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番外編 乙女の聖戦 後編

「なあ紗江さまあ〜チョコくれぇ〜」


「それ以上近づかないで遠藤。殺すわよ」


ついに恥を捨てたか、と一言。

土下座でもするなら考えてやらんこともないけどね、とあえて言わないあたりが、盟夜紗江の人としての情なのだろう。最も土下座で甘味をくれてやるつもりなど毛頭ないが。

この友人……とも思われたくないが、遠藤は武藤の野郎と仲が良いので必然的に話す機会も増えた。不本意ながらいろいろなことがわかってしまうもので、こいつが名前の下に変な呼び方をくっつける時は大概困っているときだ、と紗江は気付いた。

ぶっちゃけ関わり合いになりたくないと言うのが本心である。

今日に限っては、どうせチョコもらえないとかそんなくだらないことに決まっている。毎年毎年飽きもせず盛り上がっては沈下して、良い加減分別をわきまえて欲しいものである。


「どうせもらえないんだから静かにしていれば良いのに」


「いや、まだだね! 恥ずかしくて渡せない乙女がいるはずだね!」


「一生渡さないでしょうよ」


「俺の目の前に!」


「死ね」


ゴン!

紗江は持っていた水筒で遠藤の頭を殴打した。

机の上に倒れて欲しくないので、右から左に横薙ぎにだ。紗江は近代武器学科なので、本当に銃を撃ってもよかったのだが無許可での発砲は厳罰なのである。


「………黙っていればもらえてもおかしくはないんだけどね」


偶然にも同じ感想が出たのは、それが大衆の意見だからである。

しゃべらざれば玄人。されど口を開けばただの阿保。

それが遠藤有人である。

武藤もよくこんなのとこんなのとつるんでいられるなと思う。いや、違いがあるからこそ良いのかもしれない。友達なんてそんなモノだ。

隙間が埋まるように人が集まるんだよ、と武藤銀次は言う。

詩人のようだ、まるで。何にでも理屈をつけたがるのは彼の悪い癖だった。


ーーーそれとも、理由がなきゃいけない理由がある、とか。


「はあ……………」


ため息をついて、紗江は思った。

教室には少し前に転校してきた銀髪の少女がいた。やたらと武藤になついていて、略奪愛だなんだと騒がれていた。

それも、と。

紗江は腹立たしかった。香月にかなうわけじゃないのに。

武藤が

あの馬鹿が

誰かを真っ直ぐみているだけなら、全部丸く収まったのに。

願わくば、それが香月だったらよかったのに。




だからこうして。



毎年毎年、変な期待を抱かせられることも、ないのに。





「………………はっきりしろってのよね、男なら」



それでも。


はっきりした結果が予想通りなら、やっぱり今が1番だと思う自分が、紗江は本当に大嫌いだった。






























一方、紗江の現在地から少し離れた空き教室では、件の香月が多大なショックを受けている最中であった。

香月はひとに嘘をつけない。そしてつかれた嘘を見抜くこともできない、いわゆる甘ちゃんなのだった。

同じ家で暮らしている銀次は当然その辺りの特徴を知っているため、今回、幼年時のような遊び心が芽生えた理由の一因をかっていた。


「……今、なんて……?」


そう聞き返してきた香月の声は震えていた。

いうところの、冷たく突き放す作戦だ。


「な、なんでそんな急に……」


「いやあ、前から言おうと思ってたんだけど。俺あんまり甘いの好きじゃないから、貰うの断ろうって」


「………!!」


……まあ嘘なのだが。

香月はだいぶショックを受けたようである。

よく言えば真面目な、悪くいうと単純な彼女の性格はイジるに適しているのである。


「……あ、蒼音ちゃんからはもらってたのにっ」


「蒼音ちゃんだけ、さ」


実は紗江からももらっているが、黙っておこう。

受けとってもらえるであろうものを拒否された時、香月はどんな反応を見せてくれるのだろうか。




…………などと、終わってから言えばずいぶんとくだらないことをしたと思う。

というか、調子に乗っていたと思う。


馬鹿だった。

むしろ、やり過ぎた。乙女の純情を舐めていた。



「…………………ふぇ」


「!!」


やべっ、とそう思った時には遅かった。


「やだぁ! そんなのやだよう! 頑張ったもん、頑張ってつくったもん! 迷惑かけちゃうからって……せめてこれくらいしないとって………! おいしいって言ってくれたらいいなって……がんばったのに……………なんで…………?」


