#21 交渉戦火
その夜、銀次はベッドに寝転びながら考え事をしていた。時刻は11時を周り、冷え込む針川の街に雪がつもりはじめていた。
考えているのは無論、リリィのことであった。即ち能力や生い立ち、昨日の櫂渚梁のことだ。
もし自分が特定の人物を追っていたとしたら、まず集団で追うような真似はしない。所属の第一隊の面子だと、追跡するのはせいぜい銀次と友人である遠藤有人のふたりくらいだ。銀次はもとより、最も持久力のある組み合わせである。残りのメンバーはふたりから離れた場所で移動と待機を繰り返す。紗江を中心として、通信や指示を請け負うのが主な仕事だ。
この陣形の精度によっては、全滅や情報の齟齬の確率は大きくかわる。現代で最もポピュラーな手段、及び陣形である。
櫂渚梁はその条件とほぼ一致する。能力が戦闘向きで、敵を追跡するための技術も持久力もある。加えて気配の断ち方を上手い。感情が昂ぶりやすいという点を除けば、背後にバックアップメンバーがいるという考察はほぼ正解だろう。組織に所属しているという旨の発言もあった。
ではーーーー仮に。
先遣隊ともよべる人物が戦闘不能になった場合。部隊のなかでもトップクラスの戦闘能力をもつ人物が負傷した場合。
自分たちより実力のある人物に増援を要請し、追跡そのものは続行するのが普通だ。
まして櫂渚梁に代われるだけの人物がいるのなら。
恐らくはーーーーー今日だ。
お客さんが顔を見せるのは。
「………兄ちゃん」
銀次が立ち上がると同時に、ドアの向こうから声が聞こえた。麻理鐘だった。開けて姿を見せる。一見すればただの制服姿。だが武装済みであることはその目を見ればわかった。
「俺が行くよ」
「……大丈夫?」
「俺の心配はいいさ、お前の次くらいには夜目もきくしな。それより他には?」
「お母さん以外はみんな寝てるよ。あんまり派手にやると起きちゃうだろうけど」
「母さんは?」
「兄ちゃんに任せるって」
「………ありがたいね」
つまりは、死にさえしなければなにをしてもいいということだ。銀次としては母親の戦うところをみてみたかったという気持ちもある。だがそれより、溜まったフラストレーションを解消したかった。幸せな空気は、些か退屈だった。
銀次は予備の制服に着替えた。ただ今日リリィと一緒に買ってきたブレザーを早々に汚すのは躊躇われた。
結果、シャツにスカジャンを羽織り、下はスラックスという奇妙なファッションが出来上がった。
麻理鐘がくすりと笑った。
「なんだよ?」
「別に。ガラの悪いヤンキーみたいだなって、ふふっ」
「……ほっとけ」
それは昔から良く言われていたことだ。ただみているだけなのに、なんで怒ってるの? と言われ続けた。
「……気をつけてね、兄ちゃん」
銀次に身体を預けて、麻理鐘は言った。
雰囲気がころころと変わる彼女だが、根本はいつもおなじなのだ。いつになっても、彼女は心配性だ。
「……ありがとな」
銀次は小さく礼を言った。掻き上げた彼女の額にキスをする。振動を感じた。麻理鐘の表情が緩んだ。
「……えへへ」
「静かだな、珍しく」
「だって兄ちゃんからシテくれることってあんまりないし」
変なニュアンスを感じた。
「………身体の火照りはあたしが沈めてあげるからね」
返答はしない。
窓の外の風景はいつも同じだ。雪が降っている。太陽が出ているか月が出ているかの違いしかない。
いつもとおなじに、しなければならない。
「ーーーーーんじゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい………………兄さん」
服の下の十字架が、疼いた。
■□■□■□
「へぇ…………」
闇夜に響くその声は侮蔑と明らかな殺意を含んでいた。冷気と寒気の境界で視線が衝突する。
武藤家から一キロほど離れたところにある、寂れた神社。年の始まりと終わり以外は住人を含めてもほとんど人が来ることがない。資金不足の慢性化により祭事も行われることなく、もっぱら不良たちの溜まり場として使われている。稀にあまりの騒音に耐えかねた近隣の住人が被害を訴えることもあった。
実は銀次もあまり来たことはない。何年か前に、まだ繁盛していた頃に巫女のバイトをする香月に付き添って以来だった。
武藤の家から点々と続く血痕は、ここ八ツ木神社を終着点としていた。人間の生首を持つ、見覚えのある少女が駅長のようだ。
「………非道いことするもんだな、痴漢したわけでもあるまいに」
「あはは、ユキが一般人なんかに身体を触らせるわけないじゃないですかぁ」
