祝福”による魔力変換を忘れてはいない。はたからみた銀次の姿は、自殺志願者にしか見えないが、それでも。
「もう終わりかよ?」
「……化け物め」
ユキは憎悪の混じったつぶやきを漏らす。だが即座に思考を切り替え、再び攻撃に出る。
再生する? 上等だ、肉片になるまで撃ち続けてやる。
この銃の利点はそこだった。魔力さえあれば、尽きることのない無限の弾幕。三ケタに届こうかという弾丸が銀次の眼前に迫る。お前の魔力量でどうにかなるものか。ユキは心のうちで叫んだ。
ガガガガガ!! と、無数の弾丸の雨が降り注ぐ。境内の石畳を破壊し、大きなクレーターをつくる。周囲の雪は溶け、濛々と煙が舞う。
ユキは銀次のことを少なからず甘くみていた。死にはしないまでも、かなりきいたのではないだろうか。脳裏に、ぞわぞわと蠢く肉塊を張り付かせながら。
次の瞬間、それが本当の意味での勘違いだと、知った。
「…………Dead or Pain」
轟音が響いた。凄まじい光の濁流が目を焼く。
爆発かと思ったそれは魔力だった。爆発的に増幅している。
夥しいほどの銀の鎖が宙で唸る。
「……….なんですかぁ、それ……」
知ってはいた。再生能力のことは。しかしあの十字架は初耳だった。銀色の鎖がメインの武器だと趣思っていた。それが、なんだ?
霊装?あんな反則級の魔力を生み出せる霊装があるものか!?
「………あのさあ」
銀色の鎖を束ねる銀次は、完全な戦闘体制だった。表情が退屈そうであることを除けば、調子は櫂渚と戦ったときよりはるかに良い。
しかし、驚くほどに精神が昂らない。つまらない、と断言できそうだった。
「………退屈だよ、お前」
「………はぁ?」
血が沸騰するかと思った。一瞬でここまで精神を揺さぶられるのは初めてだった。
銀次が退屈だと言ったのは、しかしその通りだった。銀次がしたいのはそんな魔力がどうたら、相手の能力がどうたらとかそんなの関係ない。もっともっと白熱した殺し合いがしたいのだ。
腕が捥げ、足を切断され、首を折られてもまだ殴り合うような、そんな戦いがしたい。
ユキは怒りを覚えながら、頭のどこかで思った。この武藤銀次の目を知っていた。櫂渚が興味のないものを見る時と、同じ目をしている。
ぶちり、何かが音を立てて切れた。
「………上等、ですよぉ……」
雰囲気がかわる。
ユキは全身に力を込める。鎖に当たらないようにステップを踏みながら銀次に近づく。
銀次は迎撃に出るが、繰り出した攻撃はすべて外れた。動きが早い。体術も、ワンランク上だ。
「せぇ、のっ!」
声が聞こえた。
銀次は焦ってはいないが、やばいとは思った。
言うだけあって一発一発が重い。しかも銃との併用で軌道がわかりにくい。
躱したと思った拳が、銃の反動で銀次の身体へと向かう。後頭部に衝撃がのしかかる。銀次は地面を叩き、反動で上手く距離をとる。拳が届かずに、かつ銃わ使うには近過ぎる。ちっと舌打ちをしてユキが後ろに下がった。
……好機!
「"荒ぶれ“」
銀次は散らばった鎖を横薙ぎに振るう。その数およそ40。境内の木をなぎ払い、破片が嵐のように吹き荒れる。
右、左、下、右ーーーユキは迫り来る猛威に冷静に対処する。弾丸でうまく鎖をずらし、確実に回避する。そして潜り抜けるように銀次に接近し、近距離で魔弾をぶっ放した。
銀次は余りの鎖を伸縮させ宙を移動することでこれを交わす。そこに生まれた10メートルの距離。ユキはシルバーの銃を構える。銀次は余りの鎖を全身に巻いて防御する。だが突如、ユキは銃口を明後日の方向に向け発砲した。
どこに撃っているーーー? その先をみた銀次は青ざめる。ユキが狙ったのは、銀次が鎖の支点としていた神社の神木だ。
根元と枝。薙ぎ倒された木に引っ張られ、銀次は空中でバランスを崩す。そのまま手水舎に強く叩きつけられた。腹部を派手に損傷した。どくどくとこぼれ出す銀次の血液が、水に溶けだしていた。
背骨が折れているだろう。だが骨の処置は楽だ。つなぎ合わせてしまえばそれでいい。治している間に攻撃されたのなら、それはそれだ。どのみち殺すつもりなのだから、自分の状態などどうでもいいい。
腹に刺さった柄杓を抜く。視界の端に黒い銃を構えるユキがいた。その目に映るのは殺意と絶対的な自信。それがお前のすべてか、全力か!
「ははっ……!」
また、笑いがこぼれた。避けるなんて考えが頭から消えた。
受け止めてやる。真っ正面から潰して、お前を支えるものを根こそぎ刈りとってやる。そうして銀次が立ち上がったその瞬間、がくんと銀次の動きが止まった。
身体に力が入らない。ただそれは怪我によるものでも、ましてや疲労によるものでもない。単純に第三者によって、銀次が拘束されているからだった。振り向いた銀次は、一気に平常心を失った。
「ーーーーー?!」
首をなくした青年の死体が、銀次の手首を掴んで水の中に引きずりこんでいた。しかもそれだけじゃない。ほかに転がっていた2、3人の死体が銀次の腕を、足を、胴を拘束している。まるで、死者が命に縋るように。
リミットを外しているのか、筋力にほとんど差がない。頭を潰されているのに、どうやって動いているのか。そこまで考えて、それが陽動だということに気付く。
ユキが銃を向けている。充填完了。銀次は瞬きするほどの合間に、その言葉を聞いた。
「ーーーーさよならぁ」
やけに動きが遅く見える。けど音が聞こえない。
灼熱と衝撃に包まれながら、銀次は思った。
……………走馬灯?
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彼方から聞こえる爆音を聞いて、麻理鐘は呟いた。
「……………兄ちゃん、大丈夫かな」
佇む楓は、窓の外に目を向ける。
娘の問いに、少し迷う。
「大丈夫でしょう」
変わらぬ風景に、光が射す。
振り向かないまま、楓は答えた。
「あの子は貴方の兄で、私たちの家族です。
きっと、大丈夫です………………きっと」