「え」


「知らないもん! 銀次が誰を好きとか、そんなの知らない! だけど、せめて気持ちくらい伝えたかったのにっ………」


ぽろぽろの涙が香月の頬を伝う。

やっちまった、やり過ぎたいじりすぎた。

彼女は泣き虫なのだった。それも、筋金入りの。


「ぐすっ…………」


肩を震わせながら下を向いてしまう。

冗談のつもりだったのに、冗談ではなくなってしまった。


(やっべ…………)


「うわぁぁぁぁぁん………!」


やばい、これはやばい。

どうしよう、どうやったら泣き止んでくれるのだろう。


自分の場合だとどうだっただろう。

過去に同じような体験がーーーーーダメだ、ない。香月をいじってたことしかねえ。


「………香月」


「…………?」


もうしょうがない、と腹をくくる。

悪いことをしたのはこちらだった。


ぎゅっと香月を抱きしめた。

そして、ひたすら謝罪をした。


「…………ごめんな、意地悪して」


「………う、うううううううう」



顔を銀次の胸板に押し付けて、香月は泣いていた。

十分ほどのあいだ、お互いの顔を見ることなく。









「まったく! 銀次はまったく!」


「いや、はい、すんませんでした………」


それから。

種明かしをしたあとの銀次に待っていたのは、香月のお説教だった。

ぷりぷりと怒る彼女はどこか愛玩動物めいた可愛らしさがあるが、とうの本人にとっては大した慰めになるものではない。基本的に銀次は怒った香月には頭が上がらないのだ。


「本気にしちゃったじゃないっ」


「……はあ、すんません」


いやマジで。

あんまり香月いじってると麻理鐘あたりからもどやされるのである。


バレンタインデーなんて日ということもあり、あの妹がどんな突然変異をとげているかわかったものではないのだ。



「ごめんな、香月」


平謝りする銀次を見て、香月の表情が少し和らいだ。

自覚してないだろうけど、子どもっぽいところがあるのは銀次も一緒なのだ。


「………………してくれるなら」


ぼそり、と香月が何かを言った。顔をあげると、チョコを銀次に差し出しながら、銀次が聞き返すまえに香月はもう一度いった。



「もういっかいぎゅってしてくれたら許してあげるっ!」




















□■□■




「なあ銀次、殺していいよな?」


「いいわけねえだろ殺すぞ有人」


つまりはお互いの殺意が溢れているわけなのだな、といがみ合う武藤銀次と遠藤有人をみながら紗江は思った。

この場合、悪いのは多分遠藤なのだが。

もらった糖分を学校で摂取している銀次も銀次だが。


「ていうかもらったものを学校で食べるのやめなさいよ」


「なにいってんだメイ、お前の食ってる訳じゃねんだから気にすんな」


「………そういうことじゃないっての、ばーか」


「? まあお前のは帰ってからありがたくいただくが」


「そういうことでもないっ」


問題なのはどこで食べるかという話ではなく、単に銀次がもらったものをうまそうに食っていることによって発生する二次災害である。

主には香月とか、香月とか、香月である。


「くそっ! なんで銀次ばっかり!」


「諦めろ有人。人望の差ってのはこういう時に出るんだ」


「………まあ隊長やってるしねえ」


ぼそりと紗江がつぶやく。

遠藤の耳には届いていないが、実はその言葉は正解である。

針川の高校一年の人数はおよそ400余人。そのうち半分は近代武器学科および近接戦闘系に所属している。

隊は状況によって編成を変えるため一定ではないが、だいたいの部隊数はおよそ20〜30程度。その中でも飛び抜けて優秀な第一隊の長が武藤銀次なのである。

言葉だけでいうと簡単そうに聞こえるが、武藤銀次本人は軍の日米合同演習にも招集がかかることもあるくらいだ。(流石に結果はさんざんだったそうだが)