声の主は、足元に何人もの人間の死体を侍らせた少女だった。側頭部で縛った髪が特徴的のその少女は、携帯ショップで見たアルバイトのその娘だ。私服姿ではなおさら幼く見える。店員だと思った人物が敵として目の前に現れるというのは不思議な気分だった。
「白石さんは一緒じゃないのか」
「あの人は一般人ですよぉ? 知らなかったんですかぁ?」
「……知ってるよ」
ただ確認したかっただけだ。目の前の少女の表情があまり艶めかしくてとても同一人物とは思えなかったから、白石も同じだというのは嫌だった。
性別と関係なく、ただ人をひとたらしめている何かを失った悪魔の瞳。
きっとこの女は躊躇わないのだろう。関係あろうがなかろうが誰だって殺す。そうしなければ自分が殺される。そういう世界に生きている。
銀次との違いは、それを好んでいるかいないかのそれだけだ。
「わたしについては気付いてたんですかぁ?」
「確証があった訳じゃないけどね、なんとなく」
きっかけはリリィに向かっての一言だ。お姫様みたい、と彼女は言った。同時に思った。
俺なら何処かのお嬢様みたいだなと思うんだが、と。
無論思い違いの可能性がある。むしろその方があり得る、考え過ぎだ。単なる表現の違いかも知れない。
しかしうちに芽生えた違和感は、そこで疑問を捨てることを許さなかった。勘とも言える引っかかる何か。
今となってようやく気付いた。これは殺意だ。
「………櫂渚梁を知っているな?」
「当たり前じゃないですかぁ。ユキの上司ですしぃ」
「上司?」
「ええそうですよぅ。直属じゃないですけど、でも仇討くらいしてもいいと思いませんかぁ?」
ユキは手にもった、まだ二十歳に満たないくらいであろう青年の生首を両手で押し潰した。
錆びた鉄の匂いと、血液が充満する。
対する銀次は瞬きすらしない。気の毒だとは思うけれど、でもそれだけだ。前に読んだ小説にも書いてあった。“死んだやつとそうじゃないない人間の違いは右を向いたか左を向いたかの違いでしかない” という言葉だ。当時はぼんやりしていたけど、言いたいことはわかる。
要は、ただ運が悪かったのだ。身を守る力を持たないものは、それが持ち得るすべてなのだから。
そして、仇討ち。理由として正当ではあるが、まさか櫂渚があれでくたばったとは思えない。
「別に死んだわけじゃないんだろ」
「瀕死だったんですよぉ? あんな肉の塊みたいになってよく生きてたなって感じでぇ」
「………お前の前に転がってるそれだって同じ物質だろうに」
「関係ない人間がいくら死んだって、どうでもいいことですしぃ」
これもなんとなく共感は出来る。それだけなの話と言えばそれまでなのだけれど。
まあいいや、と頭をかく。学校のルールでは、現行犯は殺してもいいことになっているのだ。
「………大人しくしてくれるなら、一思いにやってやる」
「あはは、面白いこといいますねぇ。梁さんがどれだけ手ぇ抜いてたかも知らないくせにぃ」
「………そんなの死んだら関係ない。そのまま世界一の間抜けにしてやる」
銀次は神社に足を踏み入れた段階で、既に臨戦体制に入っていた。十字架の能力を存分に発揮できる状態、即ち余程のことがない限り戦闘不能にならない、しかしある程度負傷している状態。
限定解除ーーーーー40%
「………まさか素手でやろうってんですかぁ?」
「武器は脆くてすぐ壊れるから使わないんだ」
まさか、とユキは嘲笑する。現代の武器の性能を知らないのだろうか。小さなナイフでさえ砲撃を受けても欠けないというのに、どれだけ雑な扱いをしたら壊れるというのか。
ユキは能力持ちだ。だが能力に頼り切ったスタイルは、能力を封じられた瞬間にすべてが終わる。だから櫂渚梁をはじめとした多くの人間にあらゆる武器の使い方を教えらてきたのだ。最初から素手で戦うなんて愚の骨頂だ。
…………しかし、それも。
所詮は勝者の理論。負けたら、死んだらどれだけ武装してもなんの意味も持たない。
「そういうお前は?」
銀次の言葉にはっとする。その声が無性に癪に障った。
「………さあ? 」
感情を隠し、笑いながら言う。言葉ほど、武藤銀次という少年を舐めている訳ではなかった。弱っていたとはいえ、あの櫂渚梁を追い詰めたのだから。
あの忌々しい、アルベストールなどという女を庇って。
「あの女を差し出すなら教えてあげてもいいですけど、ねぇ」
「それじゃ交渉決裂だな」
もとより交渉するつもりもないが、と銀次。
エモノなんていらない。
そこに肉が、血が、骨が、生命があればそれでいい。
どんなヤツでもいい。武装しても問題ない。ただ、それでも、
「武器のように、簡単に壊れてくれるなよ」




