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#20 家族

銀次の携帯電話は壊れていた。昨夜の戦闘で液晶が砕け、破裂して内部が焦げ付いていた。銃弾の衝撃に耐え切る特別製だが、流石に炎をまとった岩石に耐えきれるほどの強度はなかったらしい。

都合が良いので新しいを買って行こう、とリリィの買い物のついでに思っていた銀次。そういやリリィは携帯電話持ってないな、と気付くまでわずか十秒。

移動を始めた時の彼女の第一声は次のようなものだった。



「ケイタイ? それは美味いのか?」


























だいたいのものを買い終えた銀次とリリィは、最上階にある携帯ショップへ向かっていた。リリィの頭の上では未だにうさみみがふりふりしている。気に入ったらしい。

「ギンジよ、ケイタイとはのんなのだ?」

「あー、なんというかだな」

リリィは思ったよりも、ものを知らなかった。昨日の記憶喪失とは関係なく、もともと存在を知らないようだった。まるで発展途上国でくらす人間が発展国に旅行でも来たように、未知と出くわしたかのように。

「例えばものすごく離れていても声が聞こえたり、何処に誰がいるとかわかったりするものすごーく便利な箱みたいなものだ」

「どのくらい離れても声が聞こえるのだ?」

「地球にいるうちはどこでも通じるらしいぜ」

「試したことがあるのか?」

「流石にそこまではないな。せいぜいロンドンと日本間くらいだ」

「ロンドン………?」

「……まあ見えないくらい遠くってことだ」

無論一般販売の携帯電話ではなく、聖学習院向けの特別製の話だ。噂によると月面にある基地との通信が可能なものもあるというが。

「ギンジも持っているのか?」

「……今朝踏み潰した」

昨日の夜のとばっちりで壊れた、とはとても言えない。実際に壊すには銀次といえどかなり本気にならなければならない。

一通りの機能を説明し終えるころにようやく店の看板が見えてきた。

「着いたぞ」

「ここか! 我が聖地は!」

「…………」

少なくともうさぎの群生地ではないが、銀次はつっこまなかった。

店は無線機から発信器まで様々なものを扱うためそれなりの規模がある。ガラスと通して中を見ると、幸いなことに他の客はいなかった。

「らっしゃーせー」

唯一いるらしい店員は痛んだ髪を金髪に染めたヤンキー風味な青年だった。深夜のコンビニの駐車場にでもたむろしてそうな柄の悪さだ。まともな応対ができるのだろうかと銀次は不安になる。銀次は無駄なことには神経質だった。

「どのようなご用件で?」

「あー……新規と、故障で」

「………そちらのうさぎさんは彼女? キャンペーンやってるけど男の方もつけないと割り引ききかないっすよ」

「マジかよ……」

リリィはかぽんと早速銀次の頭にうさみみをはめた。はやいよ、準備してたんかよ。

「にあってるっすよお客さん」

「嬉しかねえです」

意外と話せる店員さんだった。やはり人は見かけで判断してはならない。けして良い接客態度とは言えないが。

「そいでどちらを先にします? 故障なら代機用意してる間に新規の手続きしたほうが早いと思うんすけど」

時刻は7午後時をまわっていた。あまり遅くなるのは好ましくないため、一も二もなく了承する。

店員の名はシライシというらしい。白い石と書く。下の名前はわからない。銀次とリリィを椅子に座らせると、銀次から携帯電話の残骸を受け取り、代わりに分厚いカタログをふたりに渡した。白石は奥から、もうひとり店員を呼んだ。右の側頭部で髪を結った童顔の女だ。実際、何処かの高校生のバイトなのかも知れなかった。

「ユキちゃん、これお願い」

「はーい、ってあれ?」

「どしたのユキちゃん」

「これ針校の携帯じゃないですか!お客さんあそこの生徒? どうやったらこれ壊れるの?! 」

「いや、まあ踏んだら潰しちゃって」

「へー、あそこの生徒なんすか。象が踏んでも壊れないとかってやつでしょ、これ」

「象より重いなんてすごいね! うさみやろーなのに!ていうか隣の子なに?! 可愛い! お姫様みたい!」

恒常的に銀次が重いわけではない。瞬間的にならだせないことはないが、それにしても店員ズの人懐っこいこと。

「銀髪! 銀髪巨乳だよ白石さん!」

「ちょっとユキちゃん、仕事仕事」

かなり大きな声ではなすものだ。白石もそうだと思ったのか、注意して仕事を促した。はーい、と軽い返事をしてユキと呼ばれた少女は店の奥に引っ込んだ。多分、守秘義務を課せられた学習院の関係者に渡すのだろう。