早い話、それなりに優秀な人間には人の目が集まるということだ。


「くそぉ……夏の時のランクは俺の方が上なのに……!」


「今年だけの話でしょうが……」



そうして三人がいつものように話していた時、ガラリと教室の扉が開いた。

反射的に遠藤と紗江が自分の席につき、トイレからちょうど戻ってきたリリィと香月も席につく。

そんな風に、多くの生徒がやってくるであろう担任、坂町太郎の姿を待っていた。


「……………あん?」


おかしなことに、いつまでたってもその姿は見えない。

痺れを切らした銀次が誰がドアを開けたのか確かに行くのと同時のことだった。

坂町太郎とは違うシルエットが、するりと教室に入り込んできた。


「げっ」


反応は様々だった。

中で銀次だけが、実にいやそうな反応をした。

しかし当然と言えば当然。

入ってきたのは、彼の妹の武藤(まりかね)麻理鐘(まりかね)だった。特に学校での彼女の姿は、銀次にとっての天敵なのだ。


「…………なにしにきた?」


「あらお兄様、ご機嫌麗しゅう♪」


クラスメイトの視線が銀次に向けられる。香月とリリィは首を傾げ、紗江はまた面倒なことになってきたなと傍観を決め込んだ。


「いや本当になにしにきた?」


「嫌ですわお兄様、今日ようがあるのはお兄様だけではないのですよ?」


そりゃどういうこった、と銀次が口を開く前に、麻理鐘はパチンと指を鳴らした。

それを合図に、あいた扉からダンボールを持った屈強な男たちが入り込んできた。


「なんだこりゃ、つか坂町はどうしたんだ」


「ふふ、先生には少し席をはずしてもらっています。

それより、今日ここにきたのはこのクラスのみなさまに用があるからです」


俺たちに?と多くの人間が首を傾げた。

武藤家の人間は有名だが、接点のある人間はごくわずかだ。銀次のクラスメイトの多くはその「関わりのない人間」であった。

互いの名を知り合っているのはせいぜい紗江くらいのものだろう。


「そう身構えないでください皆さん。

今日は日頃兄がお世話になっているみなさまに礼を言おうと、僭越ながら菓子を作ったので受け取って欲しいのです」


つまりはバレンタインという機会に合わせてチョコを配りたいと。

銀次を除く男子の半数はそれを理解するのに数秒の時間を要した。

次の瞬間、大砲のような歓声が教室を震わせた。


「来たぞっ…………! 俺たちにっ…………!」


「春がっ…………!」


「いや義理だからねあんたたち。わかってんの?」


紗江が冷静に突っ込む傍らで、香月とリリィがうんうんとうなづいていた。

おそらくは手伝わされたのだろう。よく見れば彼女らの目元にはくまがあった。苦労の後だった。よく見れば、麻理鐘にも同じものがあった。



屈強な男らが綺麗にラッピングされたチョコを配り終えた。

待ち切れない一部の男子ははやくも食べはじめまたまた奇声をあげ、その菓子の出来の良さに感心する女子もいた。

実際に出来は良かった。溶かしたチョコを型にいれて固めただけの品ではあるが、生クリームを混ぜたものやクランチなどバリエーションが多く、手軽ながらも完成度は高い。中には麻理鐘にレシピを聞いている女子もいた。


「………うめえ。うめえよ銀次。おれ生きてて良かったよ」


「泣くほどかよ……」


遠藤は食いながらぼろぼろと涙を流していた。

たかだか義理で泣くなど、どんな人生を歩んできたのだろうか非常に気になるものだ。何年か前に武藤の家に来てからもらわなかったことのない銀次にはよくわからなかった。


「………まあいいや」


多分ろくな人生じゃない。

銀次は屈強な男の持つダンボールに手を伸ばす。だがその手は空を切る。覗き込むと、中はすでに空だった。他のダンボールも同様だった。

…………え? 俺にはなし?


