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#19 目覚め、そして日常

空気が水面へ浮上するように、櫂渚梁の意識はやんわりと覚醒した。

きょろきょろと目を動かす。強烈な頭痛と倦怠感が体にまとわりついて、顔をしかめる。腕も足もうまく動かなかった。


「ーーーーーーーーーー」


声もうまく出ない。ガラスをすり合わせるようなかすれた声しか出ない。そのうち水槽の酸素ポンプをとめた時の魚のような顔をしている自分の顔を想像して、諦めた。間抜けにも程がある。

落ち着こうおして、くらりとした。これは相当ひどい怪我をしたようだと理解した途端に、再び強い痛みが櫂渚梁を襲った。

耐え切れず、吐いた。出てきたのは吐瀉物ではなく、血だった。


「かっ…………」


何度も繰り返す。

皮肉にも、血液が喉を湿らせたことによってなんとか声が出た。喉を潰されたのではなく、たぶんこれは、長い間水分を摂取しなかったせいで声帯を呼気が通らなかったということなのだろう。

水分が抜けきるほど長く寝ていたのか、もしくは水分そのものが失われてたのか。ますます状況が理解出来ない。身体中に巻かれた包帯と、たった今自分の血液で汚れてしまったベッドを見て誰かに看病されていたということだけが理解出来た。

的確な処置。能力で再生した上に、包帯等での不可を軽減する補強。

何人かいる能力持ちの知り合いのなかで、医療に通じていて、かつ傷の治療や再生などの系統の能力を持つ人間。

その人物が自分に処置を施してくれたのだろうか、という櫂渚梁の考えは、結論から言えば、当たっていた。

彼の目の前に現れたのは、背の高い女。ところどころに入った赤のメッシュが特徴的だった。


「気分はどう?」


「………いいわけねえだろ、エリス」


最悪だ、と付け足す。エリスと呼ばれた女は笑いながら言う。


「でしょうね」


櫂渚はエリスからタオルを受け取った。手を拭いて、血を拭う。白い布地が赤く染まる。


「ひどい怪我だったもの」


「……………」


「首、背中、腰の関節が潰れてる。臓器は損傷がひどい上に位置がバラッバラ。一般人なら10回死んでもおつりがくるわね」


ほう、と息を吐く。

櫂渚は記憶をさぐりながら話を聞いていた。


「………覚えてない?」


「……さっぱりだ」


自分でも驚くほどに何も思い出せない。昨晩の最後の記憶は、久々に見た雪に少し気分が高揚したことだった。この街ーーーそう針川だーーーの雪は、まとわりつく死臭が酷かったのでよく覚えていた。

その中で、誰かがいたような

首をひねる櫂渚にむけて、エリスは言う。真実を告げるという意図と、かなりの驚きを混ぜて。



「負けたのよ、梁君」



心の奥に、ズンときた。無意識に左の頬をなでた。そしてわずかに、影が脳裏をよぎる。

ガラス割れた窓に月が浮かぶ。色彩感覚が薄れて、白いようにも黒いようにも見える。そこに、誰かを重ねるとしたら。だとしたら、その黒い月とは、


「…………あの女に…?」


今度は感心したように、エリスは言った。


「もう思い出したんだ」


「………いや、まだおぼろげだ」


「それでもよ」


彼の回復力には驚くを通り越して呆れるばかりである。エリスは頬に手を当てた。

エリスは伝えるか迷っていたが、櫂渚梁の傷は昨晩の戦闘によって出来たものだった。


朽庭の王(ベルゼブブ)


そう呼ばれる能力をもつ少女を追っていて、戦闘になった。当初の予定とは大きく外れた完全な想定外(イレギュラー)。本来ならば、もともとかなりの深手を負っていた彼は、彼女はおろか一般人にさえ手を出すつもりはなかったのだ。リリアネス・フォン・アルベストールという少女の他人を巻き込むことを良しとしない性格を知っていたから。故に常に一定の距離を保ち、心身ともに疲弊したところを捕らえるつもりだった。