今時学習院の生徒というだけで偏見を持たれたりするので、この反応は予想外で、銀次は嬉しいと素直に感じた。

珍しく銀次が笑っていた。自覚はしていないようだったが、その表情をみたリリィはなんとも不思議だった。

「すいませんねお客さん。あの子昨日から入った子なもんで。そいで何にします?」

銀次はカタログを広げた。ひょい、とリリィが覗き込む。

「オススメは?」

買うときは香月にまかせっぱなしだったので、銀次はイマイチ詳しくないのだ。

「最近だとやっぱりスマートフォンのほうすかね。折りたたみ式だとどうしても壊れやすくなりますし、時代がもう時代ですから」

「へえ……」

銀次は感心した。折りたたみ式をガラケーと言わないあたりがしっかりした人間性を感じさせた。

「俺のケータイは買い替えた方がいいんすかね?」

「破損具合によりますけど、まあ見た具合新しいものを買った方がいいでしょうね」

「データのほうは?」

「多分学校のデータベースにバックアップがあると思いますよ。明日も学校あるんでしたら言えば同期してくれるはずっす」

ふーむ、と一息。銀次は機械関係に弱い。武藤家ではデザインを選ぶのが香月、実用性を選ぶのが麻理鐘、何もしないけどとりあえず膝の上にいるのが蒼音である。

「ギンジ、ギンジ」

「なんや」

「ケータイとはどれだ?」

「それにのってるやつは全部ケータイだ」

「ほほう、これが……随分小さいのだな、それに薄い。ペラペラしておるぞ」

「いや、それはデザインが載ってるだけだ。本物はもうちょっとずっしりしてるよ」

そしてこっちもいろいろ大変であった。

「ほう、ペラペラでずっしりしているのか」

「ペラペラでもねえよ」

「それにしても種類が多くてよくわからんな。どれが良いものなのだ?」

「悪いもんは載ってないと思うが………いや、だめだ俺もわからん」

銀次が手を上げると、白石は少し笑いながら、

「特につけたい機能がないなら一番最初に載ってるヤツがいいと思いますよ。針校の専用の方の」

「このアイスバーンっていうの?」

「そうそうそれです。へんな名前ですよねー」

全く銀次も同意であった。

だがシルバーが基調となっているメタリックなデザインは琴線に触れるものがあった。俺はそれを買う、と銀次は決意した。

「んじゃ、オレそれにしますわ」

「まいど。そっちの彼女さんは?」

「………んゆ」

「なんだその返事。あと彼女じゃねえです」

「はははまたまた」

昨日の今日でいきなり恋人というのはいささか段階をとばし過ぎだろう。

「………ギンジはこれにするのか?」

ページをさしながらリリィは言った。

「なら、我もこれにしよう」

「えっ」

よくわからない音が口から漏れた。ジト目のリリィが銀次を睨む。

「む、えっとはなんだ。えっとは」

「いやだって……」

銀次は口ごもる。リリィのセンスを否定するわけではないが、そのケータイは女子が選ぶにはあまりに武骨なデザインだったからだ。カバーをつけても、あまりに大きい。

「いやほらさ、も女の子が持つならもっと可愛いデザインのやつとかあるんだし、なにもこれにしなくても」

「構わん。丈夫ならそれに越したことはないだろう…………それに」

「それに?」

リリィはひと呼吸おいて、それから言った。


「ギンジと同じなら、その分強く繋がっている気がするだろう」


「………………そうかい」


反則だ、と思う。

何処にそんな根拠が、とか。

なんでそんなに信頼をしてくれるんだ、とか。

笑顔ひとつで、全部どうでもよくなってしまうだから。


「…………そんじゃ、ふたりともそれで」

「まいど」




全部の買い物が、終わった。












































「あ、おかえりとリリィさん。あと兄ちゃん」

「俺はおまけか」

武藤家に帰った銀次とリリィを出迎えたのは、妹の麻理鐘だった。まだ帰ってきてそんなに時間がたっていないのか、まだ制服を着ていた。もう八時半を回っている。訓練がハードだったのだろう。

「遅かったのか?」

「うん。紗江さんがサボりやがってあのやろーって言ってた」

「訓練に色気は無え」

そう言えば今日はあれだ。新任の熱血教師が唯一出張ってくる日だ。麻理鐘は成績優秀のため、週に1度のペースで高校の訓練に参加している。顔から見るに、その日が運悪くカチ合ってしまったのだろう。合掌。

「同情するくらいなら兄ちゃんの子種が欲しいな」

「甘いもんでも奢るから勘弁してくれ」

「よかろう。あ、もうみんな待ってるよ」

麻里鐘の言葉をかわし銀次は奥の部屋に入った。あとに続いてリリィがおそるおそる入った。来客用のものだったが、今日からはリリィのものだ。

「ここは?」

リリィがたずねた。銀次はもった荷物を置きながら、

「リリィの部屋だよ、今日からな」

「なに? ギンジと同じではダメなのか?」

ダメどころの話ではない。最初に香月が怒って最終的には母親がキレる。年頃の男女がうんたらかんたら、雑念を消すにはお稽古です! あれはこの世の生き地獄というやつだ。受けるくらいなら間違いなく富士の樹海に身を投げた方がマシだ。