「銀次様には自分で渡したいと麻理鐘様より仰せつかっています」


知らねえよ。

つかなんで敬語なんだよ様とかつけんな、と銀次は即座に思ったが多分こうなるように調教したのは麻理鐘だ。実行犯が妹とあっては罪悪感やら後ろめたさやらでなにも言えない。銀次の名前にも様がついていたのはなんでだろう?


「麻理鐘様の将来を共にする方ですので」


初耳だよ。


「いやんお兄様、結婚なんてまだ早いですっ」


ぶちっ、と背後でへんな音が聞こえた。

多分香月とかリリィの切れた音だ。

がちゃこん、と金属音。

これは紗江が銃を構えた音だった。ちなみに彼女のお気に入りはグロックである。

かなりの改造を加えたらしく、限界までチェーンアップを重ねた軽量(主に引き金)モデルである。

彼女は気に入らない人物をそれで「誤射」する癖があった。


「まて、まてまてまて」


嫌な視線を感じながら銀次は弁解する。

そんな身に覚えのないことで撃たれるのはごめんである。


「ふふ、冗談ですよ」


趣味の悪い冗談だ。

銀次は両手を上に挙げた。いわゆる撃たないでくれ(こうさん)のポーズ。


「………ちっ」


不穏な音は無視しよう。

ただし体制は変えずに、銀次は言った。


「ていうか麻理鐘さん。僕の分ないんですけど」


銀次がそう聞くと、麻理鐘は微笑みながらこう言った。


「あら、大丈夫ですよお兄様。お兄様のは別にちゃんと用意しております」


「………そっすか」


銀次としてはクラスメイトと同じで良かったのだが。


「では改めまして」


こほん、と麻理鐘は咳払いをして佇まいをなおした。

そして制服の内ポケットから、四角い包みを取り出す。彼女の髪と同じ赤色だ。麻理鐘はそっと銀次へとそれを差し出す。





「いつもありがとう、お兄様」





「…………っ」


短い言葉。

けれども、それは銀次が言葉を失うには十分なものだった。香月やリリィとは違う、麻理鐘にとって最もストレートな愛情表現だ。余りにも真っ直ぐすぎて、よけることすらできない。

息がつまった。全くこの妹は……と、言いかけて口をつぐんだ。下を向いて、がりがりと頭を掻く。あーとかうーとかよくわからないことをつぶやいて、それから消えるような声でありがとうと言った。


「………どういたしまして」


麻理鐘は笑顔を浮かべながらそう答えた。

それをみながら、銀次は心の中でつぶやく。

………真っ直ぐこられるとホントに困るんだよなあ

いつもいつでも嘘ばっかり言ってるから。

のらりくらり逃げてばかりだから。

逃げられなくなると、なんにも出来なくなってしまう。

銀次は片手で差し出された包みを受け取った。見た目より、少し重い。


「ね、お兄様」


「…………あんだよ」


麻理鐘の言葉に、銀次はぶっきらぼうに返した。

もらっておいてなんて反応だ、と多数の人間が口には出さず思ったが、よく知る人間にとってはそれが銀次の照れ隠しなのだとわかった。最も、よく知らなくとも勘の良い人間には気付いたものもいたが、麻理鐘はその両者だった。