もちろん昨日も例外ではない。何故か持っていた携帯が圏外で使えなかったために定時の交代が出来なかったが、本来ならばリリィのもう一人のメンバーがするはずだったのだ。

そうして一瞬意識をそらしてしまった。リリィに近づく人影が見えたのはその時だった。櫂渚梁は驚いた。意識がずれていたとはいえ、普通人間の気配を見逃すはずがない、あり得ない。どころかその人間はこちらが完璧に隠密に徹しているにも関わらず、居場所を特定するかのような素振りを見せた。

仮に立場が逆だったとしたら、自分は気づけただろうかと自問する。ハッタリかもしれない。だがそうとは思えない、鋭い殺気に櫂渚は気圧された。

そしてもう一つ。それ以上に、近付いた人物の、その服装がまずかった(・・・・・・・・・・)

針川聖学習院。の、その高等部の生徒。

彼女と軍部が接触するのは都合が悪すぎた。最悪の場合、彼女が処刑されるか、そうでないにしてもその存在が世界に向けて発信されてしまう。それほどにまで彼女の持つ能力は危険なものだった。

櫂渚は即座に行動した。能力を発動し、その人影ーーー武藤銀次ではなく、リリィへ向けて放出した。なぜ銀次に向けなかったのかと言えば話は簡単で、リリィが防御するためには魔術を使うしかないので巻き込まれるかたちで死亡するかと思ったのである。

リリィの誰かを巻き込まないようにという考えをより強くさせるという狙いもあった。ところが実際はそうはならなかった。

初撃で腕を落とした。けれど、即座に傷が再生した。彼女をかばいすらした。

異常が過ぎて感覚が麻痺しそうになる。櫂渚は戦闘を開始することに決め、そして結果は見ての通り。

これが櫂渚の使い魔を通して見た記録であった。


戦って、負けた。

要約すればそれだけの話。


……でもそれは本当にそれだけの話(・・・・・・)なのだろうか?


「何か思い出せることはある?」


「…………アルベストールってのは、銀髪の女だったか?」


「そうよ」


櫂渚梁は超がつくほどの好戦的人物。複数の能力を使うこともできる。プラスしてかなりの実力者だ。本音を言えば、高校生で彼を相手にして生き延びれる人間はそうはいない。


「………俺はそいつにやられたのか」


やっぱり覚えていない。

櫂渚梁は武藤銀次を覚えていない。エリスは慎重に言葉を選んだ。


「梁君がその娘以外に負けるなんて考えられないと思うけど」


直感だった。直感で、思い出させてはいけないとエリスは感じた。

彼の記憶の欠落には、きっと意味があるのだ。櫂渚の視線がそれたと同時に、エリスは背後の部下にある命令をだした。

消せ。 記憶の頼りになるようなものは隠滅しろ。

二人の思惑は交差していた。


「………腑に落ちねぇ」


知っていた。

アルベストールの女が本気で殺しにきたのなら、数秒まともにもたない。即死してもおかしくない。迂闊に攻撃しないのはそのためで、彼女の性格とあいまって交戦率は非常に少ない。

それが今回に限って………?

櫂渚は自らの血を拭ったタオルをみながら、考えた。血にわずかな腐臭が混じっていた。


………… いや、何が


この違和感はなんだろう。

自分が死にかけていること? いいや違う、逆だ。自分が生き残っていることだ。

勝ち目のない戦いをするほど馬鹿じゃない。

じゃあなぜ俺は戦った? なぜこの程度の怪我で済んだ?