どちらにせよ死ぬことはないのだが。

「………同じ家にすむなら、けじめをつけなきゃ」

「そういうものなのか」

「そういうもんさ」

そのとき銀次はリリィの顔を見ていなかった。

納得しているのか、それとも渋っているのか。それさえ知るのが怖かった。

だから、少しくらいは、熱が残っているように、


「……まあでも、本当にさみしくなったらこい。子守唄くらいなら歌ってやらんこともない………かもな」

どちらなのだ、という言葉を呑み込んでリリィは言った。


「………楽しみにしておこう」















香月が呼ぶ声が聞こえた。料理が出来たのだろう。

リリィは銀次に続いて部屋を出た。背中を見ながら廊下を歩く。

居間の前で丁度立ち止まった。次の瞬間、



「「「リリィちゃん(さん)、ようこそ武藤家へ!」」」


扉から盛大なクラッカーと元気な声がとんできた。

香月、麻理鐘と蒼音。奥では豪華な料理の前に微笑む楓がいる。隣にはやれやれとばかりに苦笑する銀次。

リリィはぱちぱちと瞬きをする。ポニーテールの少女が駆け寄る。


「おかえりリリィちゃん! 今日は歓迎会だからいっぱい食べてね!」

「………歓迎会?」

「うんっ!」

「……我の?」

「うんっ! 」


リリィは呆然としたままだった。対照的な表情の香月は照れくさそうに頬を赤く染めながら着席を促す。裏がなくて明るい。銀次が座ったのを尻目に、蒼音が音頭をとった。


「………武藤家にようこそ、リリィさん………えと、今日は、そのささやかながら……お祝いを用意したので、ど、どうぞっ………」


それだけを言い切ると、彼女は銀次の後ろに隠れてしまった。よく言えました、と頭をなでる。


今日電話したときに言われたのだ。

歓迎会をしたいから、その準備のためにも買い物にいって時間を潰してくれと。銀次は7時ごろがいいだろうと思っていたが、実際は8時半を回ってしまった。それが今回はいい方に転がったのだった。

そう言えば、銀次が初めてこの武藤家に来たときも、似たようなことをしてもらった記憶がある。あの時はまだ、武藤鋼が生きていた。


「昨日はバタついて何も出来ませんでしたからね。今日はゆっくりしましょう」


楓はこの家で唯一の成人で、そして母親だ。落ち着いた物腰も、彼女以外の人間は持ち合わせていない。

だから、付かず離れずの距離はリリィにとっても心地の良いものだと感じたのだろう。リリィの質問は、楓へと向かった。なぜだ。なぜ、そんなに落ち着いていられるのか、と。目が語っていた。


「………複雑な理由があるのは貴方だけではありません。銀次さんも香月さんも、麻理鐘さんも蒼音さんも、みんな悲しい出来事を経験してきました。私だって、それは同じです。

それでも、今の私たちはこの家で、家族として暮らしているのですよ」


リリィの考えはこうだった。

家族としては認められなくてもいい。ただ、銀次だけには嫌われたくなかった。銀次の近くにさえいれば、また寒い場所に放り込まれずにすむ。

でも、それは全員が同じだと楓は言った。

誰もが誰かに、そういう願望を持っているのだ。いや、持っていたのだと。

始まりはそれでもいい。汚くても、醜い妄執でも。

誰かを思い、誰かに思われることが、きっとできるようになると。


「血の繋がりなんていりません。誰の子どもでも、産まれた国がどこであっても、人は繋がることができる。

友人とも恋人とも違う、確かな家族としての絆なのです」


楓は立ち上がってリリィに寄ると、ふわりとその身体を柔らかく抱き締めた。

背は楓の方が低い。戦いから身を引いたその体躯は華奢ですらある。

それでも、リリィは楓の存在がずっと大きいものだと感じた。銀次のような灼熱ではなく、張った湯のような温かさ。

それがリリィの、何かを溶かすように、


「っーーーーー!!」


ぼろぼろと、涙がこぼれ始めた。

銀次は既視感を覚えた。香月も麻理鐘も蒼音も、みんなこうだった。違ったのは自分ひとりだけだった。銀次だけが、涙した記憶がない。また仲間はずれだった。


「………もうひとりではありません。辛い時には、それを思い出して下さいね」


その言葉をきっかけに、リリィの心をせきとめるものが決壊した。

悲痛な声が響いている。降り出した雨のように、それでいてだんだんと静かに。


「銀次」


最中、香月に呼ばれた。

安堵した笑顔で、


「……おかえり」


「………ただいま」


えへへ、と頬を緩めながら笑った。


これもまた、家族のカタチなのだ。





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