それを全て理解した上で、彼女は言った。



「ここでひとつ、食べていただけませんか」


「……あん?」


「私の目の前で、ひとつ」


その言葉の意味を、銀次は理解できなかった。なんど見返しても、居るのは微笑む自分の妹だけだった。

惚ける銀次をよそに麻理鐘は銀次の手の包みをほどいて、チョコレートを取り出す。

彼女と銀次が好きでよく食べている、ブラウニーだ。

あーん、とそれを銀次の口元に持っていく。つられるように銀次は口を開く。



「ーーーー?」



そして、その瞬間のことだった。

麻理鐘が薄く笑ったような気がして、銀次は動きを止めた。それは事実で、麻理鐘は笑っていた。

おもちゃを見つけた子供のように、企みの上手くいったときの子どものように、彼女は笑っていた。


「………!」


しまったーーーと銀次が気付いた時には、手遅れだった。

彼女は魔性だ。それも、淫魔に近い。

裏は返すと表になる。

だが彼女の裏は返しても裏だ。とても嘘のつき合いでは勝てないだろう。


彼女は、銀次の口元まで持っていったブラウニーを途中で止めた。

あろうことか、その半分ほどを自分で咥えた。



そしてーーーーその残り半分を、銀次の口に押し込んだ。



俗にいう、口移しだった。



「!!?」



おそらくは最初からそのつもりだったのだろう。

声にならない悲鳴をあげ、銀次は離そうともがく。だが麻理鐘はするりとうでの中にはいりこんでしっかりホールドし、離す気配がない。

始めはただブラウニーを移すだけだったが、銀次が強引に咀嚼して飲み込もうとした時、麻理鐘は容赦なくその唇も銀次の唇と重ねる。なんどか繰り返したあとには、ついに舌が銀次の口内に侵入しかき混ぜはじめる。


「…………ん………はぁ……」


|本気で本気の深いキス《Fire suite deep kiss》。


銀次が犯される(状況的に)様を、誰もが心を奪われたかのように見ていた。彼らが正気に戻ったのは、2人の唇が離れて少したってからだった。


「…………ふふ、失礼しました、お兄様………では」


いつの間にか消えていた屈強な男のあとを追うように、麻理鐘がさっていく。ドアが閉まると同時に、銀次は倒れた。





翌日から、武藤銀次は妹とディープなキスを交わした変態野郎だというレッテルを貼られることになり、しばらく訓練を欠席したという。































■□■□




「………………」



その日の武藤家の夕食は無言だった。

主には銀次と香月とリリィであり、唯一麻理鐘だけがツヤツヤした顔でご飯を食べていた。蒼音ちゃんは穢れた話をしらなくて良いです。

本日の教室での出来事を銀次が思い出して赤くなるたびに、銀次の皿からはおかずが一品消えていき、蒼音が首をかしげた。

気まずい。その理由はわかっているのだが、実のところ銀次も被害者なのである。勇気を出してチョコレートを渡した相手が他の女(しかも妹)とキスなんてすればいい気持ちはしないだろう。特にバレンタイン初体験のリリィにそんなディープなものを見せてしまったという罪悪感は軽く死ねるレベルのものだった。