ーーーーーばちん



「考え過ぎはよくないわよ」


エリスが手を叩いた。

はっと櫂渚は顔をあげる。頭痛が痛みを増し、眠気に襲われる。


「いっつ…………」


助かったは言え、櫂渚は重傷だ。安静にしなければ命が危ない。


「まだ寝てなさい。一週間もあればだいたい治るわ」


無論魔術による治癒をしてだが、本来彼女の能力は治療のためのものではない。

不足しているのだ、そういう能力者は。ただでさえ稀少な上に、その兆候が見られれば軍や政府がすぐ唾をつけにかかるから。

櫂渚は事情を知っているために無理なことを言えなかった。

すぐ直せ、今すぐでる

そしてこのモヤモヤを取っ払いに行く

本音を言えばその通りだった。けれど、自分の今の状態も知っている。

だから今は、せめてこの傷が癒えるまでは。


「………少し、休む」


「ええ、そうして」


言うが早いか、櫂渚の意識は急速におちていく。

彼が眠っているのを確認して、エリスは自室に戻る。右に三つの部屋を挟んだワンルームだ。

ひとりの部下がいた。


「ご報告します」


痩せて頬の痩けたその男は言った。


「なに?」


「素性が判明しました」


誰の、というのは言うまでもない。

櫂渚を殴り飛ばしたあの高校生のことだ。


「武藤銀次。針川聖学習院の近代武器学科、近接戦闘科に属する一年生。第一部隊の隊長をしています」


「………へえ」


エリスは簡単の声をあげた。

彼女は軍関係の学校にいたことがあるため、その重みを理解していた。


「ランクは?」


「今年の夏のものでは100位程度です」


「うげ………その順位で梁君倒しちゃうんだ………」


そうするとあと100人は手負いとはいえ、櫂渚梁を倒せるほどの実力者がいるということになるのか。

針川は猛者ぞろいだと聞いてはいたが、ならばその戦力はどれほどのものになるのだろうか。かんがえたくないなあ、とエリス。


「………….あれ? まって今年は(・・・)って?」


部下の物言いに疑問を抱くエリス。

今年は? 校内戦に参加できるのは高校の夏からではなかったか。

あらかじめ予測していたように部下が答える。


「ええ、針川も基本的には高校生限定のようですが…………どうやら例外があるようです。

武藤銀次が参加したのは中学2年の冬と3年の夏の2回。どちらもぶっちぎりの一位です」


「中学生が?!」


返答はなかった。エリスは次の言葉を待つ。

しかし中学生で高校生全員抜いて首位とは。どんなに優秀な能力を持っていても、そのふたつには決定的な違いが存在する。よほど実践慣れしていたのか、それとも経験を超えるほどの強大な能力を持っていたのか。もしくは、その両方か。そうでなければ首位なんて結果はあり得なかっただろう。さぞかし褒めそやされたことだろう。今年の結果こそ気になるところだが。

それにして、と一言。


「………信じ難いわね。というかなんで中学生が参加できてるのよ。条件ってなんなの?」


動揺を隠すように言葉を紡ぐ。

次の言葉は、エリスをさらに地獄へと突き落とした。



「ええ、ある条件を満たしたものは年齢に関わらず校内戦に参加できるようです」



「条件?」





「ええーーーー悪魔を殺したことのある者だけが、その参加権を得ることができるようです。

それも、第一種危険異生物級の悪魔を」





























□■□■□■□



「……………」


日本語というものは全く素晴らしいものだと思う。

常時ストレートな外国語に比べて、柔らかい表現もより辛辣な言い方もできる。

例えば書店で18禁のえっちい本を買うとき、英語なら buy a pornbook が基本である。そこに勉強のためとかそういう理由をくっつけても、 buy a pornbook つまりエロ本を買うという事実は変わらない。買うもの→言い訳という青春の1ページが出来上がる。苛まれる思春期の呪縛である。

しかしそれが日本語なら、主語は必要なくなる。私がそれを買うのは勉強のためである。しかし“それ”が何を示すのかということは明言していない。つまり、買った品の中に 偶 然 そういったものが紛れている可能性だってあるわけだ。