本人の表情も暗い。


「……………ごちそさーさまでした」


言うが早いか、食器を下げたリリィは部屋に戻ってしまった。


「…………大丈夫かな?」


「大丈夫だと思うの?」


「……………思わねーです」


「全く兄ちゃんは女心がわかってないなあ」


「お前のせいなんだけど?!」


そしてお前がこの中でただひとりの加害者だ。


「…………つーか、ホントにどうしよう」


「リリィちゃん、がんばって作ってたのにねえ」


「……だろうなあ」


「ラッピングしたあと20分も愛情込めるっていって抱きしめてたのに」


「…………可愛い」


「…………そのあと恥ずかしくなって布団でずっと真っ赤になってたのになあ、可哀想だなあ」


「すいませんでした」


好い加減罪悪感でハートがブレイクしそうだった。

ていうか麻理鐘おまえも謝れ。


「………あたし悪くねーし」


「お前が諸悪の根源だろーが」


「じゃあどうしろってのよ!」


「なんでお前がキレんの?!」



どうやらとことんノータッチらしい。

俺にどうにかさせようというのか。

あの深海1000メートルよりも光のない顔をしていたあのリリィに。


「どうしろってんですか、マジで」


「…………あたしやっぱ謝ったほうがいいのかな」


「………………」


流石に罪悪感を感じたのか麻理鐘が考え方を変えた。

まあ、確かにそれもひとつの解決法ではある。しかしそれでは根本的な解決には至らないだろう。

なぜなら麻理鐘は今日こそああいった行動をとったが、グレードがひくいとはいえ似たようなことをいつもしているからだ。

そのたびに謝るというのは変な話ではあるし、そもそも筋が通らない。麻理鐘の行動を制限するというのは、やり過ぎでもなければ止める権利など誰ももってはいないのだ。


「………いいよ、俺がどうにかするよ」


「出来るの?」


「やるしかないでしょ。頑張ってくれたんだろうし」


銀次は悪いけどしばらくリビングからでないでくれ、と頼んだ。

足取り重く、リリィの部屋に向かう。



「…………結局、なにがあったの………?」


蒼音の質問に答える者はいなかった。






























■□■



さて、と。

リリィの部屋の前に立ち、銀次は大きく息を吐いた。

心なしか部屋から瘴気が漂っているような気がした。ドアをノックすると、テンション激低(さいあく)な声が帰ってきた。


「………………我ならおらんぞ、出直せ」


「…………」


とりあえずツッコミは放置することに決めた。


「あー、リリィさん」


返事は無かった。


「ここ開けてくれないか?」


「…………」


「リリィと話がしたいんだ」


麻理鐘曰く、こういう時はストレートに理由をぶつけるのが良いらしい。

自分と同じで、かわす姿勢を見せてしまうとひとは自分も同じ体制をとってしまうものらしい。

とりあえず、実践を試みたのだ。


「だめか?」


「……………駄目だ」


数秒の間をおいて帰ってきたのは、否定の返事。銀次は少し驚いた。

ただし頭ごなしな否定ではなく、自分自身を律するような否定だった。


「……………いまの我は、ひどい表情をしている。だから、ギンジには見られたくない」


う、と息がつまった。

真っ直ぐな言葉に弱いのは銀次の特徴である。


「…………我は、嫉妬という感情が好きではない。契りを結んだわけでもないのに、勝手に怒って八つ当たりなど最低の女のやることだと思う」


「…………」


「………それはわかっている。でも、今日はとても衝撃的過ぎて忘れられそうにない。多分、銀次にも当たってしまう。それが嫌だから、ギンジと今は話したくないのだ」



「……………そっか」


「……………そうだ」


しっかりとした意思を持った彼女の声を聞いて、今度は納得した。

同時に、彼女の人間性に大きな感心を抱いた。

素直に、良い娘だなと思った。


銀次は、嫉妬という感情がよくわからない。それでも、それはどうでもいい人間には抱くことのない感情だということだけは知っていた。

香月や蒼音が頬をふくらめて、甘えてくるようなことが多かった。

かと思えば、今回のリリィのような薄暗い感情もある。

本質は似たようなものだと思う。


彼女は、当たること以外の感情の発散方法を知らなのだ。



それは、まるで、少し前の銀次(じぶん)のように。



「なあ、リリィ」


気付いた時には、銀次は口を開いていた。

返事がなくとも、これだけは聞いて、知っておいて欲しかった。


「答えなくていいから、聞くだけ聞いてくれないか?」


「………聞くだけだぞ」


一瞬の間を置いて、銀次は話しはじめた。












「最初にさ、リリィががんばってチョコ作ってるって話を聞いた時さ、俺は嬉しかったんだ」


ちょうど、リリィと出会ってから4ヶ月くらいだ。

その関係は、すでに武藤家の一員として馴染んでいて、学校では友達もいる。

だけど、彼女は自分で食べ物を作ろうとしたことはなかった。彼女の能力(ちから)故に、大きなトラウマになっていたからだ。

手に持ったものが(こわれ)るのが怖くて、彼女は食物に触ることができなかった。


「自惚れかもしれないけど、リリィが、誰かのために苦手なことにも挑戦してくれてさ。なんつーか、そういうのが、変わった証拠なのかなって」



それで、と銀次は言った。



「………もしその相手が俺だったら、もっと嬉しいなって」



自惚れ過ぎかな、と銀次は薄く笑った。

部屋で布団をかぶっているリリィにもそれが聞こえて、そのまま叫びそうになる。


………そんな悲しく、笑うな!


リリィは銀次の、そこが好きじゃなかった。

自虐的な笑みが、孤独な笑いが。

それが嫌で、銀次に、もっと幸せに笑ってほしくて。

リリィは頑張ったのに。


「……だから、もし、さ」


銀次が言う言葉も聞かず、リリィは少しイライラしていた。

なんだか、こんな風に悩んでいたのが馬鹿らしくなっていた。

そして、ストレスが頂点まで登り切った瞬間、銀次の言葉を遮ってリリィは叫んだ。



「ええい馬鹿かお前も我も!!」



「ぶっ!」


勢いよく扉を開けたせいで、ドアノブが銀次の顔にクリーンヒットした。


「なにすんだ?!」


「こっちのセリフだバカモノ! たわけ! ムトウギンジ!」


「なんで俺の名前が罵倒なんだよ!」



鼻頭を抑えながら抗議するが、血が上っているリリィは聞く耳を持たない。

片手の持っていた包みの包装をばりばりと破り、中身を取り出す。


「口を開けろ」


「ま、まてなんのつもり?!」


「うるさい黙れ!」


もしゃあと形が崩れるのも構わず、昨晩つくって置いて、銀次に渡すはずだったガトーショコラを銀次の口に押し込む。


ぼろぼろと細かい破片がこぼれたが気にしない。けして銀次が吐き出さないように、リリィは銀次の口を抑えていた。


数秒経つと、銀次は観念したように咀嚼をはじめ、さらにその数秒後にリリィの腕をタップした。


「………わかったか?」


「な、なにが?」


「……………たわけ!」


「だからなんごふっ!」


リリィは再びケーキを銀次の口に押し込み始める。


結局、その場で全部食さねばならない銀次だった。

あれ? 俺なにしにきたんだっけ? リリィ慰めにきたんじゃ?