素晴らしき日本語。

これでエロ本だって自由に買えるビバ日本語、これが思春期の新たな呪縛…………



「………いやだめじゃん。結局呪われてんじゃん」


ならばTUT○YAとか………


「音声がある分もっと厄介だな」


オンデマンドのデータ販売とか………


「いいよもう。おとなしく禁欲するよ」


結論。

英語だろうが日本語だろうがやることは変わらないということで。


………いやそういうことを言いたいんじゃない。


「何をぶつぶつ言っておるのだ、ギンジ」


「いや、別になんでも……」


変なギンジだな、と目の前で銀髪の少女。

紗江に借りたレギンスをはいている以外は今朝とかわりのない格好だった。

その頭に、ふりっふりのうさぎ耳がついていることを除いても。同時に自分の頭にも同様のものがついているというのも、理解したくない事実だった。


「欲しいものは見つかったのか?」


「おおそうだった」


リリィはぽんと手を打った。ふりふりウサギ耳が揺れた。


「ふたつあるのだが選べなくてな、ギンジにも見て欲しいのだ」


「ええー……」


「………いやなのか?」


「………嬉シイ限リデス」


ここで嫌だといえる人間はいない。断言しよう。


周囲に満ちるファンシーな女子グッズ。

なぜこんなところに俺が、という銀次の呟きは、嬉しそうに笑うリリィの耳には届かない。


事は、2時間ほど遡る。
























■□■□■□■



『生きてますか、銀次君』


「第一声が生存確認って母親としてどうよ?」


『まあまあ怒らないで下さい。怒りますよ』


「まさかの逆ギレ?!」


なんとなくではあるのだが。

武藤楓という人物は、武藤麻理鐘と何処か似ているような気がした。外見や話し方だけでは真意が掴みにくいところとか、得体のしれないところとか。

電話で顔が見えないときは尚更だった。


『ふふ、冗談ですよ』


「……心臓に悪い冗談はやめてください。血が足りなくて倒れそうなんだ」


余談だがこの母親はキレると怖い。すごく怖い。どのくらいすごいかと言うと、地面に落ちている石でヘリを撃墜することが可能なくらいである。ちなみに実話らしい。


『それより、リリィさんの件はどうなりましたか?』


「なんか知らないけど編入が決まりました」


寝耳に水であったのだが。


『……やっぱりですか』


「知ってたの?」


『ここひと月くらいの占いに出ていたので、なんとなくは』


「へえ……」


彼女の占いは高確率で当たる。能力との関係性は知らないが、スポーツの試合の勝敗からその日の運勢など幅は広い。銀次は結果をひっくり返してやろうと躍起になっているが、今のところ全敗していた。


『銀次さんの腕がおとされることも出ていました』


「忠告してくれよ!」


『しても聞かないじゃないですか。一度身体に言い聞かせた方が貴方のためになったでしょう』


「ぐっ……」


正論、超正論。

その辺の思考は流石母だった。きっとこの人の前では一生子どもなんだろうなと銀次は思う。根本的に敵わない人物なのだ。


「…….まあいいや。それで、何の用?」


『おっとそうでした』


携帯の向こうからぽんと手を叩く音が聞こえた。どうやって電話を持っているんだろう。


『銀次さん、今日の放課後は空いていますか?』


「今日? 自主訓練だから時間はつくれるけど」


『よかった。少しお願いがあるんですが、良いですか?』


「? 別に良いけど」


『そんな大変なことじゃないんです。リリィさんの生活に必要なものを買ってきて欲しいんです。

食器なんかも足りませんし、自分のものもあった方が良いでしょう。あと制服の採寸なんかも頼んであるのでお願いします」


そんなアバウトな。制服と食器以外わからないじゃないか、と銀次。


「服とかは?」


『とりあえずは香月ちゃんのもので我慢してもらいましょう。後で出かけた時に買えば良いですし」


となれば、あとは文房具とか携帯などだろうか。

そう言えば銀次の携帯も昨日の件で破壊されていた。現在は香月の携帯を借りて通話中である。


「……わかった。予算はどのくらい?」


『だいたい十万円くらいです。そういえば昨日の報酬で少しお金がはいったようですよ。後でお金は渡すのでとりあえず立て替えておいてください』


了解(ラジャ)っす」


『ああ、あと絶対に私が買うように言ったなんてリリィさんに言わないでくださいね』


「……わかってるって。俺からのプレゼントだとでも言うよ」


『察しがよくて助かります。お母さん、鈍感なのは嫌いですからね』



「ーーーーーー」



少し空気が冷えた気がした。わかった、と短く返す。

それは誰の事、と言いかけて口をつぐむ。あとの事はあまり覚えていなかった。





まあ、それはともかくとして。

ミッション、リリィの生活用品を揃えよ。


そんな訳で、銀次とリリィは学校から少し離れたところにあるショッピングモールへ出かけることにしたのだった。
























……………以下次回!

変なところで終わってすみません。

きるところがなくて少し中途半端になってしまいました。


これからもよろしくお願いします。



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