そう思ったが、口にする余裕はなかった。


「わかったか!」


「わかりました!…………わからないことが」


「……………」


「すいませんでした」


今度はグーが飛んできそうだった。素直に謝る。


そして考える。


なぜリリィが怒ったのか。


なぜ慰めにきたはずの自分が説教されているのか。



………………。




「わかりません!」


「なぜだ!なぜわからん!」


「逆にどうやったらわかるんだよ!」




「素直に周りを見ればいいのだ!」





瞬間、銀次は目を見開いた。

実際に周りをみたのではなく、そのリリィの言葉の真意がわからなかったから。

周り、という言葉が、なにを指すのか。銀次は、わからなかった。



「今日、ギンジは浮かない顔をしていたな」


「そりゃあ、いろんな人がいたし………」


「違う。ギンジはただ気持ちを伝えられるのが怖いだけだ」


リリィは凛とした態度で言い放った。


「………その理由は知っている。だから、そのことで責めたりはしない」


「じゃあ、なんでさ…………?」


「思い出せ、今日のなかでギンジはなにが出来なかった?」



今日の中で。

自分はなにができなかったか。

リリィが起こっている理由は。



「…………わかんないよ」



本当に、わからなかった。




「じゃあ教えてやる。ギンジはな、今日一度もありがとうと言わなかった。どんな時も、一度でさえ言わなかったからだ」




「………………あっ」




その言葉で、わかった。完全にギンジは、理解できた。



「………誰も、銀次に好きと言って欲しいのではない。

言ったであろう? 今日は感謝をカタチにして伝える日だと」


「………うん」


「大丈夫だ。この家の人は皆、真っ直ぐな者たちだ。きっと笑ってくれるはずだ」


「…………うん」


「…………するべきことはわかったか?」


少し心配そうなリリィの声に、銀次ははっきりと答えた。

心が晴れて、いい気分だ。風が空を走り抜けるような、そんな気持ち。

リリィの言葉が、助けてくれたのだ。


「…………うん!」



















だがその反対に、やってしまったとリリィは思った。

香月に言われたときに、強く思ったのだった。

こんな日くらいは、せめて年頃の少女の様にいじらしく過ごせるようにと。

それなのに、こうなってしまった。間違ったことはしていないと思う。銀次が妹とキスしたことに嫉妬したのも事実だった。

でもそれ以上に、銀次が自分が孤独だと思うことが許せなかった。


…………もっと、女らしくなれたら良いのに。


本当にそう思った。

矛盾していることはわかっていた。

だからもう一度、その想いを心にしまって、


「………すまない。無理やりことをした」


謝罪した。

銀次に言ったことと、正反対の事を自分がした。

悲しくなって、泣きそうになって、それでも我慢した。


「ううん、目が覚めた」


「…………そうか」


そう言った銀次の顔は、さっきよりも明るくて、嬉しそうな表情をしていた。

ふと、自分はいまどんな表情(かお)をしているのだろうかとリリィは思った。

少なくとも、銀次と反対にちかい表情をしているのだろうということは予想がついたのだけれど。



……………本当に、泣いてしまいそうだった。




「……わかったなら、もういくが良い。夜も更けてきた」


逃げるように、くるりと背を向ける。ドアノブに手をかけた時、銀次が言った。

涙が零れてしまった、最悪のタイミングだった。


「リリィ」


本当に最悪のタイミング。

声が震えているのがわかって、リリィはなにも答えなかった。

一刻も早く涙を隠したくて、扉を開いた。


「っ…………!」


そして、一歩歩き出した瞬間だった。


リリィの背中にふわりと柔らかな感触が広がった。首に回されたのは銀次の手だ。


リリィは後ろから銀次に抱きとめられていた。



「な、な……!」


悲嘆とは別に、声が震えた。

事態が飲み込めて、暴れて、離れようとしたけど、身体は次第に力を失っていって、最後には銀次にもたれかかった。

感情が、決壊してしまった。



「ごめんな、リリィ」


彼女の嗚咽を聞いて、銀次は思った。

リリィが自分の笑いを嫌だと言った理由がわかった、理解できた。

相手は自分を見てくれてないーーーなんて勝手に思っている様は、確かに腹が立つ。

抱いてる感情の種類も知らないくせに。


「は、なせっ………!」


「リリィ」


もう一度言って、腕に力を込める。


「…………ありがとう。本当に、嬉しかったよ」


「っ……!」


「……ごめんな、こんな日に嫌な思いさせて」


銀次が悪い訳じゃと言いかけて、声が出なかった。

あふれる涙が邪魔をした。


「うっ………!」


「………女の子だよ、リリィは。いじらしくて、可愛い女の子だ」


そこが限界だった。

リリィは銀次の腕の中で回って、その胸板に顔を押し付けた。

涙を見られたくなかった。けど、もうそんなのどうでも良かった。


…………嬉しかった。ただただ、嬉しかった。


リリィは思い切り泣いて、銀次は思い切り抱きしめた。



「う、あああああ…………」



温かくて、優しい。

銀次の温度。

嬉しくて、幸せで、悲しくなんかなくて、ぐちゃぐちゃになってしまう。

その中で一つだけわかったことがあって、誰にも、銀次にも聞こえないように。

リリィは呟いた。




「……………やっぱり、好きだ。本当に、大好きだ………」







意味を変えたその涙はしばらくとまりそうになくて。




リリィにとって初めてのバレンタインデーは、幸せな記憶と共に胸に刻まれた。


すいません遅くなりました。


なんでこいつ五月にもなってバレンタインの話書いてんだ?という方はいるでしょう。

僕もそう思っています。


言い訳をさせてもらうと、病気をしてしまったんです。

病名は伏せさせていただきますが、しばらく執筆ができない状況となり、大変お待たせしてしまいました。

いつもお読みいただいてる皆様に深くお詫びいたします。申し訳ありませんでした。



これ以降は前と同じように2〜3週間に一話ペースで更新します。

お待ちいただいて本当にありがとうございます。

それでは今後ともよろしくお願いします。




(ちなみに今回の番外編は一章終了後の話となっています。違和感を感じた方は一章の更新を楽しみにして下さい)

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